第44話


 僕が敗退した二回戦が終わった二日後、アウェルッシュ王国の国王、ラダトゥーバ陛下が民衆の前でヴァーグラードとの戦争を発表した。

 何でも開戦理由は、以前の戦争で割譲された地域への、ヴァーグラードによる度重なる干渉で、住民の被害も何度も出ているから、なんだとか。


 実に取って付けたような理由だけれど、多分そこに嘘はない。

 何しろ王都の付近にまでヴァーグラードのスパイは入り込んでいるのだ。

 以前の戦争で割譲された地域なんて、ヴァーグラードの手がより強く伸びてるに決まってる。


 開戦にあたっては事前の通告がなされたらしい。

 要するに宣戦布告だ。

 通告には開戦を避ける条件も添えられているそうだけれど、ヴァーグラードがそれを受け入れる事はないだろう。

 何しろアウェルッシュ王国はヴァーグラードを完全に滅ぼす心算で、絶対に受け入れられない条件を突き付けているからだ。


 受け入れなければ戦争で、受け入れたなら経済的に、どちらにしてもヴァーグラードが滅ぶ。

 だったら一矢報いようと、戦争を選ぶのは想像に難くない。

 ヴァーグラードはアウェルッシュ王国に、騎士に対抗する為の手段を、貪欲に集めていた筈だから。


 既にミスリルの鍍金が施された武器と、魔術師が居る事はわかってた。

 他には一体、ヴァーグラードは何を用意しているだろうか。

 ちなみに魔術師自体は、アウェルッシュ王国にだってそれなりの数が居る。

 確かに古の魔導帝国時代、魔術師は人々を支配して圧政を敷いたが、それでも別に、魔術という技術そのものが悪であるという訳ではないのだ。


 今でも魔術師に対して悪感情を抱く人は居るけれど、今を生きる多くの魔術師は、古の魔導帝国とは何の関係もありはしない。

 王都でも魔術を研究し、教える魔術師の集まりには国からの支援金が出てるらしいし、裕福な貴族は魔術師を知識人と戦力を兼ねる存在として雇い入れている。

 そうした道から外れて冒険者として活動する魔術師もいれば、傭兵になる物好きな魔術師もいた。

 ただ、魔術師の中でも一部には、古の魔導帝国を復活させようという思想に憑りつかれた、過激派が居るそうだ。

 そうした過激派は魔導帝国に由来する魔術の技を今も受け継いでおり、非常に危険な存在なんだとか。


 尤もその過激派が、今回の戦争に出てくる事はないだろう。

 もし、万一、件のミスリルの鍍金の施設に、過激派が関わっていたとしても、彼らはそう簡単に表舞台に出てこないからこそ、今まで生き延びて来られたのだ。


 他に、ヴァーグラードが用意してそうな強力な戦力といえば、……あぁ、神の奇跡を借りる神官は、戦場でも強力な存在だった。

 あの武を競い合う大会の一般部門に光神の神殿騎士が参加した事を考えると、光国がヴァーグラードに力を貸してる可能性は、少しばかりある。

 もしもあの神殿騎士くらいの使い手が、ヴァーグラードに複数居るなら、結構厄介かもしれない。

 或いは名の売れた傭兵団を幾つも雇い入れていたりとか。

 まぁそれでも、爺様が率先して乗り込んでいくアウェルッシュ王国軍の勢いを止められるとは、欠片も思わないけれど。


 今回、アウェルッシュ王国が用意した軍勢は、およそ一万。

 そのうち五千を爺様、もとい騎士団の第二隊が率い、真っ直ぐにヴァーグラードの首都を目指す。

 残る五千は第三隊が率いて、第二隊が進んだ後の後方地域を固めていく。

 町や砦を攻め落としたり、第二隊への輸送路を確保したり、華やかさには欠けるが、戦況を左右する役割だ。


 また今回は、連れて行く兵による、或いはヴァーグラードの敗残兵による、占領地域からの略奪も禁じて防ぐ必要があった。

 略奪を許せば、それが仮にヴァーグラードの敗残兵の手によるものであっても、戦争を仕掛けたアウェルッシュ王国が民の恨みを買うだろう。

 占領地域の民衆の恨みは、他国が付け入る隙となる。

 ヴァーグラードの吸収後、新たな隣国が増えるアウェルッシュ王国は、素早く新たな領土の統治体制を築き、立場を固めなければらない。


 その際に、民衆の恨みは邪魔なのだ。

 民衆の慰撫に長々と時間を掛ける余裕がない。

 もし仮に、占領地域の民衆が恨みによる抵抗を続け、統治の邪魔になるのなら、或いはその全てを排除して、新たな移住者を今のアウェルッシュ王国の領土から連れてくる事が選ばれる可能性すらある。

 ラダトゥーバ陛下は、新たな隣国からアウェルッシュ王国を守る為に必要だと判断するなら、それを命じられるだろう。

 だがそれは、あまりにも寝覚めが悪過ぎるから。


 故に略奪を防ぐ事は、敵を打ち倒すのと同じか、それ以上に重要だった。

 そもそも民衆に恨みを抱かせず、速やかにアウェルッシュ王国の民とする為に。

 元がヴァーグラードの民であっても、新たなアウェルッシュ王国の民となるなら、それは騎士が庇護する対象だ。

 彼らが進んでそうなってくれるよう、僕もできる限りをしたい。



「いい? 若様。アタシ達の中で一番強いのは、もちろん若様だよ。でも一番失っちゃいけないのも、若様なんだ。だから戦地の空気に慣れるまでは、アタシ達から離れないで欲しい」

 王都から西の、クォッドレイア辺境伯爵領に向かう行軍中、アリーの隣に馬を並ばせたクレアが、僕に向かってそう言った。

 ちなみに昨日は十座に似たような事を言われたし、一昨日はバロウズ叔父さんに言われてる。

 えぇ、皆、そんなに僕が逸れて迷子になりそうに見えるんだろうか?

 なんて、少し思ってしまうけれど、従者の皆が初めての戦争に臨む僕を気遣ってくれてるのは、流石にわかる。


「うん、慣れてるクレア達がいてくれて、心強いよ。でも、ごめんね、傭兵をやめて従者になってくれたのに、やっぱり戦場に連れていく事になっちゃって」

 ただ少し思うのは、傭兵をやめて戦場から遠ざかっていたクレア達を、再び戦場に連れて行くのは申し訳ないなって事だ。

 僕はクレアや十座が、どうして傭兵をしていて、何故やめたのかを詳しいところまでは知らない。

 バロウズ叔父さんに関しては、色んな経験を積む為なんだろうなぁとは思ってるけれども。


「あ、あぁ、いや、それはいいんだよ。アタシが傭兵をやってたのは国を出たかったからだし、やめたのは若様の従者に誘われてだから、戦場が嫌になったとかじゃないから。……まぁ、別に好きでもないけど」

 するとクレアは、少し驚いた顔で、僕の言葉を否定する。

 なるほど、どうやらバロウズ叔父さんと一緒にいたいから、その誘いに乗って傭兵をやめて僕の従者になったらしい。

 そこまでは言ってないけれど、多分そういう事なのだ。


 まぁ、クレアが戦場に向かうのが嫌でないなら、それは良かった。

 安心して頼りにさせて貰おう。

 十座に関しては戦える事を楽しみにしてる様子だったから、別にいいか。


 バロウズ叔父さんは、爺様と会ってどんな話をしたのだろうか?

 戦争を前に思う事じゃないけれど、先日、爺様の顔を見たからだろうか、僕は父さんや母さん、婆様の顔も見たくなってる。

 この戦争が終わっても、新たな領土が鎮まるまでは、騎士の任務は忙しいだろう。

 でもそれも全て終わったら、一度は長い休暇を取って、アルタージェ村に帰りたかった。



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