第5話

「さて、これからどうするか。吐くのは、まあしゃあない。この体でもまだ許せる。でもな、腹痛に関してはそうもいかない」


 彼はそう言いながらあたりを見渡した。あたり一面草原だった。


「うん、無理。さすがにこんなところで用を足すのは無理。この体だからとか以前の問題ではあるが、ルミナスにさせていい姿ではない。何とかしてお手洗いを探し出さねば……」


 彼は悩まし気に右手を顎に添えて考え込んだ。


「まあ、正直頭痛はじきに治るよな。天気晴れてるし、多分大丈夫。花粉も飛んでないみたいだし、鼻詰まりも多少は解消させるだろう。そうなるとやっぱり問題は腹痛か。これに関してはどうしようもない正露〇飲んできたのに全く効果がない。痛み止めも飲みすぎて効果が薄くなっているみたいだし……あと一時間もすれば限界を迎えるだろう」


 この不良品と言っても差し支えない体と付き合って十五年ほど。彼は自身の体についての理解を相当深めていた。


「となると、出来るだけ早急にお手洗いを見つける必要があるが……見た感じ数キロ以内に建物はない。あったとしても、この腹痛を解消できるほどの施設があるとは限らない。ここはやっぱり、闇雲に探すよりも効率よくお手洗いを見つける方法を探らねばならない。……ここは、ルミナスの力を試してみるか」


 これは名案、とばかりに彼は手を打った。


「えっと確か……《冥府の門ハーデスゲート》」


 彼は右手を掲げ、細々とそのセリフを口にした。

 可愛らしい声に応じてか、彼の目の前に小さな黒い点が現れる。


「お、おおっ! 成功だ! 時空を司る邪神教最高司祭の名は伊達じゃなかった! じゃあ、一番近くの、お手洗いがある建物で!」


 彼の声に反応し、黒い点は徐々に大きくなる。空間を引き裂くかのような勢いで肥大化し、黒い雷のようなものを纏いながら直系三メートルほどの真っ黒な円を作り上げた。平面上に広がったその黒い円は、何もかもを吸い込むかのような迫力があった。


「これが、《冥府の門ハーデスゲート》、か。原作ではオープンワールドではないゲーム性故ありとあらゆる空間を移動できるというこの技の設定が腐っていたが、この世界でならもしや? と思ったけど、やっぱり正解だったか!」


 《冥府の門ハーデスゲート》とは、彼のこよなく愛するルミナスが、ゲーム内で使用する魔法の名前だ。目の前に巨大な黒い門を開き、それを通じてあらゆる場所に一瞬にして移動する、という魔法であったがそのゲーム性的に設定通りとはいかなかった。せいぜいが必殺技ムービーで敵の後方から攻撃するくらいであった。


「ここをくぐればお手洗いのある建物の目の前に着く、はず! 覚悟を決めろ、俺。行くぞ!」


 そうは言っても初見だ。これが本当にルミナスの操る《冥府の門ハーデスゲート》であったとしてゲームと全く同じ特性のものとは限らない。

 それでも彼は若干の不安を感じながらもその黒色の円に向かって飛び込んだ。


 一瞬彼の視界が黒く染まるが、すぐに明るくなる。と言っても先程までの爽やかな快晴ではない。それどころか空一面の灰色で、天気は最悪と言えた。


「いや、ここどこだよ。うっ、頭がっ!?」


 快晴から曇天へ。一瞬で変わった気圧に耐えかねて彼の頭に激痛が走る。


「転移には成功したけど何だか失敗した気分だアアッ!? これ、今までトップ3には入る痛さだッ!!」


 彼は激痛に耐えかねて地面を転げまわるが、一向に改善することはなく、十数分が過ぎる。その頭の痛みと言えば、先ほどまで感じていた腹痛を完全に忘れさるほどであった。

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