第47話

 馬を降り、張り切ってリステンヘンドへ駆けて行ったマリルの背を見送って、僕はハウダート先輩と巨人を討伐する手順を詰める。

 マリルの事は心配ない。

 何しろ彼女は、僕よりもハウダート先輩よりも強いのだ。

 仮にマリルが巨人を都市の外に引っ張り出せずに、帰らぬようなら、僕らはリステンヘンドを見捨てて逃げるより他になかった。

 だから心配しても無駄なものは、心配なんてしない。


「実際には足を潰すといっても、マリルはともかく、俺達にあのぶっとい足をぶった切るのは難しいだろうから、狙うなら足の指だな」

 ハウダート先輩の言葉に、僕は頷く。

 これは僕らとマリルの実力差の問題ではなくて、ハウダート先輩が得意とするのは貫の気で、得物も槍だ。

 僕は衝の気を得意としていて、得物は剣やらメイスやらだけど、やっぱり太い足を切り落とすには不向きだった。


 故に狙うは足の指。

 確かに巨人は大きいが、それでも足の指くらいならば、僕らの気と武器でも潰せる。

 そして指を潰せば、巨人の足元は不安定になるし、更に痛みと衝撃で、転ばせる事もできる筈。

 一応、僕が持つグラン短剣を使えば、足の腱くらいは簡単に切れるだろうけれど、確実を期すなら、巨人を転ばせてからの方がいい。


 僕とハウダート先輩の打ち合わせが終わる頃、リステンヘンドの方からは、物凄く大きな咆哮と、それから破壊音が鳴り響いて、都市から飛び出したマリルを追って、巨人が城壁を蹴り砕いて出て来た。

 どうやらマリルは、無事に巨人を引っ張り出せたらしい。

 走る彼女の表情は割と必死で、それが物珍しくて少し面白いけれど、笑えば後で物凄く酷い目に合わされるだろうし、何よりも役割を果たした騎士に対して失礼だから、僕は表情を引き締め直す。


 一体マリルに何をされたのか、彼女を追い掛ける巨人は他が目に入らない様子で、僕らの事なんてまるで目に入ってない。

「先、行くぞ」

 左右の手に一本ずつ、二本の槍を携えたハウダート先輩が、巨人に向かって駆け出す。

 足の指を潰すとは言っても、もちろん簡単な事じゃない。

 もしも走る巨人の足にぶつかれば、莫大な質量差の前には、騎士であっても死ぬだろう。


 しかしハウダート先輩は全く臆する風もなく、右手の槍を突き出して、迫る巨人の左足の親指、その爪と肉の間に捩じり込む。

 貫の気を纏った槍は、硬い爪と肉の間にずるりと綺麗に入り込み、柄の半ばまでが埋まる。

 その途端、巨人の口から漏れ出たのは、大気が揺れる程の絶叫だった。

 

 いや、そりゃあ痛いだろう。

 一応やるとは聞いていたけれど、実際に目の当たりにすれば、僕の背筋も寒くなってしまう程にえげつない。

 巨人は走る事をやめて左足を抱えて片足立ちになり、爪の先に刺さった槍を、何とか抜こうと四苦八苦していた。

 その仕草はあまりに人間らしくて、……あぁ、本当に巨人は、元は人間だったのだと思い知らされる。


 ただ幾ら巨人の痛みが想像できたところで、それに同情している余裕はない。

 僕らは巨人に比べればあまりにも小さくて、あらゆる手段を躊躇ってなんて居られないから。

 巨人が足を止めると同時に、逃走をやめていたマリルが、今度は逆に大きく踏み込み、軸足となってる右足を剣で刻む。

 ぐらりと、巨人の身体が揺れた。


「ハウダート先輩!」

 巨人の絶叫はあまりに大きくて、僕の声が届くかどうか心配だったけれども。

 既に離脱して距離を取ってたハウダート先輩はそれを聞き逃さずに、

「おう! 来い!」

 僕が望んだ構えを取った。


 強化の気の力を強め、構えられたハウダート先輩の槍の上に僕は跳び乗る。

 以前も、ハウダート先輩と一緒に任務に就いた時、同じ事をした覚えがあった。

 あの時は、走る馬車に追い付く為だったけれど、今回は高い位置にある巨人の顔に、この身を届かせる為に。


 僕を乗せて振り回された槍の柄を蹴り、得られたのはとても強い推進力。

 真っ直ぐに宙を飛んだ僕は盾を構えて、そのまま巨人の顔に衝突する。

 当然、衝の気を全力で注いで。

 ガァァァンと、巨大な何かがぶつかり合った音を立てて、弾かれた巨人の頭。

 ただでさえ片足立ちで、軸足も刻まれ、不安定になっていた巨人の身体は、その勢いでゆっくりと地に倒れていく。

 斧を入れられた大木が、自重で倒れて行くように、ゆっくりと、だけど激しく。


 地響きと共に、天を仰いで地に倒れた巨人。

 そこから先はもう、戦いではなく解体だった。


 起き上がらせぬ為に両足を、反撃を防ぐために両腕を、全力の気を以て切り落とす。

 更に従者達も加わって、血管を切って血を抜き、胸の肉を切り取って心臓を露出させ、武器を突き立てる。

 どこまでやれば巨人が死ぬのかわからないから、目を潰し耳や鼻を切り取って、脳への道を探して潰す。

 本当にそれは、徹底的に。


 巨人が死んだと確信できる頃には、誰もが血と脂に塗れてて、僕らはその姿でリステンヘンドへと入り、事情を説明して、都市をアウェルッシュ王国に恭順させてから、領主の館で交代で風呂に入る。

 後続の兵がやって来て、避難民の保護と都市の占領を確実なものにして、ヴァーグラードが滅びた事が周知され、アウェルッシュ王国に吸収されたのは、それから然程に時を置かずの事だった。


 もちろん全ての巨人は、騎士の手に討ち取られて。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る