第30話


 僕は愛馬のアリーに、バロウズ叔父さん、十座、クレアの三人の従者も、それぞれが馬に乗って、ローグトリア辺境伯領の街道を南に向かって走ってた。

 急ぎの使者というと、馬の疲労を無視して大急ぎで次の町を目指し、辿り着けば馬を乗り換えてまた次の町まで酷使する。

 そんなやり方を取る場合もあるらしいけれど、今回はそうじゃない。


 だってそんな事をすれば、どうしたって異様に目立つ。

 新しい馬を町で用意するには、騎士としての立場を使って徴用しなきゃならない。

 流石にそうなるとその地の領主にも連絡が行くし、場合によっては事情を問われる場合もあるだろう。

 火急の用件だとの言葉で切り抜ける事もできるけれど、使節団の護衛に付いてた騎士が大急ぎで王都を目指してる姿というのは、何事かがあったのかと、要らぬ邪推も招くだろう。


 だから今回は馬の疲労を無視し強行軍は行わないし、大きな町への滞在もなるべく避けて、休息は野営か、道中の村を見付けて取る。

 王都に辿り着くのが多少は遅くなるけれど、今の状況ならば数日は誤差の範疇で、それよりも北部の領主を無駄に騒がせる方が問題だ。

 もちろんこれが、正に一時を争う事態だったなら、重視すべきは逆になるけれど、幸い今はまだ平時だった。


 尤もドワーフの国までの行きの道中で、全く乗ってやれなかったアリーは元気が有り余っており、意識して速度を緩めてやらないと、他の馬にとっての強行軍になってしまう。

 僕はアリーを五、六分の力で走らせながら、左後方のクレアに問う。


「クレア、どう? きつくない?」

 騎士は武技と同様に乗馬の腕も重視されるから、僕は馬に乗るのも割と得意だ。

 だが傭兵は、高価な財産でもある馬に乗る機会が、あまり多くはないという。

 叔父は、僕と同じ騎士の家に生まれて育ったから、乗馬は僕以上に上手い。

 十座は、以前の任務で遠出をしたが、やはりそれなりの腕である。


 ただクレアに関しては、馬に乗れはするものの、本格的に乗馬の機会が増えたのは従者になると決まってからで、更にその期間の多くは、自らの気を制御する事に苦心していた。

 駆ける馬に長時間乗り続けるのは、もしかすると厳しいかもしれない。


「いえ、今はまだ大丈夫です」

 でもクレアの返事は、実に強気な物だった。

 決して強がりじゃなく、今のペースで大丈夫だと言っている。

 ならば気にかけておく必要はあるとしても、速度は落とさなくてもいいだろう。


「十座、魔物は?」

 次に、僕は馬を走らせながらも後方を警戒してくれてる十座に問うた。

 先程から、馬に乗って走る僕らを補足した魔物の群れが、ずっとつけて来てる事には僕も気付いてる。

 けれども僕よりも十座の方が、気配の探り方は上手いし、魔物の動き方に関しても詳しい。


「しつこく追っては来ておりますな。数からして魔狼の群れか。しかし今の速度を維持すれば、やがては振り切れましょう」

 十座の返答に僕は少し考える。

 振り切れるなら、振り切ってしまってもいいだろう。

 行きと違って今は護衛の対象も居ないし、僕らも少数で速度が出るから、襲ってくる魔物の全てを打ち倒す必要なんてないし、そんな暇もない。


 でも一つだけ気にしなきゃならないのは、振り切った魔物が別の誰かを襲う可能性だ。

 北部の辺境にも交易をおこなう行商人はいるし、人が暮らす村もあった。

 行商人は護衛の冒険者を雇っているし、村は町には劣るけれど、逆茂木や木の柵、土塁や土壁等の備えをしてる。

 村人の中には、兵士としての訓練を受けた事のある者や、元冒険者だっているだろう。

 ただそれでも魔狼の群れともなると、場合によっては大きな被害が出かねない。


「叔父さん、確かこの辺りって、村があったよね」

 ふと、行きの道中を思い出し、僕は叔父さんに尋ねる。

 使節団が村に立ち寄った訳じゃないけれど、見た地図には、村が記載されてたような記憶があった。

 このまま魔狼の群れを振り切れば、獲物を逃して腹をすかせた連中は、返り討ちの危険を冒してでも、村を狙う事は十分に考えられるだろう。


「あぁ、そうだよ。グランツの村だね。もう少し先にも別の村があるから、わざわざ恩を売る必要はないよ」

 叔父さんは、わざと意地悪を付け足す。

 確かに先に村があるなら、泊れる場所は他にもあるのだし、そのグランツ村に恩を売る必要はない。

 だが僕が魔狼の群れを退治しておこうと考えたのは、そんな目先の利益の為ではなかった。


 騎士ならば、アウェルッシュ王国の民に被害が及ぶような恐れがある事態は、未然に防いで当然だ。

 もちろん僕がどんなに頑張ったって、国から全ての魔物を駆逐するなんて真似は不可能である。

 だから現実的に、手の届く範囲を助けるくらいしかできないのだけれど、今はそうすべき時だろう。

 僕がどう判断するかなんてわかった上で、叔父さんは少しの意地悪をした。

 それは僕に、騎士らしく振る舞わせる為に。


「速度を緩めていって、百を数えたところで馬を止めるよ。クレア、十座、叔父さんは、馬を守って。魔狼の群れは、僕が殲滅するから」

 だったらそれに乗っかろう。

 馬の守り手は絶対に必要だ。

 魔狼の群れの幾匹かは、恐らく馬を狙ってくる。

 でも役割は別に逆でもいい。

 僕が一人で四頭の馬を守りながら、従者達の戦いを眺めていてもいいのだけれど……。


 魔狼の群れを駆逐すると決めたのは僕である。

 だったら労を厭わず、僕が一番動くべきだろう。

 叔父さんのお膳立て通りに、僕の態度を年上の従者達に示す為にも。


 しかし、群れか。

 数が多いというのなら、武器はメイスを使おうか。

 グランツ村かその先の村か、どちらに泊まるにしても、あまり返り血は浴びたくないから。


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