第25話
ローグトリア辺境伯領に入った使節団は、それは盛大な歓迎を受けた。
といっても前にも述べた通り、貴族の対応は騎士団でも第一隊の役割で、町で王族の護衛に張り付くのは上級騎士達だ。
また辺境の守護も担当してる第二隊は、当然ながら辺境伯との繋がりは深い。
だからここでも僕はリーシュナ王子とラーチュア姫、二人の相手から解放されて、自由な時間を過ごしてる。
……と、表向きはそういう事になるようにクルーバッハ大公、クルーさんがしてくれていた。
でも実は、僕は今、叔父や十座、クレアの手助けを受けて割り当てられた宿舎を抜け出し、顔や髪を汚して、くたびれた格好に着替えて、そう、久しぶりに冒険者のセイルズに化けている。
そして冒険者のセイルズは、仲間と合流する為に、彼らが待つ酒場に向かう。
つまりは、ハウダート先輩と落ち合う為だった。
尤もこの町にハウダート先輩が来ている事を知っているのは、僕の他にはクルーさんのみだ。
今回の任務は騎士団の第一隊、第二隊、第三隊がともに上級騎士を一名、騎士を一名参加させると決まっていて、ハウダート先輩はその数の外である。
あまり誇れた話じゃないけれど、騎士も隊が違えば活動する領分が違って、思惑も違う。
縄張り争いをしているとまでは言わないけれど、己の領分を侵されれば反目する事も皆無じゃない。
それぞれの隊がアウェルッシュ王国を守る為に真剣だからこそ、起きてしまう反目だけれど。
故に、もしもハウダート先輩がこのローグトリア辺境伯領に来ている事を知られれば、特に第一隊辺りからは強く追及を受けるだろう。
なので僕も、従者達にはどこで何をする為に宿を抜け出したのかは教えていない。
今回の任務では僕の直接の上司になる、第三隊の上級騎士であるマリル・エマードですら、この事は少しも知らないのだ。
ではそこまで秘密にして、また危険を冒してでもここにハウダート先輩がいる理由とは、それはもちろんローグトリア辺境伯がクルーバッハ大公、或いはリーシュナ王子とラーチュア姫に害意を持っていないかを調べる為である。
任務の話が決まってすぐに、ハウダート先輩は第三隊の隊長、サウスラント・レレンスに指令を受けて密かに王都を出立した。
使節団がどんなルートを通ってもと、最終的にはこのローグトリア辺境伯領に立ち寄るのは確実だから、ローグトリア辺境伯だけを調べる為に。
何しろ仮に害意を持った貴族が居たとしても、上級騎士に護衛される王族を傷付けられる可能性があるのなんて、道中ではローグトリア辺境伯くらいだろうから。
相変わらず、ハウダート先輩は諜報員みたいな仕事をしてるなぁと、感心してしまう。
もちろん、当たり前の話だけれど、ローグトリア辺境伯には王族に対する害意なんてない可能性の方がずっと高い。
そもそも幾ら辺境伯であっても、アウェルッシュ王国に反逆するには、相当の覚悟が必要だろうし。
ただ今のローグトリア辺境伯家の当主は、モンドセレア侯爵家から正妻を迎えており、……このモンドセレア侯爵家こそが、現王であるラダトゥーバ陛下の第一側妃、シェイテ妃の生家であった。
要するにローグトリア辺境伯の奥さんは、シェイテ妃の妹にあたる。
当然ながら次の王は、シェイテ妃の子である第二王子や、第五王子になって貰った方が、ローグトリア辺境伯としては利があるだろう。
なので念の為、僅かでも厄介な騒動の芽があれば事前に摘む為、ハウダート先輩はローグトリア辺境伯を調べていたのだ。
だけどその成果は、
「今のところはシロだ。俺が調べた限り、過剰に兵を動かす準備もしてなきゃ、魔術師やら何やら、騎士に対抗できる戦力を迎え入れたって話もない。モンドセレア侯爵家との連絡も取り合ってないな。仮に胸に野心を秘めてたとしても、動くのは今じゃないだろう。大公殿下にはそうお伝えしてくれ」
酒場の二階、宿代わりにも使われる個室で、ハウダート先輩はそう断言する。
ローグトリア辺境伯は兵士を動かしはしたけれど、それは魔物を駆逐して使節団の安全性を高める為だった。
領土が広く、近頃は特に北部での魔物の活動が活発な為、それなりの数の兵士は動いている様子だけれど、その動かし方には使節団に疑いを持たれぬようにする配慮が透けて見えるとハウダート先輩は言う。
また特殊な毒を仕入れたり、騎士の隙を突いて王族を狙える魔術師や暗殺者を招いた様子もないそうだ。
つまりはハウダート先輩と落ち合った成果は、当たり前の事を確認するだけに終わった。
まぁ僕に関しては、情報を受け取る為に宿舎を抜け出して来ただけなのだけれど、先行してそれなりの時間をローグトリア辺境伯領の調査に費やしたハウダート先輩は、それこそ完全な無駄足だ。
流石に気落ちしてるだろうと、労いとも慰めともつかぬ言葉を口にしようとすると、しかし彼は首を横に振る。
「いや、こういう任務は空振りの方が良いんだよ。何もないのが一番だ。護衛の任務だってそうだろ。何もなくて護衛が仕事にならなければ、護られてる相手が怖い思いをしなくて済む」
ハウダート先輩はそう言って笑って、下の酒場で用意して貰った骨付きの鳥肉に、ガブリと齧り付く。
その姿はまるで粗野な冒険者そのものだけれど、しかし語る言葉は時にトラブルをも飯の種とする冒険者からは程遠い。
彼はどんな姿をしていても尊敬すべき、僕が目指すべき立派な騎士の先輩だ。
「俺達の任務は達成感を得る為の物じゃない。そりゃあ魔物を倒すとか、敵将を討つとか、わかり易いのもあるけどな。大切なのは俺達の栄誉や満足感じゃなくて、この国に災禍がない事だよ」
本当に、確かにその通りである。
もちろん今回は動かなかっただけで、ローグトリア辺境伯が今後は何かを目論む可能性は皆無じゃない。
シェイテ妃との繋がりは、どうしたってそれを疑う要素にはなり得てしまう。
ただそれでも、ローグトリア辺境伯が北部を安定させれば、その分だけアウェルッシュ王国は栄えるのだ。
実際、僕の故郷であるアルタージェ村も、西の端っこではあるけれど随分と北にあるから、ローグトリア辺境伯が北部を安定させている恩恵を受けている。
……あぁ、もしかして情報を調べたハウダート先輩が、クルーバッハ大公に直接ではなく、僕を介してやり取りするのは、わかり易く騎士の動きを匂わせて、ローグトリア辺境伯を牽制、もしくは警告する為なのかもしれない。
疑わしきを罰するのでなく、疑いを疑いのままに終わらせ、何もさせない、する気を起こさせないのが僕達の、騎士の仕事であるのだろう。
全ては我らがアウェルッシュ王国の為に。
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