四章 天翔ける騎士
第31話
ドワーフの国を出てから二週間程で、僕らはアウェルッシュ王国の王都へと帰ってきた。
そして騎士団の第三隊の隊長、サウスラント・レレンスに手配を頼み、国王陛下に直接、クルーバッハ大公からの手紙を渡す。
手紙に目を通した国王陛下は、使者としての務めを果たした僕に労いの言葉を下さったけれど、その表情は苦い。
ヴァーグラードが魔導帝国時代の施設を保有し、それを用いてミスリル銀の鍍金を行っているという今回の件は、場合によっては戦争にすらなり得る。
尤も、幾らヴァーグラードがミスリル銀の鍍金を施した武器を揃えたとしても、実際の戦争になればアウェルッシュ王国の勝利は揺るぎないだろう。
少なくともアウェルッシュ王国に住む人間なら、誰もがそう考える筈だ。
何故なら、アウェルッシュ王国には、僕の爺様であるドゥヴェルガ・アルタージェが、未だに現役の騎士として存在してるから。
ひとたび命令が下されれば、騎士団の第二隊を中心とした軍勢が、瞬く間にヴァーグラードを陥落させる。
そして恐らく、ヴァーグラードにも未だ、爺様に対する恐怖は色濃く残っている筈なのだ。
こんな風にあからさまに騎士に対抗する為の手段を用意してるヴァーグラードの態度こそが、爺様への恐怖の裏返しのような物だろう。
だったらどうして、国王陛下は今回の件に苦い顔をなさるのか。
それは爺様がヴァーグラードを陥落させて滅ぼせば、周辺国家との関係に大きな影響を与えるからだ。
現在、アウェルッシュ王国にとって近隣の国は五つ。
一つ目は北部のドワーフの国。
二、三、四は西部のヴァーグラード、クロッサリア、ドロイゼ。
五つ目は南の海に浮かぶロタット諸島連合。
東にあるのは大草原で、そちらのに住む獣人の部族は国と呼ぶにはバラバラ過ぎるので、取り敢えず数には含めない。
この中で、現在はドワーフの国と、クロッサリアに関しては良好な関係を築いてる。
しかし仮に、アウェルッシュ王国がヴァーグラードを滅ぼし、その地を併合してしまえばどうなるだろうか。
ドワーフの国の大坑道は、アウェルッシュ王国に続く物以外にも幾つか存在するだろう。
そしてそのうちの一つは、間違いなくヴァーグラードへ続いてる筈だ。
つまりアウェルッシュ王国がヴァーグラードを併合すれば、ドワーフの国はアウェルッシュ王国に対する輸出入の量を増やさざる得ない。
するとドワーフの国から、アウェルッシュ王国に対する食料の依存度は大きく上がる。
これは一面を見れば、アウェルッシュ王国に大きく利のある話だが、ドワーフの国にとっては大きな脅威となる話だった。
扱いを間違えれば、今の良好な関係の裏に、鋭い棘が潜みかねない。
またクロッサリアに関しても同じである。
現在、アウェルッシュ王国とクロッサリアは、互いにとって西と東、国土の一部が接してるに過ぎない。
けれども今のヴァーグラードの国土をアウェルッシュ王国が併合すれば、クロッサリアは国土の多くを膨れ上がった巨大国家と接しなければならないのだ。
今まで通り、対等の友好国として付き合いを続けられるかと言えば、それはやはり難しいだろう。
更に今のヴァーグラードの西向こうには、これまでアウェルッシュ王国とは付き合いの薄かった国々が存在していた。
それらの国々との関係、もちろん今の状況でも仲の良くないドロイゼや、ロタット諸島連合への対応も合わせて考えれば、ヴァーグラードの併合は激動の始まりに過ぎなくなる可能性も皆無ではない。
我らが王は、そんな事態を予想して、苦い顔をされたのだ。
或いはそれこそを望む王も、世界には存在しているのだろう。
自らが覇者たらんと、世が動乱する機会を待ち望む。
そういった王も、きっと時には必要だ。
野心を内に秘めるからこそ、国を富ませて力を蓄える。
すると隣国のその様子に、同じく国を富ませようとやり方を学び、結果として流通が盛んになる事だって、あるかもしれない。
世が乱れ始めれば、そうして準備をしてた王が覇者となり、混乱の時期を早期に終わらせる場合も考えられた。
もちろん単に混乱を広げただけで、別の誰かに討たれる可能性は、決して皆無じゃないのだけれども。
ただアウェルッシュ王国は、前の王であるクルーバッハ大公が、削り取ったヴァーグラードの領地に住む民の慰撫や、近隣諸国との関係構築に苦労していて、現王であるラダトゥーバ陛下もその背中を見て育った。
いや、王座を継いでからも、元々からのアウェルッシュ王国の領地と、新しい領地の温度さ、住民の感覚の違い、それに近隣諸国との関係を保つ難しさを、感じていない筈がないだろう。
何しろ多少歴史を学んだだけの一介の騎士、もっとハッキリと言えば村出身の田舎者である僕ですら、それが大変な事だとくらいは理解ができるのだ。
王たるラダトゥーバ陛下にそれがわからぬ筈がないし、厭わぬ訳がない。
民を見ず、臣を見ず、数字だけを見る王なら、或いは君臨すれども統治すらしない王なら、全てを臣下に任せて、地図上の国が大きくなる事にはしゃげるのかもしれないけれど、我らが戴く王は違う。
アウェルッシュ王国の地で暮らす民の安寧の為、きめ細やかな統治を好まれる御方だ。
併合した土地だって、きっと粗雑には扱えないから。
だからこそ僕達、騎士を含む全ての臣下が、全力でお支えする必要があった。
しかしそれはさておいて、ラダトゥーバ陛下は大きな騒動を好まれないけれど、それでも恐らくヴァーグラードとの戦争にはなると僕は予想する。
流石にミスリル銀の鍍金を施した武器の量産は、露骨にこちらに対する備えであり過ぎる。
それ一つでアウェルッシュ王国の優位が揺らぐような代物ではないにしても、幾許かの差を削る事は確かだ。
また当たり前の話だけれど、これ一つがヴァーグラードの策の全てである筈もなかった。
他にも何か、或いは無数の手段を以て、アウェルッシュ王国との差を詰め、逆転しようとしているだろうし、そのうちの幾つかは、ラダトゥーバ陛下は既に把握してるかもしれない。
騎士としてはまだ新米の僕なんかが知らぬ情報は多く、今回の件もたまたま自分が関わったから知り得ただけだ。
例えばハウダート先輩なら、もっと多くの任務で、ヴァーグラードの企みを知ってるだろう。
あぁ、ハウダート先輩で思い出したけれど、アウェルッシュ王国の貴族の領地の幾つか、特に北部で魔物の増加、動きの活発化が起きてる件だって、怪しいと言えば怪しい。
そうした多くの企みが実を結んで積み重なれば、アウェルッシュ王国とヴァーグラードの差は小さくなる。
するといざ戦争になった時、アウェルッシュ王国が負けるとまでは言わずとも、受ける被害は大きくなるかもしれなかった。
どんなに後始末が面倒であっても、ラダトゥーバ陛下が座してそれを見過ごすとは考え辛い。
国と国との戦争は、今日決めて明日起こるというような事はないけれど、アウェルッシュ王国はその準備に入るだろう。
大義名分を用意し、兵糧を集めて……、色んな準備が必要だ。
その準備が整うのが何時になるのか、それは僕にはわからない。
でも少なくとも、僕の爺様が引退する前には、確実にヴァーグラードとの戦争は起きる。
嵐の予感に、僕は小さく身を震わせた。
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