第3話「再会」

「おーい、そこの自転車を漕いでいる人」

 長身で白装束の人物が、僕を呼び止める。それもかなり怪しい服装をしていたので周辺では登校中の女子生徒達が気味悪がり、通報するかしないかの話題でもちきりだった。

 倦怠感を我慢し、やっとのことで学校の正門前に辿り着いたところだというのに。

 「は?誰だよ」と、周りから誤解をされたくなかった僕はその人物を威圧する。

 「そう怪しがるなよ。健太郎」

 長身で白装束の人物は僕に向かってそう言うと、馴れ馴れしく近づいてくる。「お前、毎日幽霊を見ているだろ?」

 図星の指摘をされた僕は自転車に跨ったまま硬直すると、ゆっくりフードを上げたその人物の顔を見た。

 「え?お前、悠人なの?」

 と、僕はそれに驚き、かつての小学校時代の親友の肩を叩いた。相変わらずのそばかすと濃い眉毛ですぐに分かる。「ところで悠人。何?その変な格好……」

 「気にするな。あれから数年間、色々とあったのさ」

 「そんなことを言われたら物凄く気になるじゃないか……」

周りはそんな僕達のやり取りを何らかのサプライズだと解釈したらしく、彼を不審人物として見なくなった。

怪しげな服装で現れたかつての親友悠人であるが、彼とは昔、僕とルコが仲違いしてしまった時に何度も仲裁に入ってくれたし、母親を失った僕を何度も遊びに誘ってくれたかけがえのない存在だった。小学校卒業まではずっと同じクラスだったのだが、それ以降彼がどこでどうしていたのかは分からない。今回が4年ぶりの再会である。

 「でもまぁ、健太郎が俺をすぐに分かってくれて嬉しいよ」と、悠人は服装に似合わないにこにこした二枚目の表情で軽く会釈すると、すぐに真剣な表情へと切り替える。

 「もう一度聞くぞ。健太郎ってさ、毎日幽霊を見ているだろ?」

 「え?悠人にそんなのが分かるの?」

 彼の服装と質問にカルトチックな胡散臭いものを感じたが、図星であることには変わりはないため、僕は正直に答える。「うん。君の言う通り、僕は毎日幽霊を見ているよ。それもルコの幽霊をね」

 「そうか」と、意外にも驚きの表情を全く見せずに頷く悠人。「幽霊と言ったって虫と同じように色々な種類がいる。ルコの幽霊の特徴を俺に詳しく教えてくれないか?」

 僕は少し考える。一応幽霊について彼は何か知っている様子を見せている。ここで詳しく話した方が黙っているよりも得策だろう。

僕は腕時計に目をやり、ホームルームの開始まであと二九分もあることを確認した。焦る必要はない。

僕はルコの幽霊の特徴を何一つ残さず、一枚の織物を織っていくように丁寧に説明していった。

ルコの幽霊を見るようになったのは高校に入学した半年ほど前だということ。

洗面所の鏡を覗くと必ず笑顔で僕を見つめてくること。

僕以外の人間には見えない可能性が高いということ。

ただ何も喋らず不規則に鏡の中を歩き回ったり、こちらを興味津々に見つめてくるだけで、何を考えているのか分かりかねるということ。

そして何故か小学4年生ではなく成長した高校生の姿をしており、自分と同じ学校の制服まで着ていることなどを順序よく話していった。

悠人はそんな僕の証言を、表情を変えずに聞いている(昔から彼はそういう奴である)。きっと聞き手が常に表情を動かしていては、話し手がそれに合わせて内容をすり減らしてしまうことをよく理解しているのだろう。

 僕が一通り話し終えると、「放課後、俺にもルコの幽霊に合わせてくれないか?」と真剣な顔で僕に頼む悠人。「きっと霊感の強い俺になら見える可能性がある」

確かに、白装束という奇妙な服装と的中した指摘からして、きっと悠人は何か霊的な仕事をやっており、それなりの信頼はあるのだろう。しかし、小学校時代、運動や勉強、何をやらせても優等生で多くの男子女子双方から絶大な人気を誇っていた彼がそういう類の仕事をやっていることを想像すると、なんとも言えない違和感は否めなかった。

「……分かったよ、悠人。でも、どうしてそんなにルコの幽霊に会いたがっているんだい?—————もしかして、ルコが死んだあの事件について何か知っているんじゃないのか?そもそも、悠人はルコの幽霊を見て何をするつもりなの?」

 僕は言葉を強め、彼に詰め寄った。6年前、第一発見者の僕の目の前で、周囲を真っ赤に染めながら倒れていたルコが急に脳裏に蘇る。

 悠人は少しの間視線を逸らしていたが、何かを決心したように再び僕の顔を見つめた。「健太郎。今、沢山の複雑なことが起きていて詳しいことは話せない。でも、俺を信じてくれ。それは勿論お前のためにも、ルコのためにもな。……話は一旦ここまで。今日の五時に健太郎の家の前に集合でいいかな?」

 「構わない。授業が終わって家に帰るまで十分間に合う時間だよ」

 僕は悠人とある程度の打ち合わせを終えると、すぐに解散した。僕が知る限り、悠人は嘘を一度も言ったことがない人間である。しかし、それは共に過ごしていた小学校までの話であり、その後の時間を過ごした彼のことは何も知らない。

 僕は、いつ沈むのか分からないボロ船に乗った気分で正門をくぐった。

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