第35話


 南部を統括するアルガイメス辺境伯領は、アウェルッシュ王国の玄関口として知られてる。

 というのも東は獣人に支配された大草原に、北はドワーフの国への大坑道以外は山に遮られたアウェルッシュ王国には、西か、或いは南から船を使うより他に出入りの方法がない。

 そして西側に存在する参加国のうち、クロッサリアを除くヴァーグラードやドロイゼとは不仲だから、アウェルッシュ王国への出入りはどうしても南が主だった。

 故に南の洋上を脅かす海賊や、またその後ろで糸を引いてるのであろうロタット諸島連合の存在は、アウェルッシュ王国を孤立させてしまいかねない、非常に頭の痛い問題だ。


 しかし今回の任務では、海賊の排除は行うが、ロタット諸島連合の関与は問わないと決められていた。

 もしも今、ロタット諸島連合と争いになれば、アウェルッシュ王国は二方面に敵を作る事になる。

 相手が陸続きであれば、或いはそれも良かったかも知れない。

 アウェルッシュ王国が誇る騎士団の力を以てすれば、片方の国に短期決戦を仕掛けて潰し、残るもう片方も取って返して討ち滅ぼす事も可能だろう。

 それ程に、アウェルッシュ王国の軍事力は他国に比べて強いのだ


 だがロタット諸島連合は、残念ながら相手が悪い。

 何故ならロタット諸島連合、その国の名前通りに南の洋上に浮かぶ島々が連合した国であり、攻め込む為には船が必要となる。

 けれども操船技術は、海に生まれて海に生きる、ロタット諸島連合の船乗りの方が間違いなく高いだろう。


 騎士が相手の船に乗り込んでしまえば、勝ちは決まったようなものだけれど、相手もそれがわかっているから、決して安易には近付かずに逃げ回る。

 戦いは当然長引くだろうし、弓や投げ槍、或いは特殊な油を用いて炎を吐く装置や、衝角に沈められてしまう船だって、出るかもしれない。

 アウェルッシュ王国が誇る騎士であっても、船を失い海に投げ出されれば、場合によっては命を失う。

 もちろん最終的にはアウェルッシュ王国が勝利を収めるだろうが、そこに至るまでにかかる時間と犠牲を、今は許容できなかった。


「ねぇ、小さなアルタージェ卿、我らがアウェルッシュ王国は、些か外交が下手過ぎると思わないかい?」

 空から海を見下ろして海賊船を探しながら、平然と言い放つラザレスに、僕は何も言葉を返せなくて、ただ首を横に振る。

 あまりに不敬過ぎて同意はできないが、かといって否定すれば嘘になってしまう。

 実際、アウェルッシュ王国の外交は、決して上手いとは言えなかった。


 例えばの話だが、今回の件だってヴァーグラードとの決着が付くまでは、一時的にロタット諸島連合の言い分を飲むという選択肢もなくはない。

 でもそれを選ばずに、海賊の排除という手段を取るのが、アウェルッシュ王国という国だった。

 或いは、それを選択せざる得ない国と言うべきか。


 もし仮に、アウェルッシュ王国の上層部がロタット諸島連合に妥協した判断を下せば、貴族も民衆もその弱腰を大いに非難するだろう。

 特にこちらに非がある訳ではないのに、ロタット諸島連合の悪辣なやり口に屈するのかと。

 僕だって村で過ごしてた頃ならば、ヴァーグラードとの戦争が控えていると知らなければ、同じようにそれを不満に思った筈である。

 爺様達、騎士を誇りに思うからこそ、余計に。


 アウェルッシュ王国は間違いなく強いからこそ、最も恐れるべきは国内の不和なのだ。

 騎士の刃は外に向けば頼もしいが、内に向かって振るわれるべきものでは決してない。

 故に内部に不満を溜めるくらいなら、外に敵を作った方がずっとマシだろう。

 つまり騎士という戦力を保有し、近隣諸国で最も強い軍事力を誇るからこそ、柔軟な態度を取り難いのが、アウェルッシュ王国の弱点だった。


 だけど幾らそう思っても、普通は口に出しはしない。

 ラザレスの言動は、本当に自由で危うかった。

 いや、恐らくは、そんな言動を許されるだけの価値を、彼は示し続けているのだ。

 そして今の僕に、ラザレスと同じ事は許されない。

 もしそれを望むなら、まずは自分の価値を、功績として積み上げる必要があるだろう。


「ふふ、君は真面目だね。よし、見えた。旗印なしの船がいる。小さなアルタージェ卿、準備はいいかい?」

 先程の言葉には返事はできなかったが、今度の問い掛けには僕はちゃんと是と答える。

 実は……、僕にはまだラザレスの言う海賊船は見えないのだけれど、功績と一緒に闘気法の実力む積み上げないといけないなぁと、心底そう感じる。

 しかしそれも一歩一歩だ。

 まずは目の前の事に集中して、海賊船を制圧しよう。



 海賊船の見張りがこちらを見付けて騒ぎ出す前に、急接近して船の真上を飛んだグリフォンの背から、飛び降りた僕はゴロゴロと甲板を転がってから、立ち上がった。

 今回、僕は少しでも重量を減らす為、鎧は身に着けず、服の上からマントを羽織ってる。

 武器もゴテゴテとは持ち込まず、クルーバッハ大公、もといクルーさんに貰ったグラン鉱の短剣のみ。

 尤も僕の所有する武器の中では、この短剣が一番物騒なのだけれど、今回はこれも抜く気はない。


 何しろ海賊達の殆どは殺さずに制圧して、船を港まで運んで貰わなければならないのだ。

 一人や二人ならともかく、大勢を相手に武器を使うと、加減を誤って殺してしまう可能性が高かった。

 もちろん船を動かせる人数さえ残れば別に構わないのだけれど、実際のところ、どのくらい残せば船が動くのかなんて、僕にはさっぱりわからないし。


 海賊達は未だ状況が掴めていない様子だけれど、不意の闖入者である僕に、武器を向けて十重二十重に囲い込む。

「何だコイツ。餓鬼じゃねえか?」

 そんな言葉も聞こえるけれど、僕は海賊相手に問答をする心算がない。

 声が聞こえた方に踏み込み、地から天へと拳を振り上げる。

 するとその途中に喋ってる最中の顎があったから、海賊は口から血を撒き散らしながら宙を舞い、先程の僕と同じようにゴロゴロと甲板を転がった。

 残念ながら彼は、僕のように立ち上がりはしなかったけれど。


「テメェ、何しやがんだ!」

 何が起きたのか、状況を掴めず戸惑う海賊が多い中、けれどもその中の一人はすぐさま僕に向かって罵声と共に切り掛かる。

 判断が早い。

 切り込みも鋭い。

 恐らく、この船の海賊の中でも特に腕の立つ一人なのだろう。


 しかし当たり前の話だが、切り込みが鋭いといっても闘気法で身体強化を行った騎士を捉えられる程じゃない。

 今の僕は鎧を着ていないから、まともに斬られたら気で衣類を硬化しても、怪我くらいはさせられたかもしれないけれども。


 僕はその切り込みに対して前に踏み込み、刃を回避しながら相手の腕に手を添える。

 そして海賊の腕を強く引き、切り込みの勢いも利用して、相手の身体を一回転させて甲板に叩き付けた。

 これは僕の従者の一人、十座に教わった組み技で、相手を地に叩き付ける際には、やはり彼から学んだ重の気を利用して威力を増してる。

 その結果、海賊の身体は甲板に、木製の床を圧し折りながらも、めり込む。


 ……少しだけ、強く叩き付け過ぎたかもしれないが、多分死んでないから大丈夫。

 それにやり過ぎてたとしても、今は反省してる暇がない。

 轟音と仲間の惨状に、我に返った海賊達が、一斉に刃を向けて襲い掛かって来たから。

 僕は両の拳に硬の気を籠めて、海賊を片っ端から打ち据えていく。

 


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