第46話
ヴァーグラードの国内は、大混乱に陥った。
アウェルッシュ王国に近い地域では、僕らが国内に雪崩れ込んで来たから。
巨人の発生、首都であるフォッツの崩壊は、国の外延部には伝わっておらず、彼らにとっての僕らは侵攻軍である。
いや、まぁ元々その為に集まった軍勢だから、それで間違ってはいないけれども。
しかしどんな風に思われても今はそれに構う時間はなく、後方拠点として必要な都市のみを大急ぎで制圧しながら、アウェルッシュ王国軍はフォッツを目指す。
尤もヴァーグラードの中央部に近付くにつれ、状況は大きく変化する。
フォッツで暴れる巨人から、近隣の都市に大勢の避難民が逃れ、首都の崩壊を伝えていたから。
けれどもフォッツから逃げる避難民は、同時に近隣の都市に巨人を誘導してしまう道標でもあったのだ。
ヴァーグラードの首都、フォッツで発生した巨人は複数と第二隊の天騎士は報告していた。
でも二より上なら全て複数だ。
ただ二や三、四でも五でも、六でも七でも、数えられるならその数を伝えれば良い。
なのに天騎士がそうしなかったのは、発生した巨人が俄かには把握できない数だったからである。
より詳細な報告を求められた天騎士は、少なくとも十以上と言い直したらしい。
またその少なくとも十体以上の巨人は、既にフォッツをあらかた破壊して、逃げた避難民を追ってバラバラになり、近隣都市に向かっているそうだ。
本当に、ヴァーグラードの終わりである。
そのような状況であれば、こちらも部隊をわけざる得なかった。
速やかに巨人を討伐し、民衆の被害を抑えるには、数名の騎士とその従者達で構成された小部隊を、襲われている各都市に向かわせるのが一番早い。
この混沌とした状況で、既に一番の活躍をしてるのは、第二隊と第三隊の天騎士だ。
普段は自分のペースを崩さない第三隊の天騎士、ラザレス・ミトリアですら、今の事態には碌に休みを取らず、巨人の位置の把握、牽制、誘導等を行っている。
逆に言えば、バラバラに動く巨人の位置を把握できるのは、空からの目を持つ天騎士しかいない。
彼らの存在は、やはり間違いなくアウェルッシュ王国の切り札であった。
「まぁ、ラザレスは好きじゃないけど、確かにこういう時は役立つわねー」
馬に乗って進みながら、上級騎士であるマリル・エマードはそんな言葉を口にする。
どうやらマリルは、ラザレスの事があんまり好きじゃないらしい。
僕からするとマリルだって、ラザレスに劣らず癖の強い性格をしてると思うけれども。
「あぁ、あの人が、あんなに真剣に動いてるのは、俺も初めて見たよ」
しかしよりによってハウダート先輩にまでそう言われるなんて、ラザレスって結構、第三隊の中でも浮いてるんだろうか?
僕からすると、割と気のいい、付き合い易い人なのだけれど。
いや、まぁ、もちろん癖はちょっと強いが。
今回、巨人を抑える為に分けられた小部隊は、特級騎士、或いは上級騎士が一人に、正騎士が二人と、その従者達という構成だ。
そして僕が配属された部隊は、上級騎士はマリル、もう一人の正騎士はハウダート先輩と、気心の知れた面子だった。
この顔ぶれなら、余計な事を考えずに巨人の討伐に集中できる。
恐らくは第三隊の隊長であるサウスラント・レレンスが、全ての部隊の構成に、こうした配慮をしてるのだろう。
「でも巨人がバラバラにわかれてくれたのは、残念だけど、少しありがたかったわね。十体もでかいのに並ばれたら、それこそドゥヴェルガ様くらいしか手出しできなかったでしょうし」
マリルの言葉に、ハウダート先輩も頷いてる。
なるほど、そういう考え方もあるのか。
確かに巨人に隊列なんて組まれたら、騎士であっても手出しは難しくなるだろう。
それこそマリルが言ったように、爺様以外にはどうしようもなくて、爺様に敵を分断して貰うしかなかったかもしれない。
あぁ、マリルが残念だと言ったのは、爺様が巨人の群れを分断するところが見たかったからか。
確かにそれは見たい気もするけれど、身内としてはそこまで無茶な事は、いやでも爺様だからなぁ……。
「それよりも普通に戦争するよりも、ヴァーグラードの吸収が楽になった事の方が、ありがたいかもな。侵攻してたら征服者だったのが、巨人を倒せば救い主だろ」
ハウダート先輩の言葉通り、僕らが巨人を倒せば、ヴァーグラードの吸収はまともに戦争をした時よりも、ずっと楽に進む筈だ。
ただ、相変わらずハウダート先輩の目は、情勢に向いてるんだなぁと、そんな風に思ってしまう。
別にそれが良い、悪いじゃなくて、例えばマリルやラザレスよりも、ハウダート先輩の方が現場の指揮官には向いている気がする。
なのに、正騎士であるハウダート先輩が、上級騎士を指揮する訳にはいかないのだ。
まぁ、マリルはハウダート先輩の言葉は聞き入れるだろうけれど、それは個人的な人間関係があっての事だし。
以前にバロウズ叔父さんともハウダート先輩の話になったが、彼は単なる正騎士に収まるには、勿体ない人だと僕は思う。
……尤も、それこそ巨人と戦う前に考える事ではないのだけれど。
「巨人って、あれかな?」
僕らが救援に向かう先の都市、リステンヘンドが見えてくると、その都市を囲う城壁に取り付き、破壊してる巨大な姿も同時に目に入ってきた。
何というか、実に大きい。
都市の防壁が大人三人分の高さで、防壁に備え付けられた側防塔が大人五人分くらいの高さだと思うのだけれど、巨人の大きさは側防塔に匹敵する。
あぁ、矢を放ってた側防塔が、たった今、腕を叩き付けられて破壊された。
リステンヘンドの守備軍は巨体の前に成す術がなく、巨人は壊した城壁を通り抜け、都市に足を踏み入れようとしてる。
都市内に足を踏み入れられれば、巨人と戦う際にも、周囲の被害は大きくなってしまう。
だが周りを見れば、マリルとハウダート先輩はもちろん、従者達も巨人の姿に脅えた様子はない。
それどころか十座なんて、強大な相手との戦いを前に、高揚を抑え切れない顔をしてる。
だったらまぁ、うん、多分どうにかなるだろう。
「まずは私が都市から引っ張り出すから、それから二人とも攻撃に参加して。まずは足を潰しましょう。そしたら後は、全員で囲んで潰せばいいわ」
マリルの提案に、僕もハウダート先輩も、頷き従う。
その提案は実に的確だった。
いや元々、マリルはいざ戦いになると的確な判断を、合理的に下すタイプだ。
そう、まるで獣が獲物を追い詰めるかのように。
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