第36話
結論から言うと、船の海賊を全て合わせても、ドワーフの王よりも殴り倒すのは楽だった。
でもこれは海賊の名誉の為に言う訳ではないけれど、彼らが弱いというよりも、ドワーフが滅茶苦茶なんだと僕は思う。
空中ではグリフォンに乗ったラザレスが、周囲を見張ってくれていたけれど、他の海賊船が応援に現れるような事もなく、僕は船を制圧し終える。
まぁ、船内に籠った船長は抵抗しようとしたけれど、海賊の八割を殴り倒す頃には、どう足掻いても無駄であると悟ったのか、素直に降伏してくれた。
正直なところ、船員は船を港にまで運ぶのに必要だけれど、指示を出すだけの船長は別に不要だ。
いや、それどころか、船長を中心に海賊がもう一度反抗しようとする可能性も皆無じゃないから、最後まで抵抗するようなら制圧の最中に海に放り込もうかと思っていたのだけれども。
流石に、自分から降伏した相手には、そんな真似はできやしない。
しかしそれにしても、改めてじっくりと観察すれば、アルガイメス辺境伯領の港で見た船とは、海賊船は随分と形が異なっていた。
実はそれも、ラザレスがこの船を海賊船だと判断した要素の一つなのだけれど、海の民であるロタット諸島連合が使う船は、風を受ける帆だけで動き、漕ぎ手が居ない。
何でも、追い風以外の風向きでも、真っ直ぐに進める工夫が帆に成されているのだとか。
一方、アウェルッシュ王国が用いる船は、追い風ならば帆で受けて進めるが、それ以外の風ならば多くの漕ぎ手が櫂を使って船を動かす。
僕は船には詳しくないどころか、まともに船や海を見たのも今回、アルガイメス辺境伯領の港に来てからなので、どちらが良いのかはさっぱりわからなかった。
ただロタット諸島連合が用いる船は漕ぎ手が不要な分、少ない人数で動かせる為、アウェルッシュ王国でも同じ様式の船を取り入れるべきだとの声は多いそうだ。
でも僕からすると、漕ぎ手はいざとなれば戦闘員にも流用できるのだから、アウェルッシュ王国が用いる船の方が強そうな気もするのだけれど……、そんなに単純な話でもないのだろう。
あぁ、もし仮にアウェルッシュ王国が船をロタット諸島連合様式に変えようとしてるなら、僕が捕らえた海賊達も、生き残る目はあるのかもしれない。
海賊達の正体は、もしかするとロタット諸島連合に属する軍人なのかもしれないけれど、彼らの祖国がそれを認める事はない筈だ。
すると彼らは、アウェルッシュ王国の法によって裁かれ、賊の類は縛り首となる。
それは恐らく、山でも海でも変わらない。
だがロタット諸島連合の船の仕組みを、また動かし方を良く知る彼らが、技術をアウェルッシュ王国に提供するならば、話は大きく変わる可能性があった。
何しろ新しい様式の船を採用するなら、それに適応した船乗りを育てなければならず、それは一朝一夕で成せる事じゃないだろう。
つまり彼らは、長く技術を提供し続ける余地がある。
流石に海賊だった彼らを船乗りとして海に出す訳にはいかないけれど、教官役として抱え込む可能性は十分にあった。
価値がなければ賊として縛り首だが、価値があるなら新たなアウェルッシュ王国の民となる事も不可能ではない。
もちろんどうするのかは、彼らの意思次第だけれども。
今回捕まえた彼らが、アウェルッシュ王国に協力しなくても僕は別に構わない。
この船をアルガイメス辺境伯領の港に届ければ、僕とラザレスは次の海賊船を探しに行くのだ。
捕まる船の多さに海賊達が、またその後ろで糸を引くロタット諸島連合が恐々として海賊活動を控えるまで、何度でも僕らはそれを繰り返す。
ロタット諸島連合から海賊という手足をもぎ取り、十分にこちらの恐ろしさを知らしめておけば、アウェルッシュ王国がヴァーグラードとの戦争に突入しても、後方を脅かすような動きを安易には取れなくなる。
ただ今回、海賊船の発見、制圧がこんなにも上手くいったのは、別に僕の手柄でもなんでもなくて、単にアウェルッシュ王国が天騎士という切り札の一つを惜しまずに投入したからだ。
もしもラザレスとグリフォンが居なければ、僕は今頃、アルガイメス辺境伯領の港から出航する交易船に乗って、海賊に襲われるのをぼんやりと待ってた事だろう。
そして海賊が現れなければ、今度は別の国の港から、アウェルッシュ王国に向かう船に乗り込んで、やっぱり海賊に襲われるのを待つ。
何往復もそうしていれば、いずれは海賊も僕が乗る船を襲うかもしれないと期待して。
当然ながらそんなやり方では膨大な時間が掛かるだろうし、その間にも他の船が襲われてしまう。
だが天騎士の存在があるだけで、海賊船は逃走すら許されず、一方的に狩られる獲物と化す。
要するにそれ程に空を制する天騎士の存在は大きくて、またアウェルッシュ王国はヴァーグラードとの戦争に本気で備えてるって事なのだ。
それから僕らは一ヵ月程の時間を掛けて、八隻の海賊船を捕まえ、アルガイメス辺境伯領の港へと送った。
この数が、多いのか少ないのかは、やっぱり海に疎い僕にはわからなかったけれど、海賊による交易船の被害は激減したらしい。
更に捕まえた海賊から幾つかの拠点も聞き出せたそうだから、アルガイメス辺境伯は近日中に軍船を派遣し、その制圧を行う予定なんだとか。
だけど僕とラザレスは、その拠点制圧に参加はせず、制圧作戦の成否を聞く事もなく、王都からの帰還命令に従って、グリフォンに乗って北に飛ぶ。
ラザレス曰く、どうやらこの時期には王都では、武を競い合う大会があるんだとか。
その大会には一般の参加者が競い合う部門以外に、騎士同士の戦いを見せる部門があって、それに参加すべく騎士の多くが王都に招集される。
ならばきっと、多くの観客も集まるその大会で騎士の武を広く知らしめ、その最後にヴァーグラードとの戦争を行うとの宣言がなされるのだろう。
ヴァーグラード側への宣戦布告も、恐らく、その日に。
そういえば以前、僕が騎士になったばかりの時、隊長であるサウスラント・レレンスから、歓迎会は半年以上は後、第三隊の騎士たちが集まった時に行うと言われた事がある。
多分、忙しい第三隊の騎士達が一斉に集まる機会というのが、武を競い合う大会だったのだ。
しかしその大会でヴァーグラードとの戦争が公表された場合、僕の歓迎会どころではないのだろうなと、少し残念に思う。
あぁ、つまり僕が騎士になってから、もう半年以上も経ったのか……。
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