第24話


 北を目指す旅は続いてる。

 領主である貴族に会う為に大回りをしたり、歓待を受ける為に移動しない日もあるけれど、一行が王都を出発してから一ヶ月半。

 漸くアウェルッシュ王国の北部でも辺境と呼ばれる地域に、使節団は入ろうとしていた。

 尤も辺境と言っても、この辺りは北部で最も大きなローグトリア辺境伯領に向かう道中なので、王都周辺と比べても然程見劣りしない程度に町も栄えてる。

 但し王都周辺と明確に違うのは、出現する魔物が強く多い為、どの町も魔物に対する備えが充実している事だろう。

 もっと別の言い方をすれば、どの町も物々しいのだ。

 因みに僕の出身地、爺様の領地であるアルタージェ村は、北部でも西の端っこなのでこの辺りとは比べ物にならない田舎であるが、物々しさは変わらない。


 あぁ、そう言えば単なる伯爵と辺境伯は名前は似てるが、領地の広さや持つ力は大分と異なる。

 辺境伯は、どちらかと言えば侯爵に近い貴族だった。

 あぁ、この際なので貴族に関して色々と説明するとしよう。


 まず男爵は、一つから五つ程の村を領地とする貴族で、場合によっては町を所有している事も稀にだが皆無ではない。

 補足すると、村は人口が三千人以下の集落で、町は三千人以上が暮らす集落を意味する。

 尤も人口が三千人間近の村なんて物は中々存在せず、人口が千人以上居れば村としては大規模だろう。

 逆に町の人口は万を超える人が暮らす場所も決して珍しくはない。


 次に子爵は、伯爵の補佐として一つの町の代官を務める貴族だが、代官ではなく伯爵の参謀や側近を務めている場合もある。

 子爵は爵位の上では男爵よりも上位とされるが、自前の領地を持たない為、その権限は男爵に比べて少ない。


 その次は伯爵で、ここからが宮廷にも影響力を持つ力ある貴族だ。

 伯爵は一つから三つの町と、その周辺の村々を領地として所有する。

 また周辺に暮らす貴族、男爵や子爵の揉め事を仲裁したり、時に支援も行う伯爵は、王国の中に小さな国家を築いてると言って良い程の権限を持っていた。


 では漸く辺境伯の説明をしよう。

 辺境伯は、辺境に領地を持つ貴族の代表だ。

 東部、南部、西部、北部にそれぞれ一つずつ、アウェルッシュ王国内に四つの辺境伯の枠がある。

 辺境伯は五つ以上の町とその周辺の村々を所有し、辺境全体に大きな影響力を持つ。

 具体的に言うと、有事の際には辺境に領地を持つ他の貴族から兵を集め、軍を起こす権限を保有するのだ。


 ここで言う所の有事とは、西部ならば他国からの侵略、北部なら大規模な魔物の発生等だった。

 どちらに対しても騎士団第二隊も動くが、一騎当千であっても数が少ない騎士だけでは手が足りぬ場合もあるだろう。

 そんな時に辺境伯が軍を起こす事で、王都からの援軍が到着するまで危機を食い止めねばならない。

 故に辺境伯の持つ権限は、一貴族としては破格な程に大きい物である。


 それから辺境伯より権限は小さいが、爵位は上の扱いで、また領地も大きい貴族が侯爵だ。

 一般の貴族としては、侯爵が最上位になるだろう。

 王都の周辺には王家の直轄領があるが、その更に周囲に侯爵の領地は存在した。

 侯爵はやはり五つ以上の町とその周辺の村々を領地として所有する。

 諸侯とも呼ばれる彼等の役割は王家の補佐。

 例えば王都から辺境に援軍が派遣される時、侯爵家の兵がそれに合流して動く。

 また侯爵領が王家の直轄領の周辺に存在する理由は、万一に辺境伯が反乱を企て、起こした軍を以って王都に攻め入ろうとした際、途中で食い止める役割を担うからだ。


 次は公爵。

 こちらは一般の貴族とは言い難く、王にならなかった王族が臣に下った場合に与えられる爵位だ。

 例えば王弟等が公爵となる。

 もちろん国外の王族と結婚して嫁や婿に行ったり、国内貴族との結婚でも婿養子として侯爵家や伯爵家に入った場合は公爵位は与えられない。

 公爵は王家直轄領から幾らかの領地を与えられるが、公爵は一代限りの爵位であり、その領地も当人の死亡後は再び王家の直轄領となってしまう。

 尤も王家の血は貴族にとってのステイタスとなるので、公爵と言う形でワンクッションを置いてはいても、子らは嫁や婿養子の行き先には困らないそうだ。


 最後に大公だが、これは引退した王に与えられる爵位である。

 後はまあ、大体公爵と変わりはない。


 さて話が長くなったが、要するに辺境伯の領地は辺境で最も栄えた場所だ。

 そして北部のローグトリア辺境伯領が栄える理由が、僕等の目的地であるドワーフの国との交易による物だった。

 つまりローグトリア辺境伯の協力を得れば、ドワーフの国へもスムーズに辿り着ける。

 僕はてっきり辺境伯領で馬車から降り、そこからは徒歩で大山脈を登るのだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 馬車のままでも通れる街道と山を掘り抜いた大坑道が、ローグトリア辺境伯領からドワーフの国まで続くんだとか。


 しかし目的地は間近となったが、辺境に入って以降は幾度も魔物の襲撃があった。

 これまでは魔物が気圧されて手出しを控えた五百人以上もの人間が群れを成す大移動も、好戦的な辺境の魔物にとっては戦意を掻き立てる結果にしかならない。

 そうなると大勢での移動は目立つ為、頻繁に魔物を引き寄せてしまう。

 だがそんな好戦的な魔物を狩るプロフェッショナルが、今回同行している第二隊の騎士達だ。



 その気配を感じ、僕は馬車に付いた窓を開く。

「リーシュナ殿下、ラーチュア姫殿下、どうやら僕の話より、面白い物が見れそうですよ」

 その言葉に、リーシュナ王子とラーチュア姫が、僕の視線を追って空を見上げる。

 この双子ときたら、宮廷育ちで魔物の襲撃になんて慣れてる筈がないのに、怯えた様子をチラリとも見せない。

 もちろん内心では、特に少女であるラーチュア姫は、魔物や戦いの荒々しい雰囲気に怯えてない筈がないだろう。

 でも彼等は二つの事を知っているから、怯えを表に出さなかった。


 その二つとは、一つは自分達の見せる仕草や感情の一つ一つが、周囲に大きな影響を与えるという事。

 もしここで二人が怯えを見せれば、そんな顔をさせてしまったと護衛達が気にして戦いに集中できないかも知れない。

 或いは二人の怯えが使用人や外交官等の戦いに慣れぬ人々に伝播し、パニックを起こさせてしまうかも知れない。 

 だからこそリーシュナ王子とラーチュア姫は怯えや動揺を表情には出さず、何でもない風に振る舞うのだ。


 またもう一つは、自らを護衛する精鋭兵や騎士達が、どれ程に心強い存在かを知っているから。

 周辺を脅威に囲まれたアウェルッシュ王国を支える武の力。

 それを生まれた時から誰よりも聞かされて育つのが王族である。

 その武を纏め上げ、導くのが王家だった。

 実際、幾ら魔物が襲って来ても、精鋭兵は決してそれ等に突破を許さないし、駆け付けた騎士が容易く狩り取る。

 兵士達に怪我人こそ出てるものの、まだ死者は一人も居ない辺り、本当に精鋭兵は優秀だと思う。


 まぁそれはさて置き、僕とリーシュナ王子やラーチュア姫が見上げた空には、弧を描いて飛ぶ飛行物が三つあった。

 遠目にも大きく真っ黒なその姿は、イヴィルクロウと呼ばれる巨大な鴉の魔物だ。

 以前にも述べた気がするが、飛行型の魔物は非常に危険な存在である。

 僕も今、この時じゃなかったら、大慌てで討伐、または撃退する方法に頭を悩ませただろう。


 だけど今は、彼が居た。

 彼は流れるような仕草で矢を番え、そして引き絞る。

 優雅にさえ見える所作だが、あの弓は金属と魔物の骨や皮を張り合わせて反発力を生み出した、弦を張るのにすら身体強化が必要になる代物だ。

 因みに弦は魔物の腱を加工した物だとか。

 つまりやはり、引き絞る為には身体強化が必須となる。


 しかし彼の凄さは、弓を引けるだけの身体強化ではない。

 その位の出力は、騎士たる物なら誰でも出せるし、僕にだって引くだけならあの弓を引けるだろう。

 あんなに綺麗には構えられないけれど。


 そして彼の凄さ、或いは恐ろしさはここからだ。

 番えられた矢に、彼の気が流れ込んで行く。

 本来、気は肉体を離れれば発散し易い代物で、手に握った武器なら兎も角、矢のような遠距離攻撃の強化には向いてないとされてる。

 なのに彼の気は発散し難く、込めた武器に留まり易い。


 故に、風切り音すら後に置いて行く勢いで放たれた矢は、三匹のイヴィルクロウが並んだ瞬間を逃さず捉え、三匹ともに貫通して空の彼方に消えてしまう。

 三匹を纏めて捉える弓の腕も、飛んだ矢の勢いと威力も、尋常ならざる技だった。

 もちろん貫かれたイヴィルクロウは絶命して地に落ち、大地の染みとなる。


 相も変わらず見事な技だ。

 思わず感嘆の息を漏らしたリーシュナ王子とラーチュア姫に、彼はこちらを振り返る。

 でもその視線は二人の王族でなく、僕の顔に注がれていた。

 ……やっぱり相変わらずだなぁと、僕は内心溜息を漏らす。



 彼の名前はヒュース・ローザント。

 確か年齢は27歳で、六家の一つ、貫きのローザントの次期当主と目される男だった。

 そして僕を第二隊に所属させようと、裏であれこれ動いていた人物である。

 ヒュースは爺様への敬愛が強過ぎて、それが何故か僕にまで及んでいるのだ。


 彼曰く、僕は爺様の後継者なんだから第二隊で他の騎士を指揮する術を学ぶべきだとか、割と本気で言うから怖い。

 他にもヒュースは自分の6歳の娘を僕の婚約者にしようとしたり、色々と行き過ぎるから怖い。

 怖いって二回も繰り返してしまったが、それくらいに本当に怖いのだ。

 恐らく彼の気が武器に留まるのは、そう言った粘着質な気質や執着心の強さと無関係じゃないと僕は思う。


 ただ実力に関しては折り紙付きで、第二隊でも隊長である爺様に次ぐ実力者だ。

 いや寧ろ、高威力の遠距離攻撃が可能であるという事を考えれば、爺様以上と言えるかも知れない。

 例えば大軍を相手に少数を率いて戦いを挑む時、爺様なら先頭に立ってを片っ端から薙ぎ倒しながら敵将を討ちに行くが、ヒュースならば周囲の護衛ごと矢で射貫く。

 すると勝利と言う結果は同じでも、必要な時間や味方の犠牲は大きく異なる事になる。

 でもヒュースは、絶対に自分が爺様よりも優れてるだなんて、認めようとはしないだろうけれども。


 まぁ今の僕は三隊の騎士だから、彼が何を思っていようとも関係はない。

 リーシュナ王子やラーチュア姫の護衛で何より良かったと思えるのは、安易にヒュースが接触して来ない場所にいられる事だ。

 いずれにしても魔物は何なく討ち取られ、一行は止まる事なく前に進む。

 ローグトリア辺境伯領、それから目的地であるドワーフの国は、もう然程遠くなかった。



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