第58話

 三日目。どうやら旅館に新たな客が来たらしい。


「ルミナス嬢か。久しいな。息災か?」

「あら魔王。遅かったじゃない。あと、決して息災ではないわ」

「そ、そうか……」


 旅館の入り口から続く廊下のほうからちょうど温泉に向かうところだった浴衣姿のルミナスが魔王と鉢合わせた。魔王はいつものような仰々しい服装ではなく割とラフで威厳など微塵も感じない格好をしている。


「しかし、休養を取ってもらおうと用意したのに、それでもダメか……」

「そういうわけでもないと思うのだけれどね。どうしたって私と体調不調は切っても切れない縁らしいわ」

「圧倒的な力の代償、ということだろうか」

「あ、それは違うわ」

「そ、そうか……」


 原作のルミナス・フレイアはもちろん健康体だ。今の彼のように日々腹痛や頭痛で悩まされてなどいない。それどころか常に暴れまわっている感じだったし、傷を負ってもすぐさま再生するほどに健康だ。風邪ひいても菌を滅却して引かなかったことにできるくらいは健康だ。

 彼にとって悲しいのは彼の体調不良が病気などではなく主に貧弱体質という生まれつきの体の弱さと環境のせいということだろう。もしこの貧弱体質を直したいと願うのならば一度生まれる前の体に戻す必要が出てくるのだがそんなことして助かる保証はないのでとてもじゃないが彼には実行できなかった。


「そ、それでどうだろう。この旅館の出来は。他国から得た技術や文化を取り込んで建造させ、運営していこうと思っている。実は今の臣下にその国から来たものがいてな、そのものが言うその国の文化が大変興味深かったので今回の計画の監督をすべて彼に任せて――」

「あ、そういうのはいいわ」

「そう、か……ま、まあそれで何か感想はあるのだろうか」

「ええ、控えめに言って素晴らしいわ。こんな環境が整っている場所ならば毎日でも通いたいわね」


 表情や立ち振る舞いこそ落ち着いているが内心興奮気味にそういったルミナスの言葉を聞いて、魔王は嬉々として懐からカードらしきものを取り出した。


「そうかそうか。それはよかった。ならばぜひともこれを受け取ってくれ。この旅館をいつでも何度でも使用できることを証明したものだ」

「へえ、いいの?」

「もちろんだ。受け取ってくれ」

「ええ、ありがたくもらうわ」


 そういってルミナスは一度魔王に背を向けて袖に魔王から手渡された紙をしまいながら――


(これは定期的に使わなくちゃいけないな)


 と小さく微笑んだ。

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