第40話
「はぁ……酷い目にあった」
一通り吐き出したのか、ルミナスはやつれた顔でお手洗いを出た。顔色はまだ優れないが、少しは良くなったようだ。少しだけ体の力が抜けていた。
口元を腕で拭ったルミナスは、転移で元いた場所に戻る。
「覚悟! 魔王!」
そして戻った時には勇者が魔王に切りかかるところだった。隣では、キアラが恐怖に目を見開いていて――
「勇者よ! この娘がどうなってもいいの?」
「なっ!? 卑怯だぞ!」
咄嗟にルミナスは勇者の仲間の一人である魔法使いの首元に鎌を突き付けた。
「くっ……!」
「まあまあ落ち着いて。あなたが何をしようと抜け出せるわけないのだし、力を抜いて頂戴。変なことをされたらうっかり殺してしまうかもしれないわ」
「……」
悔しそうにうめき声をあげた魔法使いにルミナスがそう言えば、魔法使いは力を抜いた。どれだけ抵抗しても、自力でこの状況を打破することは不可能だと悟ったのだろう。
そんな状況の中で彼は――
(頼むから動くなよ!? 今も結構腕がくがくだから少しでも気を抜いたら殺しちゃうからな!? 頼むぞ!?)
腕は筋肉の疲労でプルプルと震えており、精神力もギリギリだ。数分にもわたって勇者と切り合ったことで集中力も限界。能力を使うたびに頭痛が増しているためこれ以上動くのも辛そうだ。転移はあとできて一回、ということだろうか。
しかし手元の魔法使いが大人しくなったのに気づき、視線を上げて勇者たちを見る。気配を消して近づいてくるかもと予想していたシーフも、さすがに仲間を人質に取られたら無理に動けないのかその場を動かない。勇者は少しずつ、ルミナスに剣を向けながら最大限の警戒を行いつつ近づいていた。
そしてルミナスは見た。勇者が片手を背後に隠すのに。
(これ、奥の手があるってことだよな!? もうそれにかけていいか!? いいよな!? だってこんな時の切り札って言ったら――)
「まあ、殺さないとは言っていないのだけど」
勇者の隠し持つであろう切り札をある意味で信頼したルミナスは、その鎌を手元に引き寄せて魔法使いの首を撥ねようとする。
刹那――
「《転移の羽根》ッ!」
勇者が隠していた手を頭の上に掲げ、そう叫んだ。その手に握っていた鳥の羽のようなものが光り輝き、その後一瞬で勇者一行全員の体が光りだす。ルミナスの鎌が魔法使いの首を撥ねる前に、勇者一行の姿が掻き消えた。ルミナスがよくやること、転移であった。
「逃がした? あら、少し油断したかしら」
なんて口では言いながら
(よかったぁ……これ以上戦うなんて正直ごめんだったし、逃げる手段を用意してるって予想が当たって本当によかった……)
ルミナスが予想したのは脱出用のアイテムだ。魔王城に挑むうえで万が一を考えて逃げる手段をとるのは当然。先ほどの場面で勇者が何かを隠し持った時点で、それを使う準備をしているのでは? と予想して勇者が大人しく逃げてくれることにかけて魔法使いを殺すそぶりを見せたのだ。
しかし彼は人を殺せるほど強い人間ではない。そのため、もし勇者がそういう脱出用のアイテムを使ってこなかった場合はそのまま魔法使いを誘拐でもしてやろうと考えていたのだ。それでも予想が当たって、彼は心の底から安堵していた。
「ほ、ほう? 我の目の前で敵を逃すか? い、いい度胸だな」
「悪かったわね。こうなったらまた来た時もわたくしが相手をして汚名を返上しなくてはね」
「そ、そうか。期待しているぞ」
魔王とルミナスの間で交わされたそんな会話。しかし、お互いに互いの顔を見ず、少し視線を下げてのものだった。
(い、威厳を保つためとはいえ上からですぎていないか? 機嫌を悪くされていないだろうか。逃がしたことを咎めないのは咎めないのでどうかと思うが、やりすぎてルミナス嬢の機嫌を損ねたら……!)
(一応俺から勇者の相手をするって言いだしたわけだし取り逃がしちゃったら魔王怒ってないかな!? 許してくれているっぽいけどいつ気が変わるかもわからない……これはもうさっさと帰るとしよう!)
「じゃ、じゃあわたくしとキアラはそろそろお暇しようかしら。また困ったことがあったらやれることならやるわ」
「そ、そうか。感謝する。……そう言えば、我に用があると言っていなかったか? なんでも申してくれてかまわない。すぐにでも取り掛かろう」
「い、いいのかしら? 勇者を取り逃がしたばかりなのだけれど」
「今度からそのようなミスをしてもらわないためにも、最高のコンディションでいてもらわないといけないからな」
「だ、だったら精霊薬の発注を頼むわ。必要なの」
「わかった、多くは聞かないでやろう。すぐに運ばせる」
「お願いするわ」
((大丈夫だよね!? 怒らせてないよね!?))
魔王とルミナス、考えていることは同じだった。
その後、ルミナスはキアラを連れて帰宅した。
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