最終話

「お茶の準備、出来ました」

「綺麗なお花でも眺めながら、お話ししましょうか」

「キアラ、食事前のお薬持ってきました!」


 席の準備が整い、ルミナスが腰かけようとしていたのとほぼ同時、三人のメイドがそれぞれの手荷物を抱えてやって来た。

 ルミナスはそれを横目に席に着き、頬杖をついて優しい笑みを浮かべ、片目を閉じながら三人の方へと顔を向けた。


「せっかく集まってもらったところ悪いけど、あんまり大きな声を出すと頭に響てしまうわ。ボリュームを下げてもらえる?」

「「「す、すみません」」」

「いえ、私が誘ったんだもの。無理を言ってごめんなさいね」


 小声で謝罪を述べる三人に言いながら、ティナ含め席に座るように促した。

 皆が次々と席に着くのを見届けてから、ルミナスは口を開いた。


「さて、今日は集まってくれてありがとう。急に思い出に浸りたくなっちゃってね」

「いえ、キアラはルミナス様とお茶をご一緒できるだけで嬉しいです」

「ん、上がった腕前をお披露目したかったです」

「お話しできて、私も嬉しいですよ」


 キアラ、ネオン、ミティムの順で感想を述べ、それらを纏めるようにティナが言う。


「みんな、ルミナス様に誘われて嫌な気分はしませんよ」

「……そう、それならいいのだけれど」


 どこか気恥しそうに言ったルミナスは、咳払いをして――


「ゴホンッ」

「ルミナス様!? 大丈夫ですか!?」

「風邪ですか? それとも何かのどに詰まって……」

「とにかくすぐにお水を!」

「慌てないで、余計なことはしないでよ!」

「いや、大げさすぎるわよ!」


 ティナから始まり、キアラ、ネオン、ミティムと大騒ぎになるが、ルミナスは決して具合が悪いわけではない。


「えっと、大丈夫、何でしょうか?」

「何もないわよ……むしろ、今少し叫んだら気分が晴れたわ。頭痛も、少しマシになったかも」


 ティナに改めて問われながら頭を触るルミナスは、気持ち上がった声音でそう言った。


「まあ、気を取り直してお茶会としましょう。こうしてお茶やお茶菓子を囲むのも、このメンバーだと初めてよね。もっと色々と話を聞きたいし、定期的に行うのもよさそうね」

「週に一度、とか取り決めたらいいかもしれませんね」

「あ、それじゃあ今度のためにここら辺で人気のスイーツ屋さんに予約しておきますね」

「え? キアラ、魔人のスイーツって私たち食べて大丈夫なの?」

「確かに。私たちじゃ食べれなさそうね」


 キアラの提案に疑問を抱くネオンとミティムだが、キアラはそんな問いに特に答えるでもなくルミナスに言う。


「ルミナス様にも、もっと魔人に適した食事が必要かもしれませんし」

「……そうね。まあそれに、あなたたちだってここのシェフの料理を食べているのでしょう? スイーツだって問題ないんじゃないかしら」

「それもそうですね」

「まあ、食べてみたくはありますし、機会があれば」


 なんて、そんな談笑をするのだ。


「ふふっ」

「ルミナス様? どうかなされましたか?」

「いえ、大したことではないのだけれど」


 ルミナスが小さく笑うと、ティナが小首を傾げて聞いて来た。


「あなたたちと過ごしていると、こんな短い時間でも元気になれるのね。すっかり元気になれたわ」

「それは……そう言っていただけて、嬉しいです」

「キアラも、もっとルミナス様とお話ししたいです!」

「武勇伝、聞かせてほしい」

「私たちの知らないような知識を、ご教授願いたいですね」


 それは楽し気なお茶会の風景。種族の壁なんて、実力の壁なんて、地位の壁なんて。そのすべてを乗り越えた、絆の物語。


 後に語り継がれる、人と魔人との懸け橋になった、有名な昔話のプロローグ。

 とある魔人と、四人のメイドが紡いだ、奇跡の日々。その物語の、書き出しは――


「もう、何百年も経つのね。昨日のことのように、思い出すけれど。今ではお話にもされて。勇者と魔王が互いを認め、人間と魔人は歩み合い、その仲介役としてティナたちが名乗り出て。忙しかった日々で、それでも幸せな日々で。あの子たちには、本当にお世話になったわね」


 小高い丘の上、銀色に輝く満月の下、その幼げな手に握る一冊の本を開きながら、少女は呟いていた。


「今はこうして自由気ままに旅をしているわけだけれど、あの子たちとの日々は、永遠に忘れられないわね。こうして、自分たちを綴った本を持ち歩いてしまうのだから。ふふっ」


 可笑しそうに笑いながら、その文頭を読み上げる。


「とある魔王領の一角に、突然一人の魔人は現れた。その名をルミナス・フレイア。人間のメイドを従える、最強の魔人と名高い少女――」


 黒塗りされた、その後の文。小柄な文字で書かれたそれは、真実を綴っていた。


「に転生した、少年の物語」


 ――貧弱魔人に転生しました。


「なんてね」


 一人楽し気に呟いたルミナスは、その場から転移して姿を消した。永遠の思い出と共に、永遠の冒険を続けるために。


 終。

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貧弱魔人に転生しました シファニクス @sihulanikusu

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