第27話
ドワーフの国は、アウェルッシュ王国の北の山脈内にある小国である。
僕は教養でそう学んだし、きっとそれは間違いのない事実なのだろう。
そしてドワーフの国が小国であると言い切る根拠は、その人口が国としては数少ないからに他ならない。
けれどもだ。
ドワーフの国にある町は、この地下都市唯一つだという。
つまりはドワーフの国の全人口が、この地下都市に住んでいる。
するとどうだろう。
国と国ではなく、都市と都市を比較するのなら、ドワーフ達が住むこの地下都市は、アウェルッシュ王国の王都よりも人口が多い大都市だった。
当然ながら、その都市が持つ生産力は田舎者の僕の想像を絶する。
ましてや、この都市に住まう人々は、人間ではなく、高い鍛冶の技術を持ったドワーフ達なのだ。
いや、きっとドワーフが高い技術を持っているのは、鍛冶だけじゃないのだろう。
地の中にある空間に作られた、石造りの町並みは、……まるで別の世界のようだった。
あぁ、もちろんこれは、別にドワーフの国がアウェルッシュ王国よりも優れてるとか、素晴らしいとか、そんな事を言ってるんじゃない。
多分、ドワーフの国は、抱えてる問題も数多い筈。
だって普通に考えて、これだけの大都市を維持しようと思ったら、周囲に広い農耕地帯を必要とする。
しかしそれらが一切ないこの国は、何らかの手段で食料を生産していたとしても、不足分は輸入に頼らざる得ない。
食料の他国への依存は、国を守る上ではかなり大きな問題だ。
察するにあの大坑道は ローグトリア辺境伯領方面以外にも幾つかあって、他の国とも大きく交易をしているのだろう。
そうでなければ、ドワーフの国は食料の輸出を盾にアウェルッシュ王国に間接的に支配される、属国となってしまうから。
うぅん、でもこれは、人間の僕が頭で考えた理屈でしかない。
もしかするとドワーフは、国民の殆どがいざとなれば魔物を殴り殺して、その肉を口にして飢えをしのげるような、とても強い種族なのかもしれないし。
まぁ少し、考えが明後日の方向にいってしまったけれど、それくらいにドワーフの地下都市の姿は、僕にとって衝撃だった。
大坑道からずっと、衝撃ばかり受けてる気も、しなくもないが。
さて、ドワーフの国に辿り着いた僕らは、五百人の兵士達を除いて、王族、外交官、騎士とその従者の全てが、彼らの王宮に招かれた。
そういえば外交官の話をしていなかったが、彼らの役割は交渉を行う王族の補佐、という事になっているけれど、実際に今回の使節団のルートを決めたり、道中の貴族とこまごまとした打ち合わせをしたり、ドワーフの国での話し合いを行うのは彼らだ。
寧ろ正しくは、王族が外交官を後ろ盾として補佐してると称した方が事実には近い。
正直、分野が違うので彼らの働きに関してはさっぱりわからないのだけれども、きっと優秀な人達なのだろう。
ただ今回、いや、或いは毎回そうなのかもしれないけれど、ドワーフの国を訪れている外交官達は、実は皆がある特徴を持って選ばれている。
なんでもそれは、とても酒に強い事。
というのもドワーフとの外交には、酒宴と拳闘が付き物らしい。
僕はお酒に関しては全くわからない世界なのだけれど、ドワーフが大酒飲みである事くらいは知っている。
そんなドワーフ達と外交を、話し合いをするならば、どうしたって酒が飲めなければ話にならない。
彼らの信頼を得る為には、まずは酒を酌み交わす必要がある。
更にその際、最初の一杯で潰れてしまうようなら、ドワーフ達からは子供と見做され、国との交渉事になんてとてもじゃないが加えて貰えないという。
もちろん一杯と言っても、ドワーフが蒸留したとても酒精の強い酒だから、常人では飲み干す事も難しい代物だ。
故にドワーフの国への外交官は、酒精への強さに自信がある者が選ばれるのだとか。
この話を最初に聞いた時は、正直に言えば少し呆れてしまったけれど、異なる種族と付き合うというのは、違う価値観を受け入れる事らしい。
自分達とは違う相手の価値観を知り、全てではなくとも認められる部分を認め、受け入れる。
認められる部分が大きければ、付き合いは深くなるだろう。
だが認められる部分が少なければ、たとえその付き合いにどんなに利があったとしても、お互いの関係は浅くなってしまう。
これは傭兵として各地を回ったバロウズ叔父さんが教えてくれたのだけれど、ドワーフは異種族の中でも特に付き合い易い部類になるそうだ。
しかしそれはさておいて、一つ問題が発生する。
酒宴に関しては外交官達の役割だが、もう一つ、ドワーフとの拳闘に関しては、騎士が担当するらしい。
人間とは異なる種族であるドワーフとの殴り合いも、常人ではとてもじゃないが不可能だからと。
ドワーフといえば鍛冶と酒だが、タフで力持ちな彼らは同時に強さも貴ぶ。
そしてそんな彼らの楽しみの一つに、闘技場での武器や防具を用いぬ殴り合い、拳闘の観戦があるのだとか。
拳を壊さぬように革の手袋を着用し、相手の上半身のみを拳で、正面から殴り合う。
つまりルールに則って、豪腕とタフさを競う争いだった。
ドワーフの間では拳闘の強者は、腕のいい鍛冶師と同等の尊敬を集めるそうだ。
アウェルッシュ王国が、ドワーフの国と対等、或いは上位の関係を築き維持をしていくならば、その力を示さなきゃならない。
だから使節団に同行した騎士は、ドワーフの民が大勢見守る闘技場で、拳闘の強者と試合をする必要があるという。
まぁそこまでは別にいいのだけれど、問題はここからである。
当初、ドワーフとの拳闘は、国外に遠征する事もある第二隊の騎士が担当する予定だった。
にも拘らず、ドワーフの側から、よりにもよって僕に対しての指名が入ったのだ。
というのも、随分と前の話になるけれど、ドワーフの国での拳闘で、とある騎士が大暴れをしたらしい。
もちろんその騎士というのは、僕の爺様であるドゥヴェルガ・アルタージェで、当時のドワーフの拳闘のチャンピョンを含めて、十人以上を殴り倒したという。
更にその後、飲み比べでドワーフ達と渡り合い、あの爺様は、ドワーフの国では語り草になってるそうだ。
その孫が、それも騎士として訪れたのなら、折角だから代表として拳闘か、或いは酒宴に出て欲しいというのが、ドワーフの国からの要求だった。
僕はお酒は、年齢的な事もあって殆ど口にした経験がないから、……そうなると拳闘の代表としての指名は、断れよう筈もない。
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