第41話


 大会の一般部門が終われば、次は騎士部門が始まる。

 つまりは、漸く僕の出番であった。


 騎士団の総数は、団長、三人の隊長、上級騎士、正騎士の全てを合わせても七十に届かない。

 そのうち、正騎士の数は五十弱。

 また今回の収穫祭には多くの騎士が集まっているが、それでも全ての騎士を王都に集めれば国内の守備に支障をきたす。

 故に今、王都に来ている正騎士の数は、三十三名。

 更に王都で行われてる収穫祭の警備に回す人員も必要だから、結局のところ、大会の騎士部門に参加して競い合うのは十六名だった。


 しかしここからが面倒臭いところなのだが、この収穫祭の催しの一つとして行われる武を競い合う大会は、民衆、武家、貴族、王族を問わず、アウェルッシュ王国に暮らす全ての住人からの注目度が非常に高い。

 騎士部門の優勝者が即座に上級騎士に昇格できる訳ではないけれど、最有力候補として名を上げる事になる。

 そうなってくると大会に臨む騎士が背負うのは、当然ながら己の名誉のみではなくなるのだ。


 まず第一に、家名。

 優秀な騎士を輩出した家系は、武家として、その血の価値を高める事になる。

 その血の価値が高まったなら、騎士当人はもちろん才ある伴侶と結ばれるだろうし、兄弟姉妹も良い条件で婚姻が行えるだろう。


 次に六家の名。

 武家の全て……、ではなく、ある一家を除く武家は、何れかの六家に属してる。

 当然、六家としては、己の流れを汲む武家の騎士に優秀な成績を残して欲しいし、またそれが本家筋に近ければ尚良い。


 最後に隊の利。

 まぁ、これも当然なのだけれど、近衛である一隊、遠征を行う二隊、その隙間を埋める三隊の、いずれの隊であっても、所属する上級騎士が増える事が持つ意味は大きい。

 それは純粋に戦力的な意味合いもあれば、隊と隊の力関係に於いてもだ。


 これは少し極端な例を出すけれど、王宮での任務に第一隊の騎士と、第三隊の騎士が共同で動いたとしよう。

 これがお互いに正騎士同士であったなら、その任務の主導は恐らく第一隊の騎士が行う筈だ。

 完全に指揮下に入る訳ではないけれど、王宮での活動は第一隊の方が慣れているから。


 だがこれが、第三隊から来た騎士が、上級騎士であったとしよう。

 すると第一隊の正騎士は、第三隊の上級騎士の指揮下に入り、その活動を補佐する事を求められるのだ。


 そして大会に臨む騎士が、己の名誉以外の物を背負うと、そこにはどうしても政治的なやり取りが発生する。

 例えば、同じ六家の流れを汲む騎士同士が対戦相手となった時、本家筋に近い騎士に勝利を譲る事と引き換えに、条件の良い婚姻先を斡旋するだとか。

 例えば、同じ隊の騎士をより上位に行かせる為に、次の対戦相手となる有力な騎士に対して勝敗を度外視し、互いの消耗を強いる戦いを行うだとか。


 十六名によるトーナメント方式の戦いは、日程もあって一日に一回戦ずつ、四日間をかけて行われる事になっていた。

 しかし騎士のように気の総量が大きければ、それを消耗し尽くした場合、一晩寝た程度では完全には回復しない事もある。

 丁度、僕がドワーフの王との殴り合いで気を使いはたし、三日間も静養を余儀なくされたように。

 尤もあれは、本当に精も根も使い果たして、気を回復させる循環すらしてない状態で寝込んだからだが……。


 騎士の力の源は気であるといっても過言じゃないから、大会で優勝を目指す場合、気の消耗がどれだけ大きな要素であるかは、言うまでもないだろう。

 トーナメントであってもそこに利が絡む以上、政治と無縁ではいられない。

 単なる武をぶつけ合うだけの大会では、どうしたっていられなかった。


 けれども当たり前の話だが、多くの民衆が見守る前で、そんな政治に塗れた戦いを繰り広げたなら、騎士の名誉には大いに傷が付く。

 アウェルッシュ王国もそればかりは避けたかったので、対戦相手の選び方に気を使う事になる。

 具体的には、一回戦、二回戦は、対戦の直前まで相手の発表はなく、また属する六家、隊ともに被らぬ相手を選ぶ。

 流石に準決勝、決勝ともなると、そんな風に相手を選んでいられないから、トーナメント表に名前が張り出されて事前に公表もされるけれど、そこまで上がった騎士ならば、誰だって自分が優勝したいと思ってる。


 多分だけれど、毎年この対戦相手の決定に頭を悩ませてた担当者は、僕の参加をとても喜んでくれてるだろうし、何なら一回戦の勝利だって願ってくれているに違いない。

 だって僕は、隊はともかく、どこの六家にも属さないアルタージェ家の騎士だから。


 その分、僕はさっぱり対戦相手を絞り込めないが、どのみちやる事は変わらないのだ。

 気にしたって仕方ない。

 誰がこようと、まず一つの勝利を目指して、騎士部門の初日に挑む。



 控室から、門を通って闘技場に出れば、辺りを埋め尽くした観客から、大きな歓声が降ってくる。

 あぁ、いや、歓声ばかりではない。

 まだ未完成な体格をした僕の実力を疑う声や、爺様の七光りだと嗤う声。


 そんな物もきっと多く混ざってるのだろうけれど、まぁそれは今更だ。

 第一、騎士なんて延々と血統を大事にしてきた結果なのだから、七光りじゃない騎士なんて居ない気もする。

 どんな風に思われていても、今から行われる一回戦で、僕が騎士としての実力を示せば黙るだろう。


 多くの人の目を浴びているけど、その中でも格段に強い視線にそちらを振り返れば、ジッとこちらを見据えた爺様が居た。

 その姿を見るのは、実に久しぶりである。

 僕の成長を、見定めようとしてるのだろうか。

 無様な姿は見せられないなぁと思うけれど、元より無様を晒す気なんてなかったのだから、やっぱり今更変わらない。


 身の引き締まるような緊張感が、実は少し心地好かった。




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