第26話
ローグトリア辺境伯領からドワーフの国へと続く大坑道は、ちょっと僕の常識を根底から覆す代物だった。
馬車が通れるとは聞いていたが、それどころか二台の馬車が余裕をもってすれ違う事もできるくらいに広いのだ。
更に道が、足場が町中のように石畳でずっと舗装されてるなんて、贅沢にも程がある。
それから大坑道内でも風の流れがあるのは、通風孔が設けられてるのだと思う。
だとしたら雨が降ったら水が入って来そうなものだけれど、きっと何らかの対処はしてあるのだろう。
正直、少し広い単なる洞窟のような物を想像してだけに、大坑道の立派さには言葉も出ない。
まぁ、田舎の村で生まれ育った僕の常識が貧弱なのもあるだろうけれど、でも流石にこれは、多分きっと誰だって驚く。
そして大坑道の壁面には、一定間隔で灯りのランタンが並ぶ。
油が燃える灯りは陽光に比べれば頼りないが、それでも地下である事を考えれば十分だった。
流石に、これはドワーフの国がアウェルッシュ王国からの使節団を歓迎する為、安全に到達して貰う為に、今日は特別に設置してるに違いない。
いや、そうでなければ、長い大坑道を一定間隔で明るくし続けるなんて、どう考えたって物凄く油の無駄だし。
多分、きっとその筈だ。
少し興奮気味に馬車の窓から外を覗く僕を、リーシュナ王子とラーチュア姫が楽しそうに見てる。
実に不思議だ。
こんな光景、見れば誰だってびっくりするし、興奮だってして当たり前なのに、どうして二人は平然としていられるのだろう。
以前にも、ここを通った事があるのだろうか?
だとしたら納得はするのだけれど、そんな話は聞いていない。
それとも、王族に生まれれば、このくらいは見慣れてるのか。
「何だか、この旅で初めて、君の素の表情を見られた気がするよ」
昨日までよりも更に親し気に、後、少し嬉しそうに、リーシュナ王子がそんな言葉を口にする。
ちょっと不本意だ。
「えぇ、とてもお可愛らしいです。私達との会話でなく、この坑道を見てそうなられたのが、少しだけ悔しいですけれど」
更にリーシュナ王子に続いてラーチュア姫がくすくすと口元を隠して、上品に笑った。
とっても不本意だ。
「いや、でも凄くないですか? こんなの、どれだけの人手があれば掘れるのか、僕には想像も付かないですよ」
だから僕も、昨日までよりも少し親し気に、臣下としての態度を崩して言葉を発した。
馬車の外を行く誰かに聞かれると、後で絶対に叱られるから、声を小さくして。
すると二人は、僕の言葉か、その態度にも顔を見合わせて笑う。
それはもう、本当に嬉しそうに。
これはどうにも、とても困る。
爺様が、前王であるクルーバッハ大公、いや、クルーさんを主として支えたのも、こんな気持ちだったのだろうか。
でも残念ながら、僕はこの二人にばかり入れ込んでしまう訳にはいかないのだ。
何故なら僕は騎士であり、国に忠節を捧げなきゃならなかった。
王になる訳ではないリーシュナ王子とラーチュア姫を、国よりも上に置く訳にはいかない。
爺様とクルーさんのように振る舞うには、僕には、それから二人にも、足りない物が多過ぎた。
ただ、そういった理屈を取り払った僕の気持ちは、リーシュナ王子にも、ラーチュア姫にも、そりゃあ好意を抱いてる。
これだけ歩み寄ってくれる同い年の、理知的で、秘めた強さも感じさせて、綺麗であり、可愛らしくもある二人に対して、好意を持つなという方が難しい。
それに同い年の友達って、村で過ごしてた頃はともかく、今の環境じゃ望めやしないものだし。
後、これはリーシュナ王子はともかく、ラーチュア姫には失礼なのかもしれないけれど、二人はちょっとクルーさんに似てるし。
いや、顔じゃなくて、気安く接したくなる雰囲気が。
顔に関しては、リーシュナ王子とラーチュア姫の方が……、なんて風に思うのは流石に不敬かもしれない。
……まぁ、うん。
深く考える事はやめよう。
第一隊でもなく、上級騎士でもない僕が、王族に関わる機会なんてそうあるものじゃない。
今回はクルーさんの計らい、またはリーシュナ王子とラーチュア姫の希望もあってこうなったけれど、毎回こんな風に特別扱いが通る筈もないのだ。
リーシュナ王子もラーチュア姫も、場合によっては別の国の王族や貴族と、婚姻の為に国を出る事もありえる。
いや、正妃の子である二人は、王となる兄、第一王子の統治を助ける為、国内の貴族と結婚する可能性の方が高くはあるのだろうけれども。
それでもこの任務が終わったら、二度と顔を合わせない事だって、決してないとはいえなかった。
ならば無意味に頭を巡らせても仕方ない。
仲良くして欲しいと言われ、僕もそうしたいと思ったのなら、今は仲良くすればいいだろう。
難しい事は、いずれ僕が上級騎士になり、再びリーシュナ王子やラーチュア姫と顔を合わせる機会があれば、その時にまた考えればいいのだ。
今の僕にはどうにもできない事ならば、先の僕に任せてしまえ。
そんな風に割り切って、気安く打ち解けて話に花を咲かせれば、楽しい時間はあっという間に過ぎて、馬車はドワーフの国へと辿り着く。
人間とは異なる人族の一つ、ドワーフ達が住まう大きな地底都市へと。
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