第29話
それから後の事だけれど、全力で闘気法を使った僕は、長い殴り合いの末に『豪腕王』ダルカスを何とかノックアウトはしたものの、身体に受けたダメージは重く、気力も激しく消耗して、三日間は部屋で静養する事になる。
でもこれは、その三日間の間に見舞いに来てくれたリーシュナ王子とラーチュア姫から聞かされたのだけれど、あの闘技場の覇者は、僕と戦った夜の酒宴に参加して、更に翌日にはドワーフの国の王として、クルーバッハ大公と会談を行ったという。
……何というか、もう本当に、色々と信じられない気持ちで一杯だ。
僕に殴り倒されておきながら、その夜には酒宴に参加してるタフさもそうだけれど、闘技場の覇者が実はこの国の王でもあったなんて、本当にどうにかしてる話である。
何でも、あの豪腕王って二つ名は闘技場だけで使われてるものじゃなくて、ダルカスの王としての異名らしい。
王でありながら、国で最強の戦士であり、また闘技場の覇者でもある。
そんな冗談みたいなドワーフが、あの豪腕王のダルカスだった。
うん、知らなくて正解だったと、そう思う。
もし仮にダルカスがドワーフの国の王だと知ってたら、幾ら挑発されても本気で殴り倒す事はできなかっただろうし。
ダルカスは夜の酒宴で、僕を盛大に褒め称えてくれていたそうだけれど、それもあまり嬉しくはない。
だって彼に気に入られるという事は、また再び、闘技場での戦いを申し込まれてしまう可能性を意味するから。
まぁ、それも考えないようにしよう。
ドワーフの国に来る任務なんて、滅多にある訳じゃないのだし、今からそれを思い悩んだところで、何の意味もない筈だ。
なのでその辺りはさておいて、僕が部屋で静養してる三日間、使節団はドワーフの国での外交活動に励み、来訪の目的は果たされた。
つまりミスリル銀の鍍金を施した短剣の情報を、ドワーフの国から聞き出せたのだ。
ミスリル銀の加工に関しては、確かにドワーフの独占技術である。
けれどもそれは、今、現在の話で、過去にはそうではなかったという。
即ち、古の魔導帝国時代には、魔術師達がミスリル銀を加工する技術を持っていたと、ドワーフ達はそう言ったらしい。
以前にも説明した通り、ミスリル銀は気や魔力を通さない、不可侵の銀とも呼ばれる代物だ。
つまりは魔術師にとって、最も恐れるべき金属である。
だから彼らは、当然のようにその研究を怠らず、それを加工する技術も持っていた。
何しろ自分を殺せる金属は、他のライバルの魔術師を殺せる金属でもあるのだから。
故に古の魔導帝国時代の遺跡からは、ミスリル銀を加工する施設が見つかる事が、本当に稀だがあるという。
長い年月で機能を損なった物が殆どだが、魔術に詳しい者がいれば、鍍金を施すくらいに稼働させるのは、決して不可能じゃないらしい。
ドワーフの持つ技術とは違う方法で加工されたミスリル銀は、ドワーフからすれば一目で見分けが付くそうで、その結論に間違いはないと断言したそうだ。
魔力を通さないミスリル銀を加工するのに、魔導帝国の施設が用いられるというのは、僕からすると何とも座りの悪い、奇妙な話だけれど、ドワーフに嘘をつく理由はなく、クルーバッハ大公はそれを真実だと判断する。
まぁ、ドワーフが嘘をつかなさそうだというのは、その王と殴り合いをする羽目になった僕もそう思えた。
仮にあの鍍金がドワーフの手によるものだったなら、彼らはきっと悪びれもせずに、胸を張ってそう言うだろう。
いや、あの短剣の出来だと、それにドワーフが関わっているなら激怒するかもしれない。
さて、ドワーフの国に来た目的を果たしたが、聞きたい話が聞けたからといって、ならばさっさと帰還しようかとはいかないのが、国の使節団の難しいところだ。
あまり短期間で帰ろうとすれば、もてなす側であるドワーフの国の面子を潰してしまう。
また大きな権限を持つクルーバッハ大公程の人物が来たならばと、進めたい交渉は山のようにあって当然だった。
実際に使節団がどの程度の期間をドワーフの国に滞在するのかはわからないが、一週間や二週間では済まないだろうというのは、僕にだって想像が付く。
しかしそれでも、得た情報はなるべく早くにアウェルッシュ王国へと持ち帰り、その魔導帝国の施設を得たのであろうヴァーグラードに対策を講じなければならない。
幸い、施設の稼働にはそれなりの労力が必要で、矢の一つ一つにまでミスリル銀の鍍金が施されるような事はないとの話だったけれど、それでも時間が経てば経つだけ、ミスリル銀の鍍金を施された武器は増える。
ならば使節団の護衛の中から本国へと伝令を出すべきなのだろうけれど、危険も多い北部の辺境を通って、何があっても確実に、素早く情報を届けようとするならば、やはり騎士が一番だった。
「静養を終えたばかりの君に頼むのは、非常に心苦しくはあるんじゃが……」
本当に、心底申し訳なさそうな顔をしてそういうクルーバッハ大公、いや、今はこの部屋には他に人がいないから、クルーさんと呼ぶけれど、その言葉に僕は首を横に振る。
確かに、本国への伝令は、僕が一番適任だろう。
もう今回の護衛任務では何度も述べたが、王族の護衛は上級騎士の役割で、偉い人の相手は第一隊、辺境や国外での活動は第二隊が慣れていた。
第三隊の騎士である僕は予備、或いは何かがあった時の補佐の為に同行している。
つまり本国への伝令は、どう考えても僕の役割だ。
また、どうやらドワーフの王であるダルカスに気に入られたらしい僕がこの国に留まってると、次は何の催しに誘われるかわかったものじゃない。
逃げられる理由ができたなら、さっさと逃げるのが吉であった。
「いえ、寧ろゆっくりと休めたので、丁度身体が動かしたところです。もちろん、ドワーフとの殴り合いはもうお腹いっぱいですけど」
だから僕は、爺様の友であるクルーさんにそう言い、本国への伝令を引き受ける。
もちろん、興味深いドワーフの国を色々と見て回りたかったって気持ちはあるし、打ち解けたリーシュナ王子とラーチュア姫とは、折角だしもっと話したかったと思う。
特に二人とは、帰り道でも沢山話せると思ってたから。
だがそれも止む得まい。
リーシュナ王子とラーチュア姫が王族であるように、僕は国に仕える騎士である。
お互いに、お互いの立場があるのだ。
「あぁ、孫らには、恨み事を言われてしまうじゃろうがの……」
苦笑いを浮かべたクルーさんに、僕も笑う。
それに関しては、僕にはどうしようもない話である。
ただ、うん、やっぱり少し、後ろ髪を引かれる思いはあった。
「また、いずれ機会があればとお伝えください」
僕は、まだ先の話だろうけれど、上級騎士にだってなる心算だし、そうなればまた会える可能性も皆無じゃない。
縁があるなら、機会はやがて巡って来る。
その言葉に、クルーさんは嬉しそうに頷いてから、本国への手紙を書き始めた。
正式な任務の命令は、その手紙と共に下されるだろう。
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