第32話


 クルーバッハ大公からラダトゥーバ陛下への伝令を終えた僕は、疲労を抜く為に一週間の休みが与えられた。

 騎士団の第三隊では、任務がない時は待機と休日が一日ずつ交互だ。

 しかし長期の任務をこなした後は、隊長の裁量でこうして纏まった休みが貰えたりもする。


 尤も僕は纏まった休日を貰ったところで、何をして過ごしたらいいのかが、実はいまいちわからないのだけれども。

 王都に知り合いがいる訳でもないし、どこかに出掛けるアテがあったりもしない。

 思い付く用事と言えば、部屋の掃除や日課の鍛錬をしたり、愛馬であるアリーの世話をしたり、武器や防具を修繕に出したり、足りなくなった物資の買い物に行く事くらいだ。

 ……もしかして僕は、実は寂しい奴なんじゃないだろうか?


 バロウズ叔父さん、十座、クレアの三人は、お酒を飲んだり、夜遊びをしたり、劇を見に行ったりと思い思いに休日を楽しんでる様子だから、休みの日にまで僕の相手をしてくれとは言えやしない。

 普段から世話になってるのだから、従者達には休日を思いっきり楽しんで欲しいと思ってる。

 僕も彼らのように休日の楽しみを見付けたいとも思うけれど、何をすればいいのかがわからなかった。


 またヴァーグラードとの戦争を考えると、気持ちも休まらなかったけれど、だからといって今の段階では僕がその件に関われる事はないだろう。

 騎士であるとはいっても、僕はまだまだ経験が浅い。

 仮に戦争の準備に騎士の力が必要になる事があるとしても、ハウダート先輩のような経験豊富な騎士に任せた方が、誰だって安心だ。

 僕の役割があるとすれば、人手がそちらに取られた分の、穴埋めのような形だろうか。


 なんというか、己の未熟さを感じてしまう。

 戦争の準備に関われない事がじゃなくて、それに関われるハウダート先輩のような経験豊富な騎士なら、休日の過ごし方なんかに思い悩んだりもしないんだろうなって思えば、どうしても。

 

 まぁ僕が思い悩んだところで、ヴァーグラードとの戦争がどうにかなったり、或いはやるべき何かが湧いてくる訳じゃない。

 取り敢えずはやれる事からやろうかと、町での買い出しを終えてからアリーのいる厩舎に向かえば、バロウズ叔父さんの姿が見えた。

 あぁ、僕の休日は同じく従者の休日だと言っても、アリーの世話を含めた日々の雑務はどうしてもあるのだ。

 だから従者の皆は交代で、僕の休日も雑務をあんな風にこなしてくれている。


 きっとここで話し掛ければ、バロウズ叔父さんは僕の相手もしてくれるだろう。

 でもそれは僕の相手も彼らの日々の雑務に含めてしまう気がして、何となく嫌だった。

 いや、まぁ、僕の相手は紛れもなく従者の雑務であるのだけれど、……どうにもスッキリしない気分だ。


 僕はその場をそっと離れて、第三騎士隊の本部をうろつく。

 どうしてこんな気分になるのか、実は何となくはわかってた。

 これまでも任務の後に、長めの休日を貰った事はある。

 尤もその時はまだ騎士としての生活に慣れてなかったり、バロウズ叔父さんが従者になって十座とクレアを連れて来てくれたり、クレアに気の導きをしたり、クルーバッハ大公、もといクルーさんと会ってグラン鉱の短剣を貰ったりしたから。

 正直に言えば、休みであっても結構忙しかったのだ。

 少なくともこんな風に、時間を持て余すような余裕はなかった。


 それからドワーフの国への使節団で、リーシュナ王子とラーチュア姫と打ち解けて、久しぶりに同年代の誰かと長く過ごして、その楽しさを思い出してしまったのだろう。

 要するに今の僕は、寂しくて少しいじけてる。

 とても皮肉な事に、そうする余裕ができてしまったから。

 村から出て来て忙しい日々を送り、ふと余裕ができた途端に糸が切れたかのように寂しさを感じる。

 あぁ、これはもしかして、ホームシックか。

 こんな姿を爺様に見られたら、拳骨の一発や二発は貰ってしまうんだろうなと、そう思う。

 まぁそれはそれで衝撃でグジグジとした気分なんて吹き飛ばされてしまうから、いっそ今はそれを望むくらいなのだけれども。


 自嘲気味に溜息を吐き、少しでも気分を変えようと空を見上げれば、王都の空を高く、円を描いて何かが飛んでる。

 あれは、初めてこの第三隊の本部を訪れた時にも見かけたグリフォンか。

 ここからでは見えないけれど、グリフォンが飛んでいるのなら、その背には天騎士が乗るのだろう。

 あんな風に空から地を、王都を見下ろすのは、一体どんな気分なのか。


 暫くぼうっとその飛行姿を眺めていると、やがてグリフォンは王都の空から、第三隊の普通の厩舎とは別の、グリフォン専用の特別な厩舎に降りていく。

 そしてその最中、降りてきた事で姿が見えるようになった、グリフォンの背に乗る天騎士と、僕の目が合う。

 いや、偶然目が合ったとかじゃなくて、姿がはっきりと見えるようになる前から、天騎士の目は僕を捉えてた。

 まさか、もしかして、天騎士は空の上を飛んでる時から、僕に見られてると気付いてたのだろうか?


 だとしたら、とんでもない目を持ってる事になる。

 もちろん素でそんな視力をしてるとは考えにくいから、目を強化の気を流しているのだろう。

 グリフォンに乗って空を舞うのは、単に乗騎に運動をさせる為だけでなく、本気で王都を天から見下ろし、見回っているのか。

 長時間の飛行の間、ずっと視力を高いレベルで強化しているなら、それは多くの気の総量を持ち、強化の気のみならず、同時に治の気の扱いにも長けている事になる。


 一体どんな人だろう?

 僕はどうしても気になって、第三隊に所属する三人の上級騎士の一人にして、天騎士である人物の名前を思い出しながら、自然とグリフォンの厩舎へ足を向けていた。




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