第41話

「はぁ……はぁ……くそっ! 何が狙いだ!」

「最初から言っているだろう。さっさと精霊薬をよこすのだな」

「……わかった! だから早く帰りやがれ!」


 とある森の奥深く。精霊の住みかと呼ばれるその土地で、一体の上位精霊を追い込みながら、魔王が言った。


「そう憤るな。これからも贔屓にしてもらおうと思っていてな。そうだな、毎月この瓶百本分でどうだ?」

「ば、馬鹿か! そんなことをしては我らの生活が……!」

「ほう? 渡さぬというのなら貴様らを根絶やしにしてもいいのだぞ?」


 黒い炎を掌に浮かべながら、暗黒笑みを浮かべて魔王はゆっくりと上位精霊に歩み寄る。顔を上位精霊の顔に近づけ、囁くように言う。


「貴殿は、そのような愚かな真似はしないと見受けるが?」

「……くっ! ああ、わかった! わかったさ! そっちの要求を呑む。だから殺さないでくれ!」

「くっくっく、賢明な判断だ。では、今後もご贔屓に」


 あらかじめ確保しておいた精霊薬を満タンまで詰めた瓶百本分を魔法で浮かせながら、魔王はその場を去った――


「と、いうわけだ。すまぬな、急に留守にして」

「い、いえ、それはよろしいのですが……」


 魔王城、玉座の間にて。魔王は自身の玉座に腰掛けながら配下たちに無言で魔王城を出た事情を話していた。頭を下げながら話を聞いていた側近が疑問を述べる。


「しかし、どうして魔王様がご自身で? 我らに任せていただいても……」

「それはできぬな。先の勇者の襲撃でただでさえ疲弊していた。そんなそなたらに任せることなど当然できぬ。それに、ルミナスが早急にというのでな」


 もっともらしく魔王は述べた。実際、魔王城に住む魔族たちはたいていが勇者の襲撃によって疲弊していたり、傷を負ったものの手当てや破壊された壁や廊下の復旧の人員として使用されている。そんな状態で余計な労力を割かせたくなかった、というのもまた魔王の本音なのだろう。


「そ、それでも魔王様が直々にというのは……」

「まあ、たまには配下のために我自ら動くというのも悪くないだろう。この玉座にふんぞり返っているばかりが王の務めではない」

「ま、魔王様……っ!」


 その場にいた配下たちが魔王の言葉に感動したように瞳を濡らした。が――


(早くといわれた時点で体が勝手に動いていた。ルミナスの戦闘を見た時点で逆らう気など微塵もなかったが、衝動に任せて自分で精霊薬を取りに行くとは……)


 ルミナスのお願いに全力でこたえようとした結果だったとは、今更言えるわけもなく……。


(とりあえず我の評価が落ちぬような言い訳を述べたが、何とかごまかせそうだな。まあ、精霊薬を定期的に手に入れる伝手を手に入れたのだし、これからはルミナスに恩を売っておこう。売って価値があるかはわからないが、多少は気分がよくなるやもしれない。……我も小心者になったな)


 しかし、魔王にとってはそれだけルミナスと勇者との戦闘が衝撃的だったのだ。


(あの連続転移。第一形態では魔法を主な戦略とする以上、手も足も出ないだろうな)


 魔王には第一形態、つまりは今の姿のほかにもう一つの姿。第二形態が存在する。基礎身体能力は大幅に上昇し、魔法の練度も上がる、のだが


(近接戦闘の能力も第二形態ではましになるとはいえ、あの鎌にはどうやっても勝てそうにない……。相性的にも、敵に回すのは得策ではない、か)


 改めてルミナスの脅威度を確認した魔王は、小さくため息をついたのだった。

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