第59話
温泉旅館四日目。魔王がルミナスの下を訪れた。
「実は少し相談したいことがあってな」
「ええ、いいわよ」
「……いや、我からきておいてなんだが本当にいいのか?」
浴衣姿の魔王がルミナスたちが借りている部屋に訪れると、そこには布団の上で鼻にちり紙を淹れて寝そべるルミナスの姿があった。
「問題ないわ。少しつまずいた表紙に角に鼻の頂点をぶつけただけだから」
「なぜああも高度の戦闘ができて日常でそんなことが?」
「わたくしに聞かないでほしいわね。突然眩暈がしたのよ」
「躓いたのでは?」
「眩暈がした拍子に躓いたのよ」
「な、なるほど……」
すました顔でそういうルミナスの隣で、面倒を見ていたキアラが苦笑いを浮かべた。どうやら彼女でもわからないようだ。
「それで? 相談って何。こう見えても忙しいから早めに頼むわ」
「い、忙しい?……いや、いいか。では早速」
魔王は真剣な表情を作り、ルミナスが寝そべっている布団の隣に正座する。
「混浴、いると思うか?」
「あなた本気で言っているの? わたくしは仮にも怪我でしてよ?」
「……いや、すまない。そうだろうとは思ったが、これがかなり深刻な問題なのだ」
「あれ? これはわたくしがおかしいのかしら? わたくしの価値観だとこれはくだらない話の部類に入るのだけれど?」
「キアラもくだらないと思います」
ルミナスが困惑した表情で言い、キアラも真顔を通り越して引き気味で魔王を見た。
「いや、あの、実はだな。国のほうで旅館を開くと決定し、発表したのち大まかな旅館の内容をほとんどの国民が確認した。そこで約八割の国民、もちろん男女そろえた総数だがそれらが混浴を要求した」
「噓でしょ?」
「ありえません。この国の国民は品性が足りませんね」
「まったくその通りだろう」
ルミナスが真顔で言い、キアラが蔑みの表情を強め魔王が深く頭を下げて低い声で言った。どうやら彼自身ショックを受けているらしい。
「くだらないのも品がないのもわかっている。だがな、多数決というものがある。国民の総意を結集した結果だ。そしてこれは我だけで決めるには無理がある。だからそなたの知恵を――」
「イヤ」
「知恵を……」
「イヤ」
「ルミナス嬢が真顔でイヤとか……」
「ルミナス様、可愛いです」
断られた魔王は難しい表情を浮かべたまま去っていった。
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