第56話

 ルミナスたちが迎えた旅館での初めての夜。ルミナス含めメイド四人は晩餐を行っていた。


「あんまり食べたことのない料理ですね」

「おいしいですが、味が濃い?」

「でも、この白いお米? ごはん? と一緒に食べるとちょうどいい」

「うーん、確か大陸の西のほうにあるニホパンという国由来の料理だと料理人が言っていました。この旅館? という建物の根底もその国からきているらしいですよ」


 四人のメイドが口々に言う中、彼は感動していた。


(これ、和食だ)


 人目がなければ泣いていたかもしれぬ。それほどまでに彼は感動していた。懐かしく、また心地よい。濃い味付けも、ここらでは味わえない触感も。焼き魚を主菜とし、漬物や佃煮を添えた料理。それらを白米と一緒に食べるという和食ならではの楽しみ。

 彼にとっては長らく忘れていた以上に――


(これが、お母さんが作ってくれていた飯の味、だったのか)


 病弱故に味付けの濃い料理など口にすることはできていなかった。栄養剤や注射、その他にも補助食品で日々を過ごしてきた彼にとって和食とは故郷の味ではなく、欲しかったものだ。数年間食べたことのない手料理、和食。故郷の料理を知らないなんて、食べた記憶がないだなんて。そしてそれを食べられるだなんて。様々な感情が複雑に混ざり合い、感情の果てにある生理現象。感情を表すように流れ出る涙。それを堪えるのがどんなにつらいことか。

 それでも彼は必死にこらえ、周りを心配させぬよう頑張っていた。


「あ、あの、ルミナス様? この和食というのはお口に合いませんでしたか?」


 そのせいか、ルミナスはすごい顔をしていた。


「お昼は持参したお弁当にしたので何ともありませんでしたが、こちらの料理が合わないのなら私たちから頼んで変えてもらうのも……」

「いや、いい。このままでいい」

「その、無理していませんか?」

「してないわ。してないから。ええ、してないわ」

「やっぱり何か我慢していますよね!?」


 隣でティナが訴えかけるものの、ルミナスは断固として認めなかった。その姿はさながら拷問に耐える戦士のようだったと、後にネオンが語った。


 翌朝、またも皆で和食をいただく中、ルミナスは同じような表情だった。


「あの、ルミナス様。魔王様は意見を欲しているのでよくないところがあるのならはっきりと言ったほうが……」

「大丈夫よ」


 それは畳に敷かれた座布団に正座する西洋風メイド服姿の少女四人と黒ドレスを着た少女一人が並んでご飯を食べているよりもよっぽど異質に見えた。

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