五章 騎士として
第37話
戻った王都は、ただでさえ人口の多い都市なのに、更に国内から集まって来た人で溢れかえった状態だった。
尤もこの全ての人が、武を競い合う大会を見に来た観光客、という訳ではない。
この時期は、アウェルッシュ王国の各地で麦や他の作物の収穫が終わり、領主に納められた税の一部が王都へと運ばれて来る。
故に今年の収穫を祝い、感謝を捧げる祭りが、王都では盛大に開催されるのだ。
要するに収穫祭なのだけれども、大会もその収穫祭の催しの一つに過ぎない。
他にも騎士が関わる収穫祭の催しとしては、騎士が十人と、王都の住人や観光客の中から希望者が百人くらい選ばれて競う、綱引きがあるという。
ラザレス曰く、ここ二十年程は綱引きには爺様と第二隊の騎士が参加して、一度も負けてないそうだ。
うん、爺様は祭りも力比べも大好きだから、嬉々として参加してる様が目に浮かぶ。
実に大人気ない爺様に、血縁者としては何だか恥ずかしさすら感じてしまう。
だけどアウェルッシュ王国にとっては英雄である爺様との綱引きは、民衆にはとても人気の催しで、参加希望者は毎年かなりの数になるらしい。
まぁさておき、収穫祭はそのようにとても大きな催しだ。
だからこそ警備も厳重で、騎士の多くが招集されるのも、半数は大会の騎士部門に参加させるからだけど、残りは王都の警備を万全とする為だった。
というのも武を競う大会の一般部門には、アウェルッシュ王国内外から大勢の実力者が集まって来る。
何しろそこで高い実力を見せた者には、貴族家への任官口や、六家からのスカウトが来たりするのだ。
アウェルッシュ王国で武にて成り上がろうとするのなら、この大会で実力を示すのが手っ取り早い。
また最後まで勝ち残った優勝者には、その栄誉を称えて騎士との試合も許される。
尤も騎士を相手に勝利できる実力者なんてもう何十年も出ていないけれど、これまでに皆無だった訳じゃない。
もしも騎士との試合に優勝者が勝利したなら、アウェルッシュ王国は何としてもその者を召し抱えようとするだろう。
つまりそれだけの待遇が与えられるからこそ、大会の一般部門で成り上がりを目指す武辺者は多く、その中には王都の雰囲気に酔い痴れて、治安を乱そうとする輩も混じるのだ。
もちろんこの時期に王都で騒ぎを起こせば大会への参加も取り消されてしまうが、それがわからぬ馬鹿も、残念ながら少なくない。
だがそうした輩を捕らえるのは一般兵には荷が重く、どうしても騎士の手が必要だった。
さて、折角なので騎士部門の話もするが、大会に参加するのは正騎士のみで、上級騎士や隊長である特級騎士は参加をしない。
ただ上級騎士に関しては何人かが選ばれて、模範試合を観衆に披露するそうだ。
恐らく第三隊からは、華やかさと民衆からの人気で、マリル・エマードが選ばれるだろうと、同じく上級騎士であるラザレス・ミトリアは予想していた。
いや、華やかさで言えばラザレスも相当なものだから、恐らくラザレスは、自分が観衆の前で模範試合なんてしたくないから、マリルが選ばれて欲しいと願ってるんじゃないだろうか。
僕としては手合わせの時には欠片しか見せて貰えなかったマリルの本当の実力も気になるが、前回の任務ではグリフォンによる威嚇ばかりをしていたラザレスの、個人での戦い方も気になる。
でもどちらも知り合いだから、どっちが選ばれても僕は十分に楽しめるだろう。
あぁ、マリルで思い出したけれど、彼女も参加していたドワーフの国への使節団は、収穫祭には間に合うように、無事に王都へと戻ってた。
もしも僕が大会に参加するなら、……いや、今年に新しく騎士になったばかりで、尚且つ爺様の孫である僕は、お披露目として大会への参加となると思うけれど、リーシュナ王子やラーチュア姫にも戦いを披露する事になる。
だったらがっかりされないように、一回戦くらいは勝たなきゃならない。
一応は、既にドワーフ王との殴り合いを披露はしているのだけれど、あれを騎士の戦いと呼ぶのは、些かどうかなぁって思うし。
僕はなり立ての、まだ叙任を受けてから半年程しか経ってない騎士だから、正騎士の中でも一番下、とまでは言わずとも、実力は低い部類に入るだろう。
試合の相手は騎士としての先輩で、それから一勝をもぎ取ろうというのだから、全力をぶつけるどころか、それ以上を振り絞る必要がある。
けれども爺様の、英雄の孫を見に来た大勢の観客でなく、この僕、ウィルズを見てくれるリーシュナ王子とラーチュア姫の二人や、バロウズ叔父さん、十座、クレアの三人の従者に、ハウダート先輩やマリル、ラザレスに闘う姿を披露するのだと考えれば、何だかとても気合が入った。
気の力を扱う闘気法は、魔導帝国の魔術師達に、理不尽に抗う気持ちから生まれたとされている。
それを扱えるかどうかは、完全に才能の世界ではあるのだけれど、気持ち、気合、心の持ち方がそれを後押しするのは事実なのだ。
上級騎士を目指して優勝を狙う騎士に比べれば、僕の目標はとても小さい。
ただそれでも、目の前の一勝に懸ける想いは、間違いなく僕の方が上回るだろう。
何故なら僕の目標は、その一勝なのだから、そこに全てを注ぎ込める。
騎士団、第三隊の隊長であるサウスラント・レレンスの口から、僕の大会への参加を命じられたのは、その日の夜の事だった。
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