第42話


 大勢の観客が見守る中、僕の前に立ったのは、磨き上げられたプレートメイルを身に纏い、カイトシールドとブロードソードというオーソドックスな装いの、二十代の半ば手前といった年頃の騎士だった。

 プレートメイルは、チェインメイルの上から急所などの重要部位を更に守る為、装甲パーツを足した頑丈な鎧で、コンポジットアーマーとも呼ぶ事もある。

 全身鎧に比べるとまだしも動き易い為、愛用している騎士は多い。


 所属に関しては、名乗りを聞かずともわかる。

 あんなに綺麗な鎧を身に着けているのは、間違いなく第一隊の騎士だろう。

 これが第二隊に騎士になると、補修も間に合ってない傷だらけの鎧を身に纏っている事が多い。

 もちろんそれは、別にどちらが正しいって話じゃなくて、王宮での任務を主とする第一隊の騎士は見た目にも気を使う必要があって当然で、過酷な環境に身を置きがちな第二隊は、そこに気を使う余裕がないだけだ。


 では第三隊はどうなのかと言えば、そもそもあんな風に鎧を身に着けて動ける任務が少ないから、どうなんだろう?

 僕は未だ、身体が成長の最中だから難しいが、可能だったら王宮での任務用と儀礼用、辺境等の過酷な環境での任務用の、三つくらいは鎧を持ってた方がいいかもしれない。


 今回、僕はチェインメイルを身に纏い、金属製のラウンドシールドと、相手と同じくブロードソードを手に握ってる。

 比較すれば、武器以外は僕の方が防具は軽装だ。

 防御力は向こうに分があり、動き易さはこちらに分があるだろう。

 ただそこまで大きな差がある訳じゃなくて、硬の気や、強化の気の熟練度次第ではひっくり返る程度でしかなかった。


 またお互いに兜は被らず顔は晒す。

 今回の大会は、騎士の顔と名をアウェルッシュ王国の民衆に広く知らせる意味があるから、特別な理由がない限りは顔を隠さない。

 或いは、その方が観客が盛り上がるからなのかもしれないけれど。

 いずれにせよ、今回の戦いでは顔は明確な弱点だから、それを狙うのは厳禁である。


 さて、名乗りを聞かずとも第一隊の騎士であるとわかる相手だが、それでも名乗りは重要だ。

 何故なら、名前はともかくとしても家名を聞けば、どの六家に連なる騎士なのかが丸わかりなのだから。

 ただ名乗りを聞くだけで、その騎士がどの気を扱う事を得意としているか、少なくとも一つは判明する。

 それは明確に僕の有利に直結するので、聞き逃す訳にはいかない。


「第一隊、騎士、ダドレア・グラクス」

 相手の名乗りは短く、闘志に満ち溢れてる。

 こちらを見据える瞳は真剣で、僕を年少者だと侮る色はどこにもなかった。

 

 騎士、ダドレアのその態度は、僕としては嬉しかったが、しかし勝利を目指す上では厄介だ。

 少しくらいは侮ってくれた方が勝ち易い。

 だけど、うん、相手がこちらを侮らずに全力を出してくれて、その上で僕が勝てたなら、きっとその勝利は至上の喜びになるだろう。


「第三隊の騎士、ウィルズ・アルタージェ」

 故に僕も、名乗りは短く。

 本当は、グラクス卿の胸を借りるだとかなんだとか、年下らしく殊勝な事を言うべきかもしれないけれど、この人の前でそれは余計な事に感じたから。

 お互いに、剣の切っ先を相手に向ける。


 グラクス家は、六家の一つ、硬のゴレア家に連なる武家だ。

 つまり当然ながら硬の気の扱いに長けている可能性が高いのだけれど、その割には攻め気が強く見える。

 そもそも硬の気を最大限に活かしたいなら、堅牢なスーツアーマーでも着込む筈。

 全身を板金で守り、それを硬の気で覆ったならば、並大抵の攻撃は通用しなくなるだろう。


 まぁ、その場合は衝の気で中身をグチャグチャに掻き回せるから、実は僕としてはやり易かったのだけれど、ダドレアは亀になる気はないらしい。

 ならば彼には、他にも何か、硬の気と同等に得意とする気がある筈だった。

 見に回って相手の把握に努めるか、それとも硬の気に対しては相性が良い衝の気を使い、全力で攻め抜くべきか。

 互いの名乗りが終わり、動き出すまでの少しの間に、僕は大急ぎで考えを纏める。


 迷っている暇はないのだ。

 常に拙速が巧遅に勝るとは限らないが、今のような状況で、迷いは動きの遅れを生む。

 もしも迷うくらいなら、何も考えない方がマシなくらいに。


 僕とダドレアはほぼ同時に相手に向かって踏み込み、互いの剣をぶつけ合う。

 カァンと大きな音を鳴らし、弾けたのはダドレアの剣だった。

 攻める事を選んだ僕の衝の気が、相手の剣を弾いたのだ。

 恐らく意表は突けたのだろう。

 大きく弾いた剣を手放しこそしなかったが、腕に走った衝撃に、驚きと苦痛の表情を浮かべてる。


 ただ、意表を突かれ、あれだけ大きく剣が弾かれたにも拘らず体幹がぶれていなかったのは、……さっきの攻防でのダドレアの一撃が、様子見か牽制の、至極軽いものだったからだ。

 ダドレアは、あんなのも開始前から攻め気を見せていた癖に、初撃では攻めてこなかった。


 あの攻め気は擬態?

 いや、多分だけど、違うだろう。

 ダドレアの初撃は牽制で、彼はそのまま次の、本命の攻撃に繋ぎたかったのだ。

 だとすると、彼の得意とする気は、斬撃以外の方法で活用するものである可能性が高い。


 あぁ、おおよそ察しが付く。

 硬の気とそれを得意とするなら、かなり厄介な使い手だった。

 だけど僕とは、相性が良い。


 更に踏み込み、咄嗟に相手が構えた盾に、僕も至近距離から盾をぶつけて、当然ながら衝の気も全力で乗せていく。

 ダドレアも、僕が衝の気を得意とする事は察したのだろう、踏ん張ろうとはせずに後ろに跳び、発生する衝撃を少なくしようとするが、全身鎧ではないとはいえ、結構な装備で身を固めた彼の重量は重い。

 重い金属の塊を金属で殴れば、どうしたって衝撃は発生し、衝の気はそれを思い切り増幅する。

 剣越し、盾の上、鎧の上、からではあるけれど、既にそれなりのダメージはダドレアに入っただろう。


 だが追い詰めた時こそ、決して攻め急いではならない。

 もちろん油断は論外だけれど、人は追い詰められた時にこそ、大きな力を発揮する事がる。


 このまま一方的に好きにされてたまるかと、後ろに跳んだダドレアの、全力の突きが飛んで来た。

 正直、それがダドレアの得意とする攻撃だと予測が付いていたから、何とか斜めに構えた盾と硬の気で逸らせたが、それでも僕の盾の表面はごっそりと彼の剣に抉られている。

 そう、ダドレアが得意とするもう一つの気は、貫の気だ。

 貫通力を増すその気を纏った突きこそが、ダドレアの放つ最も強力な攻撃なのだろう。


 硬の気で守りを固め、貫の気で相手を抉り貫く。

 それはかなり強力な組み合わせで、隙が少ない。

 ただ先程も述べたけれど、僕の戦い方との相性は良かった。


 ここまでの攻防から受けた印象だと、ダドレアは硬の気と貫の気が4……、或いはどちらかは5に達してるかもしれなくて、強化の気が2といったところか。

 気には強さ以外にも、相性がある。

 例えば、今までの攻防からもわかるとおりに、硬の気は防御に大きな力を発揮するが、衝の気で発生した衝撃を止める力は弱い。

 しかし衝の気も万能かといえば決してそうではなく、衝撃を発生させれなければ使えないから、回避を得意とするタイプには効果が薄いのだ。 

 もしもダドレアの、硬の気と強化の気が逆で、彼が鋭い身のこなしからの、強力な突きを放ってくるタイプだったら、僕に勝ち目は薄かっただろう。


 つまりそれが気の相性だった。

 もちろん騎士の戦いが、気の相性だけで決まる訳では決してない。

 そもそも騎士になったばかりの頃の僕だったら、さっきの突きの一撃をしのげずに終わっていた可能性は高かった筈。

 今、漸く実感できたけれど、僕はこの半年で確実に成長をしている。


 対戦相手のダドレアは、僕より少し、格上の騎士だ。

 だけど気の熟練度や相性、剣や盾を扱う技量、作り上げた戦いのスタイル、この戦いに臨む気持ち、それから時の運……。

 全ての要素をひっくるめて、今は僕が有利だった。 

 そして僕は、掴んだ有利を離さない。


 油断なく、攻め急がず、けれども一つ一つの攻撃に全力を賭して、僕はダドレアを追い詰めていき、最後は彼に剣を突き付け、敗北を認める言葉を引き出して、戦いは終わる。




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