第2話「失われた太陽」
正直言って僕はルコが何者だったのかはあまり覚えていない。
苗字も漢字で書いた名前も、親がどんな顔をしていたのかも、どんな家に住んでいたのかも覚えていない。
覚えているのは少し変わった性格、そして異常なほどの昆虫好きであったということだけだ。
公園や教室など彼女は場所を選ばずに、いつも様々な虫を捕まえては僕に向かって投げつけていた。
僕はそういった虫達の、人間とはかけ離れた外見がこの世で一番苦手だった。叫び声を上げ、その場で啜り泣きをするかトイレに逃げ込むか、どちらかの行動を取るのがよくあるパターンだった。
ルコはそんな僕を見ると腹を抱えて笑っていたが、その度に彼女は担任の教師を始めとした周囲の大人達に長時間叱られ、僕と仲直りをする誓いをさせられていた。これは当時ほぼ毎日の話である。
そんなルコが死んだのは僕が小学4年生の時だった。彼女は僕の家に来て隠れん坊をして遊んでいた最中に何者かによって腹部を刃物で刺されて殺されていた。その時の僕は隠れん坊でまだかまだかと隠れていたので、彼女の死にしばらく気付くことができないでいたのだ。彼女を救えなかった罪悪感は今でも呪いのように僕の胸の内で蠢いている。
6年が経った今でも犯人はまだ見つかっていない。警察の調べによると犯人は僕とルコだけが家にいた時、偶然玄関の鍵が空いていたので家の中に侵入。金品を探していた時に(実際、家の家具が酷く荒らされた形跡があったのだという)、隠れた僕を探していたルコと鉢合わせになり、揉み合った拍子に彼女の腹にナイフを突き刺して逃亡、との見解を示した。
僕の母親は刑事だった。
「絶対に犯人を捕まえるから元気出して」と毎日啜り泣きをしていた僕を何度も励ましてくれた。そしてお気に入りのオーバーオールが少しでもほつれてしまった時も嫌な顔一つせずに裁縫道具で直してくれた。
僕はそんな母親が容姿も含めて誰よりも格好良かったし、太陽のような存在だった。しかし、母親はその事件の捜査を真剣に進めている内に、顔が少しずつ窶(やつ)れていくのが僕と当時6歳の弟にはよく分かった。母親には病弱という唯一と言ってもいいほどの欠点があったのである。だから僕が小さい時も一緒に追いかけっこをすることができなかった。それほどの病弱さで、おそらく何日も寝ずに無理をしながらルコが殺された事件の捜査を続けていたのだろう。やがて彼女は体だけではなく、心も壊れていき、一ヶ月後に自らの手に手錠をかけて首を吊った。
その時からか、父親は酒に溺れて僕と弟に対しても心を閉ざすようになり、弟は母親を失った悲しみで周りの人間への態度が冷たくなった。
太陽が失われた世界で一人残された僕は、第二の故郷を求める宇宙人のように、明るい居場所を模索し続ける日々を送るのであった。一人の親友に救われても尚、それは続くこととなった。
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