Vol.1【鏡の中のルコ】
平良 リョウジ
第1話「日常の異常」
洗面所の鏡を見てみると、映っている彼女はいつも通り僕の横に立ち、こちらを興味津々に見つめては不規則に歩き回っていた。
僕はそれを無視して歯を磨き、ガラガラとうがいをする。チクチクと喉に痛みが走った。
何だか最近熱は無いものの、喉が痛い日がずっと続いているし、フラフラと倦怠感も感じる。しかし、熱を出しても家で面倒を見てくれる人間なんていないし、僕は皆勤賞こそが評価の全てだと思っている人間なので発熱さえなければ学校には行くようにはしていた。我が家はいわゆる父子家庭だ。
僕は鏡の中にいる彼女をチラッと見る。
冷静に考えてみればこんな状態に慣れてしまっている自分は異常と言えるのだろう。家の洗面所の鏡に死んだはずの幼馴染の少女がはっきりと映っており、覗く度に僕を好奇心溢れる表情で見つめてくるのだから。
一般論から考えると、おそらく彼女は幽霊なのかもしれない。
僕はこの家に父親と弟(それもとても生意気な)の三人で暮らしている。彼女が現れるようになってから半年以上が経ったものの、僕以外の家族には見えていないようだったし、何度か訪れた来客達も同様だった。
ちなみに幽霊となった彼女が何を考えているのかは全く分からない。僕は何度か試しに話かけてみたのだが、僕の言葉に彼女が何らかのリアクションをしたことは一度もなかった。
機嫌が悪くなり、僕が彼女に向かって汚い言葉や切り裂くような悪口を含めた罵声を浴びせてしまった時もあった。その時も彼女は動揺一つ見せず、鏡の中でうろうろ歩き回っては興味津々に僕を見つめていた。まるで何も考えておらず、何も聞こえていないかのように。
罵声を出し切り、疲れ果てた僕はそんな変化の無い彼女を見つめている内に、息苦しくなるほどに泣いていた。よっぽど自分が情けなく感じたのだろう。
それを偶然見ていた父親と弟はきっと僕が思春期真っ盛りの悩める熱血少年に見え、同情していたに違いない。恥ずかしい話に聞こえるかもしれないが、僕はそこまで気にしてはいない。
僕は鏡の前で堂々と制服に着替えて身だしなみを整えると、「行ってきます」と僕をキョトンとした顔で見つめる彼女に一声かけ、玄関で自転車に跨ると学校へ出発した。
熱はないものの、倦怠感で体がフラフラしているので力を抜いただけでも自転車ごと転倒してしまいそうだった。
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