第11話

 彼との交渉を始めた直後、魔王はこんなことを考えていた。


(部下の話によれば空間を従え、鎌を自在に操るという。空間を裂くような勢いで階段を駆け上がり、一瞬にしてこの最上階に来たそうだ。二階層の首無し騎士デュラハンにはある程度時間をかけたそうだが、三階層以上の守護者に対しては武器を抜かせる暇すら与えなかったとか。恐らく、首無し騎士デュラハンの実力では遠く及ばず、我らに興味を失ったためだろう。幸いにも私に対しては警戒心を抱いているらしい。うまく話を運べば味方に引き込めるが、もし失敗した場合――)


 自身の悲惨な最期を想像した魔王は、思わず生唾を飲み込んだ。首筋には冷や汗をだらだらと流し、ルミナスに許しを請うような視線で見つめていた。


(まあ、でも、出来れば健康面を気にしたいし、忙しいのは嫌だな。領主になって領地の運営をするのは、あまりに俺に対して過負荷だろう。ここは断らせてもらうか)


 そんな魔王の様子を知る由もない彼は、結構真面目に検討していた。


「なるほど、魔王、あなたの話は理解したわ」

「ほ、ほう? では、答えを聞こうか?」

「今回の話はなかったということに――」


 ――いたしましょう、と言いかけた彼の言葉を、魔王は遮った。


「で、ではこの世界を支配した暁にはその半分をあなた様に与えるものとする。どうだ?」

「え、え? い、いえ、報酬の問題ではなくて――」

「もちろん、力も与えよう。人類から奪った魔道具や神器は優先的にルミナス様に流す」

「いや、だから――」

「もちろんそれだけではない! 領地を任せるといったが優秀な部下を派遣しよう! 実際の運営はその者らに任せきりにしてもらって構わない! ルミナス姫は自由にこの国を行き来する権利も与えようではないか! 何ならこの国の物資も優先的に下ろすから!」


 魔王は必死に、最後には許しを請うようにただただ自分可愛さにプライドなど投げ捨ててまくし立てた。最初こそそんな魔王の奇行に疑問を抱いていた彼だったが、魔王の放った一言以外の言葉は脳内から消えていた。


(領地の運営はしなくていい? それで、この国を自由に行き来してもいい? ってことは珍しい薬草とかを探し回っても怒られないってことだろ? 物資も優先的にくれるっていうし、悪くないのでは?)


 そんな思考のもと、彼は決断した。


「ふふ、あなた、わたくしがどうしても欲しいのね? いいわ。あなたの家臣になってあげましょう。領地も引き受けるわ」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」

「ただ、実質的な領地の運営はしなくていい、ということよね? 徹底的に関与しないわよ?」

「ええ、それで構いません! 統治するための象徴みたいな立ち位置でいいのです! 魔人のルミナス姫は我の直属の配下とは相性が悪いでしょう。優秀に鍛え上げた人間の奴隷を派遣します! すぐにでも領地に送り届けるので、ルミナス姫はお先に領地に向かっていてください! 場所はこの地図に載っていますさあさあお早くお疲れでしょうし休んでください!」

「じゃあ、そうさせてもらうわ。地図、貸してもらうわね?」

「借りるなどと言わずどうぞ持って行ってください。これも何かの縁差し上げるとしましょう!」

「そう? では、わたくしは失礼するわ」


 彼は《冥府の門ハーデスゲート》を使って、魔王からもらった地図を頼りにこの場から転移した。

 この時の二人の心情はこうだ。


(またお腹痛くなってきた早く行かせてくれ魔王話ながいんだよ!)

(早くこの場から消えてくれ一緒にいるだけで肝が冷えるわ早く帰らせなければ!)


 である。ちなみに、彼はお腹が痛いがゆえに魔王の言葉遣いの変化や彼に対する呼び方の変化に全く気付いていない上に、人間の奴隷が派遣されるという内容すら聞こえていなかった。

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