第38話

 大会の日程は一般部門が先に行われるので、僕の出番は後半になる。

 だからそれまでの間は、調子を整える程度に訓練をしつつ、王都での収穫祭を楽しもうと思っていたのだけれども、従者の一人、十座が一般部門に参加するから許可が欲しいと言い出した。


 全くの予想外だったのだけれど、調べてみれば騎士はともかく、従者の一般部門への参加はよく事あるらしい。

 僕としては、それが禁じられてないのなら、十座の別に構わないというか、むしろ応援したいとすら思う。

 ただ十座は大会に出たら絶対に勝ち残るだろうし、それで貴族家や六家からのスカウトが来て、彼が他所へ行ってしまうのは少し、というか物凄く嫌である。

 でも当人がそういった栄誉を望むなら、僕に止める事はできないのだけれど、……よくよく話を聞いてみれば、十座は単に腕試しがしたいだけで、従者をやめるなんて考えてもなかったそうだ。

 だったら、うん、僕としても十座を応援するのに、何の心の引っ掛かりもなかった。

 王都の収穫祭は、また来年も見て回る時間は取れるだろうから、今年は十座の応援をしよう。


 他の従者、バロウズ叔父さんとクレアは参加しないのかと聞いてみたけれど、二人は大勢の観客の前で目立ちたくはないらしい。

 バロウズ叔父さんは、アルタージェの名前で耳目を集めてしまうからそれを厭うのは何となくわかるけれど、クレアにも何か目立ちたくない理由があるのだろうか。

 まぁ当人に参加の意思がないのなら、僕からそれを勧めるような真似は当然しない。

 一般部門に参加する僕の従者が十座だけなら、誰を応援するかで迷う必要もないし。


 そういえばこれは嬉しい誤算だったのだけれど、従者である十座が一般部門に出て、僕が騎士部門に出るので、この大会の間は三人分の関係者席が用意される事になった。

 実はこの大会は王都の収穫祭の中でも特に人気の催しで、普通に観戦席を確保しようとすれば、かなり苦労するそうだ。

 並びで三人分の席を、大会の間中ずっと確保するなんて、それこそ貴族でもなければ不可能だろう。


 そして大会は、まずは事前に一般部門の予選が軍の練兵場で行われ、それを勝ち抜いた者が王都にある大きな闘技場での本戦に出場する。

 予選は参加者が木製の武器を使い、十人ずつの組に分かれて、周囲の全てを敵として最後の一人が勝者となる生き乗り戦を行う。

 尤も生き残り戦とはいっても、一撃を食らったと判定されれば審判に退場を告げられるので、使う武器が木製である事もあって、実際に死者が出たりは殆どしない。


 しかし本戦は普段から使用してる武器の持ち込みが許される為、死人が出るケースも稀にあった。

 というのも、アウェルッシュ王国での強者は気の使い手である場合が多い為、使える武器を制限すれば明確に有利不利が出て来るのだ。

 例えば予選と同じく木製の武器のみを使った場合、衝の気を得意とする者は問題ないが、斬や貫の気はどうしたって使い辛い。

 また一撃を喰らえば敗北というルールだと、硬の気による防御を得意とする者にとって不利だった。


 故に本戦での試合は、武器の使用に制限はなく、全身を覆うような重装鎧の使用だけが禁じられる。

 予選には実力の劣る者も混じる為、使者を減らす工夫をせざる得ないのだけれど、逆に言えば、多少の不利があっても予選程度が勝ち抜けないなら、本戦の出場者相手には命を落とすだけだろう。

 とはいえ、大会は別に死者を出す事が目的ではないので、対戦相手を殺してしまえば、殺した方も失格だ。

 殺されてしまうのはもちろん未熟だが、殺さずに勝利できない方もまた未熟。

 これがこの大会のルールだった。


 ちなみにこれは、六家の門下生同士が大会でぶつかり、死者が出た場合に恨みを溜めない為の方便でもあるのだろう。

 そもそも自らの命を守れない弱さが悪く、相手も大会を失格になるという罰を既に背負っているのだから、恨みを残すべきではない。

 六家はアウェルッシュ王国の武を支える柱であり、その不仲は王国の亀裂になりかねないから、こうした言い訳が必要だった。


 ちなみに騎士の方の大会もルールは一般部門の本戦と同じで、騎士の場合は重装鎧も解禁されるのが、唯一の違いだろうか。

 騎士は相手がどんな装備をしていようが勝たねばならないアウェルッシュ王国の武の象徴であるから、騎士同士の試合に装備の制限は一切ない。

 また対戦相手であっても同じ国を守る同志なのだから、殺すべきではないのも当たり前の話である。

 相手を殺さずに勝利できてこそ、強者であるという理屈は、騎士であっても変わらないのだ。



 さて十座は、そんな大会の一般部門に参加して、予選はなんと素手で勝ち抜いたらしい。

 あぁでも、なんと、なんて言ったけれど、僕に組み技や軽重の気を教えてくれた十座が、素手であっても予選くらいを突破できない筈がなかった。

 僕だって、互いに素手だったら、十座相手にはあんまり勝てる気がしないし。

 どうして敢えて素手で参加したのかを十座に聞いたら、その方が皆に狙われて、良い戦いができると思ったから、なんだとか。

 十座は本当に戦いや、強くなる事が好きなんだなぁと、そう思う。


 そして予選を抜けて本戦に進んだ参加者は32名で、一回戦、二回戦、三回戦、準決勝、決勝の、五回戦が五日間掛けて行われる。

 更に優勝者が望むなら、決勝の翌日に騎士との試合も行われるから、一般部門は全部で六日間の日程だ。


 一般部門とはいえ、或いは一般部門だからこそ、本戦へと勝ち進んだメンバーは実に多彩な顔ぶれで、明らかに異国風の剣士に、光の神のシンボルが刻まれた大盾を携えた戦士、更には獣のような容貌の獣人すら混じってた。

 尤もそのうちの、異国風の剣士というのは他ならぬ十座の事なのだけれど。

 光の神のシンボルが刻まれた大盾を携えた戦士は、もしかすると神官戦士だろうか?

 実は神官が神の力を借りて起こす小さな奇跡、神聖魔法も、魔術と並んで闘気法に匹敵する力である。

 特にクレアの出身国でもある闇国や、その対となる光国では、実力のある神官戦士は神殿騎士とも呼ばれ、それこそアウェルッシュ王国の騎士に似た立場で扱われているという。


 だがやはり本戦へと勝ち進んだメンバーの中で最も目立っているのは、犬、或いは狼を思わせる顔をした獣人だ。

 どうやらその獣人は、東の辺境伯からの推薦で、この大会に参加しているらしい。

 人の特徴と獣の特徴を併せ持つ獣人は、その見た目から人型の魔物と混同される事もある。

 僕だってこのような場所でなく、例えば森の中でいきなりあの獣人と出会えば、魔物だと思って警戒するだろう。

 だからこそ、そんな獣人をこの大会に送り込んだ東の辺境伯には、何らかの思惑がある筈だった。


 獣人にアウェルッシュ王国がどんな場所なのかを見せつけたいのか、それともアウェルッシュ王国の民に獣人の姿を祭りの催しであるこの大会に参加させ、悪感情を取り除きたいのか。

 そこまではわからないけれども、少なくとも辺境伯が推薦して来るくらいなのだから、相当の実力者ではあるのだろう。

 もちろん僕は、今回の一般部門の大会では、十座の応援をするけれど、神官戦士や獣人の戦いにも興味が湧いて、実に試合が楽しみである。





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