第28話
大勢の観客に囲まれた闘技場に、僕は立っている。
観客は、……千人以上はいるだろう。
ちょっと多過ぎて数えられないから、もしかしたら二千人かもしれないし、三千人かもしれないけれど。
まぁそれはいいのだけれど、ドワーフの拳闘のスタイルとかで、上半身を裸にされているから、大勢にみられるとなんだか少し気恥しい。
そして今、この辺りの人間の国々で話される言語と、もう一つ何か聞き取れない言葉で、どうやら僕の紹介をされていた。
恐らくだけれど、聞き取れないもう一つの言葉はドワーフの言語なのだと思う。
わざわざ二種類の言葉で紹介をする理由は、観客の中にはアウェルッシュ王国からの使節団の面々も混じってるから、多分そちらにもわかり易いように。
そう考えると、ドワーフもアウェルッシュ王国に対しては、かなり気を遣ってるのだろう。
その気遣いがこんな催しをしない方に向けば、もっと良かったのだけれども。
観客のドワーフ達の盛り上がりを見ると、それは無理そうだなぁと、何だか溜息を吐きそうになる。
どうやら紹介では、僕が爺様の孫だという事が言われてるらしい。
ヒートアップするドワーフ達に、爺様は一体どんな暴れ方をしたのだろうかと、少しばかり気になった。
しかしそこで僕の対戦相手が登場だ。
その対戦相手が姿を見せただけで、ドワーフ達はより一層に騒ぎ立てる。
きっと有名な選手なのだろう。
ドワーフ達の歓声にかき消されてしまいそうな人間向けの紹介を何とか聞き取れば、『豪腕王ダルカス』という選手のようだ。
王、なんて言葉が含まれる二つ名を冠する事から察するに、……拳闘の覇者だろうか。
よく観察すれば、物凄い肉体をしてる。
もちろんドワーフだから、身の丈に関しては人間の大人程じゃない。
尤も僕もまだ成長の最中にあるから、お互いに大して変わらないけれど。
ただ肉体の分厚さは、圧倒的に向こうが上だ。
更に身に纏ったその隆々とした筋肉は徹底的に練り上げてあって、戦う為に厳選して、無駄が削ぎ落された肉体なのだと一目でわかる。
いや、正しくはわからされる。
実に困った。
何が困ったって、どの程度に加減していいのかがさっぱりわからない。
常人では殴り合えないと言われてる以上、闘気法の使用は必須になるだろう。
だがそれでも、魔物でもない生身の相手に全力で気を叩き込むなんて真似はできないし、しちゃいけないと闘気法を学ぶ際に叩き込まれてる。
闘気法は、安易に人の命を奪い得る戦いの技だから。
故に加減が肝心なのだが、目の前の相手がどの程度の耐久力を持っているのか、ドワーフを目にするのは今回の任務が初めてな僕には、全く掴めないのだ。
しかし、
「なぁ、坊主。お前、今、どのくらい加減しようかって悩んでるだろ」
僕対戦相手、豪腕王のダルカスは、まるでこちらの考えを読み取ったかのような言葉を口にする。
少しばかり、呆れた口調で。
そしてそれに驚いた瞬間には、彼は既に大きく間合いに踏み込んでいて、
「それはこれを喰らって考えろ」
僕の腹に、その拳を叩き込む。
ドォン!と、まるで大きな岩が高所から落下したかのような重い音を立てて、僕の身体は大きく後ろに弾き飛ばされた。
咄嗟に硬の気を腹部に集めて防いだにも拘わらず、突き抜けてきた衝撃に内臓がかき回されて、こみ上げて来る吐き気。
俄かには信じ難い、重いダメージ。
しかもそれは、同じ闘気法による衝の気で受けた物じゃなくて、単純に肉体の性能によって生み出された、圧倒的な打撃力によってなされたのだ。
いや、いやいやいや、化け物か。
確かに凄い筋肉をしてるけれど、それでもそのサイズの身体から生み出されるパワーじゃない。
もしかしなくても、中級くらいの魔物なら、あの拳は殴り殺せるんじゃないだろうか。
僕は必死に治の気でダメージを抜きながら、何とか態勢を立て直す。
幸いなのは、僕はこのところ経験を積んで、特にクレアを気の目覚めに導いた事で、治の気の扱いが以前よりも上手くなってる。
このくらいのダメージならば、抜くのに然程の時間は掛からない。
尤もそれは、相手がそれをのんびりと待ってくれればの話だけれど。
「騎士って奴はよ。最初はいっつもそれだな」
身体を小刻みに揺らして、スルスルと間合いを詰めたダルカスが、身体をブラさずに素早く左の拳を打ち込んで来る。
一度じゃなく、何度も何度も。
僕はもう遠慮を捨てて、硬の気で腕を覆い、強化の気を使って相手の動きに追い付いて、どうにかそれを防ぐ。
相手の拳は、軽く連打してるように見えるのに、やっぱり重い。
「お前らは確かに強いけど、別に無敵で無敗って訳じゃねぇだろ。なのにどっかで相手を見下して掛かってるんだよ」
ドンドンと、左の連打でリズムを取ってから、真っ直ぐに飛んでくる右の拳。
絶対に喰らっちゃいけないその右拳を、僕は両腕で防いで、再び大きく後ろに弾き飛ばされた。
決して狭い訳ではない闘技場の壁が、もう真後ろにある。
これ以上は下がれない。
「その点、お前の爺さんは凄かったぞ。何せ一切の遠慮なしに、向かい合った闘士を、オレも含めて全員一発でのしやがったからな。……しっかし、その孫がこれとは、人間の血は薄まるのが随分と早ぇんだな」
するとダルカスはそれ以上は追撃せずに、腰に手を当て、呆れた風にそう言ってため息を吐く。
あぁ、それは本当に、わかり易い挑発で、年長者からの教えだった。
相手は僕が全力を出せるように、実力を見せつけた上で待ってくれてる。
僕はそれを、見下して掛かられてるとは思わない。
これこそが、闘技場の覇者の風格なのだろう。
ただ一つだけ、訂正しておかなきゃいけない事はある。
爺様の事は、いい。
言われても仕方のない無様を晒したし、そもそも爺様と比較して何かを言われるのには、もう慣れっこだ。
その言葉を否定し、見返すだけの実力が足りてない事は、僕が一番知っていた。
だから、それは別に、今は良いのだ。
しかし一つだけ、これだけは譲ってはならない。
「ねぇ、ダルカスさん。ご教授に感謝します。でも、一つだけ訂正させてください。アウェルッシュ王国の騎士は、国の為に戦う時は、無敵で無敗です。ここからは、もう無様は晒しません」
そう、僕は今、アウェルッシュ王国の使節団を代表する騎士として、この闘技場に立っていた。
だったら僕は、どんなに否定されたとしても、無敵で無敗の騎士でなくちゃならないのだ。
門を全開にし、溢れ出した気を練り上げる。
「はっ、そっちかよ。クソまじめな坊主め。いいだろう。だったらその無敵で無敗を、オレに見せてみな!」
言葉と共に繰り出される拳を、僕はその下に潜り込むように踏み込んで避けて、逆に叩き込んだ拳が生む衝撃を、得意とする衝の気で巨大に膨らませ、全てを相手の体内に流し込む。
今回、大きく後ろに弾き飛ばされるのは、僕ではなくダルカスだ。
相手への遠慮は、偉大な闘技場の覇者への敬意に変わった。
もう欠片も遠慮は残ってない。
僕は、僕の持てる全ての力を使って、覇者を乗り越え、アウェルッシュ王国の騎士の武を示す。
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