第39話


 剣を握って、バロウズ叔父さんと相対する。

 一般部門に参加してる十座の応援も大切だけれど、騎士部門に参加する僕の訓練だって同じように大切だ。

 もちろん十座には自分の試合に集中して欲しいから、僕の訓練には残る二人の従者、バロウズ叔父さんとクレアに付き合って貰う。


 特にバロウズ叔父さんは、十座にも劣らない剣の使い手だった。

 もし仮に互いに気を用いずに競い合えば、僕には全く勝ち目がないくらいに。

 だからこそ、僕は時々だけど考えてしまう時がある。

 バロウズ叔父さんは、本当は僕の事が嫌いなんじゃないだろうかと。


 だって、僕がバロウズ叔父さんに勝るのは、本当に気を操る才能だけなのだ。

 そしてバロウズ叔父さんは、その気を操る才能が足りなかったという一点だけで、爺様という英雄の後継ぎとして失格の烙印を押された。

 まぁ、それは僕の父も同じなのだけれど、もし仮に僕が逆の立場だったら、その自分が持ちえなかった才能を評価された甥っ子に、良い感情を抱けるとは思えない。


 なのにバロウズ叔父さんは、従者として細やかに気配りをして僕を支えてくれている。

 それはもしかすると、アルタージェ家の為なのかもしれない。

 或いは他に、何らかの理由があるのかもしれない。

 僕はそれが気になっていたけれど、今の関係が壊れないよう、これまではその事を質問したりはしなかった。


 だが収穫祭や、武を競い合う大会が終われば、アウェルッシュ王国はヴァーグラードとの戦争に突入するだろう。

 今回の戦争でヴァーグラードを滅ぼしてしまう心算なら、戦争には騎士団の第二隊以外にも、第三隊が投入される可能性は高い。

 そうなれば騎士である僕はもちろん、従者であるバロウズ叔父さんも一緒に戦場に立つ事になる。


 バロウズ叔父さんも、十座も、クレアも、僕の従者になる前は傭兵をやっていた。

 戦場なんて慣れっこなのかもしれないけれど、……それでも戦争では、何が起こるかはわからない。

 故に僕は、本格的な戦争となる前に、どうしても問いたくなってしまった。

 僕はバロウズ叔父さんにとって、不快な存在ではないのだろうかと。


 繰り出された剣を盾で受け止め、押し込んで剣を振るい、それが受け流された所で、僕は問う。

「ねぇ、叔父さん。バロウズ叔父さんにとって騎士になった僕は、不愉快な存在じゃないの?」

 ……と、そんな風に。

 あぁ、でもこれは、ちょっと狡い聞き方だろうか。

 僕の声に力がないのは、相手にそれを否定して欲しいからだと、自分自身でも分かってしまう。


 案の定、バロウズ叔父さんは少し困った顔になってしまった。

 しかしその手は止まらず、鋭い反撃が飛んでくる。

 僕の腕では、バロウズ叔父さんと剣だけで対等に渡り合う事はできないが、盾を使えばその攻撃も何とかしのげた。


「あー、どうしてそう思ったのか、なんて事は聞かないよ。そういえば、君とその手の話はしてこなかったからね」

 バロウズ叔父さんは言葉を選びながら話してるけれど、けれども攻撃の方にはそんな気遣いは欠片もなくて、僕は徐々に防戦一方に追い込まれて行く。

 僕は剣と盾を使ってるのに、バロウズ叔父さんは剣一本でこちらを圧倒してる。

 一体どれだけの修練を積めば、どんな思いで剣を振れば、これ程の腕に至れるのか。


「もちろん昔は、若い頃は、私にだって多少は思うところがあったよ。『どうして俺じゃないんだ』ってね」

 あぁ、やっぱりそうだったのか。

 盾で受け止めた剣は、とても重かった。

 そしてそのまま押し合いになるが、バロウズ叔父さんの剣はびくともしない。

 剣と盾の押し合いなんて、どちらが有利かは考えるまでのない筈なのに。


「ただ、私の場合、騎士になる力がなくて悔しい思いをしたのは、常に兄さんの方が先だったんだ。そんな兄さんが、我が子の才を本当に喜んでるのに、私が君を厭える筈がないだろう?」

 でも、不意にスッとバロウズ叔父さんの剣から力が抜けて、虚を突かれた僕は姿勢を崩してしまう。

 真正面から、万全の体制で打ち合っても負けるのに、一度でも姿勢を崩してしまえば、もうそれを立て直す暇は与えられない。

 次の一撃に僕の姿勢は更に大きく崩されて、それからピタリと、喉元にバロウズ叔父さんの剣が付き付けられた。


「君の存在は、兄さんと私にとっては宝物なんだよ。感謝してるし、同時に申し訳なくも思ってる。私達が諦めざる得なかった道を、懸命に歩んでくれてる君にはね」

 それからバロウズ叔父さんはそう言って、僕の喉元から引いた剣を腰に納めて笑う。

 手合わせは、僕には一つも良いところがなく終わってしまったけれど、その言葉は嬉しかった。


 僕は父さんも、叔父さんも、爺様も好きだ。

 もちろん母さんも、婆様も。

 騎士になったのも、父さんや叔父さんに、爺様の後継ぎとして失格の烙印を押した連中を、少しでも見返したかったからというのも、理由の一つだ。

 そりゃあ最大の理由は、アルタージェ村を領地とするアルタージェ家の存続の為ではあるのだけれど。

 けれどもそれも、言ってしまえば家族の為か。


「それに、ここに来て他の騎士を見て思ったよ。騎士は騎士で、辛いんだなって」

 だけど叔父さんの言葉はそこで終わらず、まだ続く。

 それも全く、僕が想像もしなかった方へと。


「あの君の先輩のハウダート卿なんてまさにそうさ。彼は騎士ではあるけれど、もう伸びしろは殆どないだろう。そして君や他の才に溢れた後輩に、追い付き追い抜かれ続けてる」

 まぁ、確かにそうかもしれなかった。

 ハウダート先輩は、例えばマリル・エマードよりも先に騎士になっているにも拘らず、彼女と違って上級騎士には至っていない。

 また今回も、ハウダート先輩は王都の警備を担当して、大会の騎士部門には参加していないのだ。

 それはまるで、ハウダート先輩には上級騎士の目はないと隊長が判断し、先輩自身もそう考えているという証明のようで、僕はバロウズ叔父さんの言葉を否定できない。

 ただそれでも、これだけは間違いないのだけれど、上級騎士の目があろうとなかろうと、ハウダート先輩を侮る騎士は一人もいないだろう。


「だけどハウダート卿は腐る事なく、闘気法以外の技術も磨いて国を支えながら、先達として後輩を導いているんだろう。本当に立派な騎士だね。私は騎士ではないけれど、同じように技術を磨いて、従者として可能な限り君を支えようと思ってるよ」

 僕の考えを察したのか、バロウズ叔父さんは頷き、そんな風に言葉を続けた。

 本当にそうだった。

 この王都に来て、僕が誰を一番尊敬したかといえば、それは上級騎士であるマリル・エマードやラザレス・ミトリアではなく、隊長にして特級騎士であるサウスラント・レレンスでもなく、ハウダート先輩だったから。


 バロウズ叔父さんがその名を出して僕を支える言ってくれるなら、うん、僕もそれに相応しい騎士にならなければならない。

 騎士の価値は闘気法だけじゃないとハウダート先輩は証明してくれてるけれど、それでも僕が得意とするのはそれだけだから、まずはそこで自分の価値を示そう。

 その為にも、

「バロウズ叔父さん、もう一本、お願い」

 この大会の騎士部門で、まずは一勝を挙げるのだ。 








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