第6話

「はぁ……はぁ……酷い目にあった……」


 激しい頭痛に耐えかねてひと段落転げまわった後、いつも通りの頭痛に(?)戻り、彼は起き上がる。


「忘れかけてたけど、俺は確かお手洗いがある建物の前に転移したはず。どこかにそれらしきもの……は? え、なにこれ……」


 辺りを見渡し、彼の後ろ側に見つけたそれは、真っ黒なお城であった。お城と言っても日本にあるようなものではなく、西洋にありそうなものだ。それを覆うように十数メートルの高さを持つ壁が立っており、そのお城の正面にある大きな門の前には身長三メートル近くある巨人が立っていた。警備兵か何かだろう。


「え、何この魔王城です見たいな城。しかもあの巨人、え? 俺はてっきりルミナスの世界に転生したんだと思ってたけど、これって……」


 ルミナスが登場するソシャゲは魔王が登場するものではない。主に美少女育成ゲームであり、確かにモンスターは出てくるがもっと可愛らしいやつである。こんなガチガチの敵モンスターみたいなやつは出てこない。

 あんな角を生やした赤褐色の肌をした巨人というより大鬼といった感じのモンスターは、出てこない。


「完全に別のファンタジー世界、ってことか? 強くてニューゲームできると思ってたけど、そうはいかないよなぁ……」


 彼は、引きつった顔でそう言った。


「だ、だが確かにお手洗いくらいはありそうだ。それに、確かに怖そうに見えるがもしかしたら優しいのかもしれない。そう人を……人を? 鬼を見た目で判断してはいけない。ひとまず頼んでみよう」


 彼は決意を固めて魔王城(仮)のほうへと近づいた。そして最も近くにいた大鬼に向かって話しかけようとして――


グオオオオオォッ!


――踵を返した。


「無理無理無理無理無理、あんなの無理! 怖すぎるだろ!」


 大鬼は彼には気づいているが、近づかないのなら危害を加えるつもりはないらしい。先ほどの咆哮は威嚇か何かだったのだろうが、彼にとっては十分恐怖の対象だった。


「別の意味で漏らすところだったよ……。いや、でも今から他のところに行くのも……。うん、それに、さっきの大声ももしかしたら叫びたい気分だっただけかもしれない。やっぱりしっかり話かけてみないとな」


 先程一瞬で崩れた決意を再構築し、彼は大鬼に近づいた。



グオオオオオォッ!


 またも大鬼が咆哮をあげたが、今度はひるまずに進んで行く。そしてその足元に立つ。彼は今ルミナス・フレイアの体であり、彼女の身長はお世辞にも高いとは言えない。年齢設定はかなり高年齢であるが、見た目は九歳やそこらである。大鬼とは二倍以上の身長差があった。


「あ、あの……」

「グガアッ!」

「ひぃっ!?」


 今度は至近距離で叫ばれて、彼は思わず悲鳴を上げるが、それでもその場に踏みとどまる。どうやら漏らさずに済んだようである。


(い、いや待て。このルミナスの体で恥ずかしい姿をさらすわけにはいかない。そうだよな。ルミナスは冥界からの使者だ。こんな奴にビビったりはしない。むしろ、笑顔で対応するはずだ。安心しろ、上位魔人の力は伊達じゃない。さっきだって《冥府の門ハーデスゲート》を使えた。だったら他の力も使えるはず。万一戦闘になっても、そう簡単には負けないはずだ!)


 脳内でそう早口にまくしたて、自分を説得した彼は決意を固めて大鬼に話しかける。


「ご、ごきげんよう。わたくしはルミナス・フレイアと申します。本日は、その――」(ちっがああああうぅっ! ルミナスはもっと堂々としてたし威厳たっぷりだった! それでいいのか、俺!? そんなんで本当にルミナスを愛していると言えるのか!? 否ッ! これではエアプもエアプ、見た目だけでルミナス様可愛いとか言ってるやつらと何も変わらない! 真のルミナス信者として、このままではいられないッ!)


 謎の決心を固めた彼は、再度大鬼に向き直った。


「本日はこの城の主に所用があって来たの。そこを通してもらえるかしら? 」(出来たああぁ! シャアアッ! 完璧には程遠いがルミナスにほんの少し近づけたぞおおおぉ!)


 彼の脳内は、大変騒がしかった。


「ム? マオウサマニナニヨウカ?」


 そんな彼の歓喜を知ってか知らずか、大鬼が反応した。片言ではあるが言葉を使っていた。


(おおっ!! 喋れるのか! って、本当に魔王城なんじゃねえかっ!?)


 彼の耳がおかしくなければ、確かに大鬼は魔王様と言っていた。それを聞いて多少動揺した彼だったが、それでも大鬼にたいして言葉を放った。


「わたくし、上位魔人なの。そこで魔王様にご挨拶くらいしておこうと思ったのよ。ご不満?」

「ヨロシイ。マオウサマニアイサツスルノハダイジナコトダカラナ」


 大鬼は片言にそう言うと、高さ十メートルほどはある、全面金属でできている扉を軽々と開けた。しかも片手で。


(ど、どんだけ怪力なんだ!? こ、こんなのに捕まったら一瞬で絞殺される……)


 内心びくびくしながらも、彼は表情だけは柔らかい笑みを保っていた。


「では、ごきげんよう」

「ケントウヲ、キタイスル」


 さっさとこの場を離れないと本当に漏らしかねないと思った彼は大鬼に別れの言葉を告げて、魔王城に急いだ。


「はぁ……第一関門突破、か」


 実際、魔王城の門を攻略するのは第一関門突破と言えるだろう。


 そして彼は門を抜け、魔王城までの数百メートルある道のりを進んで行った。少しばかり早足で歩いたので数分で魔王城に着いた。

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