第40話


 十座は一回戦、二回戦を難なく勝利して、三回戦へと挑む。

 ただ一般部門の参加者の質は、僕が思ったよりもずっと高い。

 王都で行われる大会だけあって、六家からも中伝、千人に一人の才を持った気の使い手がゴロゴロと参加してる。

 つまり単純に気を扱う才能で言えば、十座やバロウズ叔父さん、クレアと並ぶ連中だ。


 それでも十座が勝ち抜いているのは、彼の気の使い方がこの国ではあまり知られない代物で対戦相手が戸惑ったからと、後は純粋な剣の技量の差だろう。

 気を扱う才能が近ければ、戦いは得意とする気の相性と駆け引きの勝負となりがちなのだが、十座は相手のそれに一切付き合わず、剣技の冴えで勝利を掴む。

 その姿は実に鮮烈で、まぁそれはもう滅茶苦茶に目立ってる。


 更に次の三回戦の相手は、他の騎士の従者だった。

 闘技場に響く対戦相手の紹介を聞いた十座は、関係者席で見守る僕にチラリと視線を送って来る。

 どうやら彼は僕に遠慮して、勝った方がいいのか負けた方がいいのかを、問うてくれているらしい。

 まぁ確かに、十座が他の騎士の従者に勝てば、その騎士から僕への感情が悪くなる可能性はあるだろう。


 しかし僕は、この一般部門では十座の応援をすると決めているのだ。

 見ず知らずの騎士の感情なんかより、彼の勝利の方がずっと嬉しい。

 いや、折角応援してるのだから、勝って貰わなきゃむしろ困る。

 僕が遠くからでも見えるよう、大きく一つ頷くと、十座もまた頷いて、戦いの開始を告げる声と共に終始相手を圧倒して、危なげなく勝利を収めた。


 そして次の日の、準決勝の相手は、あの東の辺境伯が推薦して大会に参加しているという、犬か狼の獣人が十座の相手だ。

 これまでの相手は強い弱いの差はあれど、僕にとっても既知の相手で、選ぶ武器、構え、気の流れから、戦い方やどの気を得意とするかまで、おおよその察しは付いた。

 だがそれが今回初めて見る獣人となると、準決勝までに見せた戦い方以外に何を隠し持っているのか、さっぱり予想もできない。


 多分、その時に僕は心配そうな顔をしてたのだろう。

 隣の席に座っていたクレアが僕の肩を軽く叩いて、

「大丈夫だよ、若様。アタシ達は、傭兵時代に何度か獣人ともやり合ってるから。それよりも、多分問題はその次」

 そんな言葉を口にする。

 準決勝の次、つまり十座がこの戦いに勝てば進む決勝の相手は、既に前の試合で勝利して決勝へと進んだ、あの神官戦士が相手だった。


 でも僕は、その言葉には首を捻る。

 あの神官戦士は、盾の扱いは確かに上手かったが、クレアが言う程の強敵には見えなかったからだ。

 武器のメイスも、恐らく僕と同じくらいの腕前で、十座の剣には遠く及ばない。

 自らの傷を癒したり、不可視の衝撃を放つ奇跡は厄介だけれど、事前に神への祈りを口にするから、それらが発動する瞬間を察する事は容易いだろう。

 ……そんなに手ごわい相手だろうか?


 僕の疑問を察したのか、クレアは頷く。

「闇国や光国では、階級によって武具に刻めるシンボルの大きさが変わるの。普通の神官戦士なら、兜や鎧の胸を飾るので精一杯よ。あんな大盾に一面のシンボルを刻めるのは、アタシが知る限り、神殿騎士以外にいやしない」

 なるほど、闇国の出身であるクレアが言うなら、あの神官戦士は、光の神に仕える神殿騎士で間違いないのだろう。

 だとすれば、これまでの一回戦から準決勝までの戦いは、神殿騎士は自らの実力を隠し続けてた事になる。


 それは一体何故なのか。

 思い付くのは、優勝後に騎士の試合を望み、それに勝利する為だ。

 光神に仕える神殿騎士が、アウェルッシュ王国の騎士を下す。

 そうなれば大いに光神の権威を高めるだろうし、同時にアウェルッシュ王国には大きなダメージを与える事になる。


 或いは、大会後のヴァーグラードへとの戦争の発表が、それどころではなくなってしまうくらいに。

 ……実際には同時に、ヴァーグラードへの宣戦布告が行われてる筈だから、実に都合の悪い事態を招くだろう。


 ただ別に、今の段階では神殿騎士は定められたルールに則って、この大会に参加しているだけだ。

 光神の教えは法と秩序の維持だから、その神殿騎士が違反を行う筈もない。

 誰の思惑で、神殿騎士がこの大会に参加したのかはわからないが、それを防げなければアウェルッシュ王国が弱かっただけの話である。

 仮に僕が第三隊の隊長に、神殿騎士が大会に参加してると報告しても、特に目立った対処はないだろう。

 いやまぁ、それでも気付いてしまった以上は報告するけれども。


 それに多分、僕は十座がどうにかしてくれるだろうとも、そう思ってる。

 十座が神殿騎士に勝てるかどうかはわからないにしても、間違いなく言えるのは、十座は神殿騎士としての実力を隠したままで戦えるような相手じゃないって事だ。

 そして事前に実力と戦い方が露わになれば、アウェルッシュ王国の騎士が、他所の騎士に負ける筈はない。



 とはいえその前に、まずは十座の準決勝だ。

 獣人は、強化の気を使った騎士に迫る程の速さで動いたが、けれども動きそのものは単純で、読み切った十座は常に先手を取り続けて相手を圧倒し、勝利を収めた。

 危なげなく、クレアが言った通りの結果になった事に、僕は内心で胸をなでおろす。


 戦場で、あの速度で動く相手が多数来れば、少し怖いとは思うけれど、まぁ大体、獣人はわかった。

 ここで獣人の戦い方を見られた事は、僕が東の任務に派遣された時、大いに役に立つ筈だ。

 ……結局、東の辺境伯がどうしてあの獣人を大会に推薦して送り込んだのか、その理由はわからなかったが、思惑は果たせたのだろうか?


 それから、また次の日に行われた決勝戦。

 どうやら神殿騎士は、これまでと同じく自分の力を隠す心算の様子で、盾で防御を固めながら、受けた傷は癒しの奇跡で治して、長期戦の構えを取る。

 だがそれに不満そうな表情を見せたのが、相手をしていた十座だった。


 戦いの邪魔はすまいと、彼には余計な話は一切していなかったのだけれど、十座はクレアと同じ事は、自分で察していたらしい。

 実力を隠したままの神殿騎士を猛然と攻め立て、癒しが追い付かぬ程の傷を量産していく。

 ともすれば、そのまま仕留めてしまえそうな勢いで。

 あぁ、いや、十座なら、あんな風に傷をつけるだけじゃなくて、実際に仕留められた筈なのに、敢えて彼はそうしてる風にも見える。


 しかもそんな勢いで攻め立てているのに、時折行われるメイス、不可視の衝撃を放つ奇跡による反撃には、ふぅわりと、軽々と身を翻して避けるのだ。

 傍目には、もう完全に勝負は十座の物だと思われたその瞬間、神殿騎士は辺りに響く大きな声で、ハッキリとその祈りの言葉を口にする。

 即ち、『ディバイン』と。


 すると神殿騎士の全身が、光り輝く何かに包まれた。

 聞いた事はある。

 光神に仕える高位の神官は、光り輝く武器と鎧を授かる軌跡を扱えると。

 ……なるほど、アレを身に纏って相手を蹂躙するのが、神殿騎士の本来の戦い方か。


 確かにあれは強力だ。

 クレアが言う通り、あぁなるともう、十座に勝ち目は薄いだろう。

 何故なら、十座の剣は速いし鋭いし上手いがが、頑丈な守りを突き崩す力には欠ける。

 もちろん並の鎧なら十座の剣は切り裂くだろうけれど、光神の奇跡で生み出した鎧となると流石に分が悪い。


 だからこそどうして、十座はあれを出される前に相手を仕留めなかったのか。

 一時はそれが可能に思えただけに、どうにも僕は悔しくなってしまう。


 だがその理由は、十座が手の内を晒した神殿騎士に負けた翌日、優勝者とアウェルッシュ王国の騎士の試合で判明した。

 騎士は、僕も含めて、十座に足りなかった頑丈な守りを突き崩す力、強い気を操る才能を持っている。

 故に手の内を晒した神殿騎士は、本気となったアウェルッシュ王国の騎士の猛攻に、纏った光り輝く鎧を撃ち抜かれ、膝を突いて降伏を選んだ。


 アウェルッシュ王国の騎士が、他所の騎士に勝利する姿に、闘技場を埋め尽くす観衆は誰もが興奮しながら大きな歓声を上げて叫ぶ。

 その時、僕は、あぁ、十座の狙いはこれだったのかと、理解した。

 決勝で、十座が神殿騎士の本気を引き出さずに勝利し、騎士の従者と騎士が対戦するよりも、優勝した神殿騎士をアウェルッシュ王国の騎士が下す方が、観客の心は大いに高揚する。

 いや、観客だけじゃない。

 この試合は口から口に、アウェルッシュ王国中に広がって、民衆の意気を上げるだろう。


 そしてその意気が、ヴァーグラードとの戦争の発表により戦意へと変わる。

 恐らく十座は、それを狙ったのだ。


 アウェルッシュ王国にも光神の信者は多いけれど、彼らが光神を偉大に思えば思う程、今回の勝利には価値が出る。

 何故なら今回の大会では、神殿騎士は一参加者として優勝まで勝ち抜き、アウェルッシュ王国の騎士も堂々と試合を受けて立った。

 法と秩序を司る光神の御心に反せず、互いに一切の策謀はなく、この戦いは行われたのだから。


 自分の腕試しに出た大会で、最後の最後で、騎士の従者として国の利益の為に敗北を選ぶ。

 十座がそれを、僕の為にやったと考えるのは流石に少し自惚れだろうけれども、本当に、僕は凄い人に従者になって貰ってる。 



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