第43話
さて、武を競い合う大会の騎士部門で、一回戦はダドレア・グラクスという騎士に勝利を収めた僕だけれど、二回戦は負けた。
惨敗という程ではなかったのだけれど、惜敗にも届かない感じの……、要するに普通に負けたのだ。
まぁ敗北を振り返るのは全く楽しくないけれど、見ぬ振りをしても成長はないから、一応は思い返すと、二回戦での対戦相手は第二隊の、カレッサ・ヴァグロアという名の若い女性騎士。
前にも述べたかもしれないけれど、女性の騎士はアウェルッシュ王国では割と珍しい存在で、何らかの事情か余程の実力があるからこそ、騎士の道を選ぶ。
ちなみに僕は、第二隊の騎士は半分くらいは知ってるけれど、彼女に関しては知らなかったので、恐らくは騎士になってから二年と経たない新顔の部類になるのだろう。
しかし実力の方は、そうとは思えない程に高かった。
一回戦で戦った騎士、ダドレアに近い実力があったんじゃないだろうか。
つまりは僕よりも格上である。
ダドレアの時は、色々と相性が良かったから格上が相手でも勝利を掴む事ができたけれど、カレッサの時は逆に、少し彼女の戦い方に惑わされてしまった。
二回戦でカレッサが身に纏っていた武具は、革の鎧を金属で補強した、スタッド・レザーアーマー。
騎士としてはかなり身軽な格好で、更に両手持ちの槍を武器としていた彼女は、貫と衝の気の使い手だ。
槍の穂先による突きと、柄や石突きによる打撃。
貫と衝を巧みに切り替えた連続攻撃は見事というより他になく、それを捌く事に体力を削られた僕は、カレッサの攻撃に慣れて反攻に出る頃には、既に気の消耗が深刻な状態になってしまっていた。
というのも、前日のダドレアとの一回戦での気の消耗が、一晩ではとても回復し切れてなかったから。
何とか残った気を振り絞って一矢は報いたが、そこが僕の限界で、我を張ってそれ以上を粘れば、相手の攻撃も碌に防げず、自身の命を失う事故に繋がりかねないと判断し、降伏を選ぶ。
悔しくなかったかと言えば噓になるが、でも同時に、精一杯に自分を出し切れた満足感もあった。
一回戦も二回戦も、格上の相手だったのだから、どちらにも勝とうなんて、流石に贅沢にも程がある話だし。
多くの気を消耗して疲れ切っているけれど、心からはまだ戦いの興奮が抜けきらず、僕は控室で突っ伏していた。
残った僅かな気を体内で循環させて、回復を促してはいるけれど、動き出すにはもう少しの時間が掛かるだろう。
どのくらいそうしていただろうか、控室の扉が叩かれて、一人の大きな老人が中に入って来る。
尤も老人とは言っても、真っ直ぐに伸びた背筋に、隆々とした筋肉は一切の老いを感じさせない。
それどころか僕の知る誰よりも濃密な気配と気を纏っているけれど、まぁ、来るだろうとは思っていたから別に驚きはしなかった。
「ふむ、久しぶりだな、ウィルズ。出来の良い我が孫よ」
そう呼び掛けて来るのは、この国の英雄でもある特級騎士、ドゥヴェルガ・アルタージェ。
つまりは僕の祖父、爺様である。
『出来の良い』は、爺様が家族を褒める時によく使う言葉だ。
多分、これは僕の勝手な想像なんだけれど、爺様は僕の父さんやバロウズ叔父さんが、気の素質を引き継げなかった事を気に病んでると知って、敢えて二人に出来が良いって言葉を頻繁に投げかけていたのだろう。
そしてそのまま癖になって、僕の事もそうやって褒める。
まぁでもそれはともかくとして、どうやら僕は今から爺様に褒められるらしい。
「こんな格好でごめん。でも爺様が会いに来てくれて嬉しいよ」
訪ねて来たのが他の誰かなら、僕は無理にでも身を起こすのだが、爺様は身内だから、少し甘えさせて欲しかった。
何しろ今は、結構ホントに余裕がないから。
「うむ、構わん。今は寝て回復に努めておれ。むしろ簡単に起き上がれる余力があるなら、もう一押しくらいはしておけと咎めるところだな。しかしさておき、良く育っておる。第三隊は、お前に合っておったようだな」
爺様は、鷹揚に笑って、手で寝たままでいいとの仕草を取る。
訓練の時は厳しいが、それ以外の時は基本的には優しい爺様だ。
いや本当に訓練の時は、これでもかってくらいに厳しいのだが。
「色んな任務があるから、初めてだらけで全然慣れないけど、先輩は親切だし、それにバロウズ叔父さんも他の従者も助けてくれてるから、良い経験が積めてると思う」
実際、僕が第二隊に行きたくなかった理由の一つは、爺様の手元で訓練を受け続ける生活が待ってそうだったから、というのもある。
任務の合間に帰ってくる爺様の訓練でもキツイのに、同じ隊に所属なんてしたら、それが毎日続くのだ。
……第三隊に配属されて、ついでに言えば今回、ちゃんと一回戦を勝てて、本当に良かったなぁと、そう思う。
もしも無様を晒していたら、爺様が手を回して、第二隊の訓練に連れて行かれかねなかった。
それに口にした言葉には一つも嘘はなくて、僕は今、第三隊で良い経験が積めてると思ってる。
「今回の戦いでお前に足りなかった物は、もう気付いておるのだろう? だったら儂からは何も言わん」
爺様の言葉に、僕は頷く。
もちろん、足りなかった物もわかってる。
というか、足りない物が多過ぎるとわかったと言うべきか。
まず騎士との対戦経験が足りない。
一回戦では、全ての攻撃に全力を籠めた。
その結果、一回戦は勝利をする事ができたのだけれど、二回戦までに消耗した気を回復し切れなかったのだ。
まぁ目標を一回戦の勝利に定めていたから、僕の行動は必ずしも間違いではないのだけれど、騎士としては未熟だろう。
次に気の総量が足りない。
一回戦で使い過ぎても、二回戦までに回復し切れなくても、気の総量が今よりももっと多ければ、別に問題はなかった。
僕は、今の段階でも割と気の総量は多い方ではある筈だけれど、使い方が下手ならもっと量を増やした方がいい。
まぁ気の回復力も、同じく上げるべきだけれども。
更に言うなら、単純に基礎となる実力が足りない。
ダドレアをもっと早く的確に仕留めていれば、カレッサの槍をもっと早くに見切れていれば、言い出したらキリはないが、単純に実力が増せば勝ちの目は増えるだろう。
要するに僕には、全てが足りなかった。
しかし逆に言えば、足りないながらにも戦えたのだから、不足を補えば僕はもっと強くなれる。
「贅沢を言うなら、うちの隊の小娘にも勝ってくれていれば、儂としては有り難かったがな。最近、少しばかり自信過剰になっておってな。まぁ、自慢の槍を年下に見切られて、随分と肝を冷やしておったから、まぁ善しとしようかの」
笑ってそう言う爺様に、僕は心の中でカレッサの無事を祈った。
そんな言葉を吐くって事は、後で彼女が爺様の訓練を受ける羽目になるのだろうから。
「さて、我が孫よ。ここからは真面目な話だが、ヴァーグラードとの件は察しておるな?」
ふと、声も顔も真面目になった爺様が、少しだけ声を潜めて、僕にそう言った。
当然、僕は頷く。
何しろドワーフの国から、その事態が動く事になったのだろう情報を、王宮に届けたのは他ならぬ僕である。
「戦争が起きれば、儂の二隊だけでなく、三隊の騎士も戦場に出る事になるだろう。むろん、ウィルズ、お前も例外ではない」
あぁ、恐らく爺様の言う通りになるだろう。
アウェルッシュ王国は、多くの戦力をヴァーグラードに差し向けて、なるべく早期に敵国を滅ぼすという、完全勝利での戦争終結を目指す。
強力な戦力である騎士は、できる限り多く戦場へと送る筈だ。
「戦場では、騎士であっても何が起きるかはわからん。それにお前は、これが初めての戦争だ。決して無理をするな」
そして続く爺様の言葉は、僕の身を案じるものだった。
魔物とも、人とも、僕は戦った事がある。
けれども確かに、戦争という人が行う最大の蛮行、その狂気を、僕はまだ知らない。
爺様の心配は身内として、当然のもので、だからこそとてもありがたく思う。
しかし、それでも僕は爺様に、
「でも爺様は、初陣から無理したでしょ?」
そう言葉を返した。
混ぜっ返す訳ではなく、既に一人の騎士になった僕が、戦争を避ける気はないとの意思表明として。
確かに僕は戦争を知らない。
でも騎士になった以上、知らないままではいられないから。
最初から及び腰でいようとは思わなかった。
「あの時は、そうせんと国が滅んでしまいそうだったからな。しかし今回は勝ち戦だ。別に誰かが無理をする必要はない。まぁ、お前がそれを理解した上で前に出るなら、これ以上は止めはせん。だが儂より先には、死ぬなよ」
声に少し苦味を混ぜて、爺様は言葉を吐き出す。
勝ち戦だからこそ、経験を積める。
その理屈も間違いでないと、爺様もわかっているから、或いは今、僕が経験を積まねば、別のどこかで命を落とすかも知れないから。
爺様は僕を止めはしない。
「それからもう一つだけ言っておく。今回の戦争も、一番手柄は儂が貰うからな」
ただ、最後に笑ってそう言って、爺様は控室を出て行く。
ついでに、バロウズ叔父さんの顔を見て来ると、僕にそう告げて。
自分より先に死ぬなって言うけれど、そもそも爺様って、死ぬんだろうか?
そりゃあ爺様も生きた人である以上、何時かは死ぬんだと思うけれど、僕にはそれがどうしても想像できなかった。
大会の騎士部門も、あと二日もすれば終わる。
そうすると僕は、あの爺様ですら忠告してきた、戦争に挑む事になるのだ。
僕は、別に大きな手柄を立てたいだなんて思わないけれど、一人の騎士になった以上、それから目を逸らしたくはない。
ウィルズのメモ
『斬:2→3 衝:3→4 貫:1 硬:3 強:3 治:2→4 総量:5→6 回復:4 流動:3→4』
爺様曰く、僕の半年の成果。
ついでに言うなら、軽重の気の使い方も1。
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