第23話


 北に向かう旅は、当たり前だが順調だった。

 兵士五百人に加えて司祭と魔術師、騎士や上級騎士までが護衛に付いているのだから、順調以外になりようがないとも言う。

 余程に大規模な盗賊団だって、兵士が五百人も護衛に付いてる馬車は襲わない。 

 もし五百もの訓練された兵を突破して馬車を襲おうと思うなら、千人や二千人の賊が必要になる。

 そしてそんな規模の盗賊団が結成されたら、すぐに騎士団第二隊の騎士辺りが殲滅に向かうので、少なくともアウェルッシュ王国内には存在し得なかった。


 魔物に関しては、護衛の規模なんて無関係に襲ってくる奴が居ない訳ではないけれど、それ等が出現するのはもっと北部の辺境と呼ばれる場所に入ってからだ。

 辺境の魔物は兵士だけじゃ対処が難しい事もあるだろうが、これだけの数の騎士が付いていれば後れを取る事はまずないだろう。


 更にこの旅には、通り道となる領地の領主、つまり貴族の協力もある。

 護衛の兵士や外交官は兎も角、王族であるクルーバッハ大公や、リーシュナ王子にラーチュア姫が、万一領内の移動中に命を落とせば、領主である貴族も無関係だったとは言い訳できない。

 領内の安全を守るのは領主の務めであり、それを怠ったと首が飛んでもおかしくないのだ。

 故に貴族達は、率先して食料等の補充や、街道の安全確保に協力していた。


 けれども一行の通行を貴族達が疎むかと言えば、決してそんな事はない。

 大貴族なら兎も角、爵位の低い貴族は王都のパーティ等でも王族に顔を繋げる機会は中々ない。

 しかし旅の最中に自分の領地に立ち寄ってくれるなら、それに協力する事で確実に顔を名前が売れるのだ。

 寧ろそう言った貴族達をなるべく多く訪れる為に、わざと大回りな道を通って進む事すらあった。


 なので旅は順調だけれど、その歩みは僕が思った以上に遅い。


 幸い僕と二人の王族、リーシュナ王子とラーチュア姫が乗る馬車は、僕の知るそれよりもずっと揺れが小さかった。

 流石は王族用の馬車だけあって、色々な工夫が凝らされているのだろう。

 大きく揺れる馬車に座りっぱなしだと、どうしても尻が痛くなる。

 だから馬車での移動は憂鬱だったが、これならどうにか耐えられそうだ。


 

 馬車の中でずっと顔を合わせていれば、適切な距離は保っていても、やはりそれなりには打ち解ける。

 何せ馬車での旅は娯楽に乏しい。

 暇を潰す為には互いに話すくらいしかする事がなく、リーシュナ王子とラーチュア姫は僕の話を聞きたがった。

 僕は爺様の話や、アルタージェ村に遊びに来てたクルーさんの話、騎士になる為の訓練や、騎士になってからの体験談を問題ない範囲で話す。


 それにしてもこの双子は、会話の運び方が実に上手い。

 リーシュナ王子がやや強引とも思える位に切り込んで来たかと思えば、ラーチュア姫はそれを申し訳なさそうにフォローする。

 すると僕はどうしても二人の頼みを断り辛くなり、ついつい余計に話してしまう。

 かと思えば今度はラーチュア姫が距離を詰め、リーシュナ王子が混ぜっ返す。

 計算してやっているのだとすれば、この二人はとても賢く、そしてそれ以上に互いの事をよく理解し合ってる関係だ。


 宮廷に咲く双花は、ただ見目が良いだけの飾りではないらしい。


 ただ幾ら同じ馬車に乗り込んで護衛しているとは言っても、四六時中常に張り付いて居る訳じゃない。

 例えば町に泊まる時、王族達は町で一番良い宿を使い、同じ宿に泊まって護衛するのは上級騎士達の役割だった。

 また貴族である領主に招かれてその屋敷に宿泊する場合、第一隊の騎士や上級騎士がその対応には慣れている。


 僕がリーシュナ王子とラーチュア姫の馬車に同乗して護衛を行う事は、近衞である第一隊から見れば当然面白くない筈だ。

 その上で更に彼等の領分を侵すのは、どう考えても後々に良くない影響を及ぼすと、王族達も考慮してくれたのだろう。

 王族達が町や貴族の屋敷で過ごす際、僕は基本的に護衛の役割から解放され、自由に過ごす事を許されていた。


 そしてそんな自由な時間を使い、僕にはやるべき事が幾つかある。

 一つは、連れて来たにも拘らず全く乗れてやれない愛馬、アリーの機嫌を取る事。

 使節団はもちろんの事、護衛の多くも馬車を使って移動している。

 それは移動速度を高める為であり、より多くの物資を運ぶ為だ。

 但し騎士に関しては己の愛馬に騎乗し、要人が乗る馬車の近くを守っており、僕も当然最初はそこに配置される予定だった。

 なのに急に馬車に乗って移動する羽目になった物だから、急遽アリーには誰も乗らず、僕の従者達の馬車と並んで歩く事になってしまう。

 当然ながら、アリーは己の扱いに物凄く拗ねた。


 でもアリーだって僕と爺様以外は背中に乗せようとしないし、馬車を引く事だって拒否するのだから仕方ない。

 僕だって、密かに女性と馬に二人乗りってシチュエーションには憧れるのに、その相手を見付ける以前にアリーの説得から始めなければならないのだ。

 アリーはもうちょっと融通を利かせてくれても良いと思う。


 ……と、まぁそれはさて置き、もう一つは従者達との訓練だ。

 バロウズ叔父さんは兎も角、クレアと十座は僕が気の扱いを指導する条件で従者になってくれた。

 十座には一方的な指導ではないけれど、互いの持つ気の技術を伝えあって交換してる。

 けれどもクレアに関しては、気の扱いに目覚めさせて以降は叔父に任せきりであまり指導を行えていない。


 多分だけれどクレアは、漸く自分の気を抑えて制御が出来るようになって、今が一番気を扱う技術を学びたい、また気の扱いが面白いと感じてる時だろう。

 なのに馬車に乗っての長い移動ばかりが続くのだから、何と言うか申し訳なく思うのだ。

 だから少しでも機会を見付けて、僕にしか出来ない指導をしたかった。



 幸いな事に、セグラート伯爵領の中心になる都市、ソンミアに一泊する際、伯爵が所有する訓練場を借りる事ができたので、僕は従者達と訓練を行う。

 と言っても僕は専らクレアの指導に回り、叔父と十座は馬車旅で鈍った身体をほぐす為に木剣と木刀で、気を用いない打ち合いをしている。

 ちらりと横目でその打ち合いを見ると、全くの互角で驚く。


 実は十座の扱う刀と言う武器に対し、叔父の様に片手剣と盾の組み合わせで戦う事は非常に難しい。

 あそこで十座と打ち合うのが叔父じゃなくて僕だったら、十合と持たずに攻撃を身体に受けてしまうだろう。

 何故なら刀と言う武器はリーチ、攻撃の威力、攻撃種類の全てにおいて剣を上回るから。


 そもそもリーチに関しては、両手で扱う刀の方が剣よりも武器自体が長いのだから当たり前だ。

 次に威力だが、そりゃあ片手で振るう武器より両手で振るう武器の方が強いのも、これまた当たり前だった。

 剣だけでなく盾と比べても、両手持ちの武器で押し込まれれば、片手で支える盾は不利となる。

 但し盾は矢等の遠距離攻撃を防ぐ際には非常に役立つので、矢を防ぐ役には立たない両手武器に対して不利なのは、優劣ではなく相性の問題でしかない。


 そして最後の攻撃種類に関してだが、左手に盾、右手に剣を持ってオープンスタンスを取った場合、可能な攻撃の種類は真上からの切り下ろし、右上からの袈裟切り、右からの薙ぎ払い、右下からの逆袈裟位だ。

 一度剣を振った後の切り返しとしては、左側からの攻撃も可能となるが、剣の持ち方、構えから攻撃種類は容易く相手にばれてしまう。

 しかし刀と言う武器は、中段の構えから即座に変化して様々な攻撃が繰り出せるのだ。

 具体的に並べれば真上からの切り下ろしは変わらないが、袈裟切り、薙ぎ払い、逆袈裟は全て左右のどちらからも飛んで来る。

 ついでに間合いがある程度あれば真下からの切り上げや、更には刺突だって可能なのだから攻撃を喰らう側としては予測が全く立たない。


 なのに叔父はまるで十座が次にどんな攻撃を繰り出すのかを知ってるかのように、全く手抜き無しで振るわれる木刀による斬撃を、皮の盾でまともに受けずに角度で滑らし逸らしてた。

 けれど十座は攻撃を受け流されても隙を作らず、無駄のない動きで次々と別種の攻撃を繰り出して激しく攻める。

 訓練だと言うのに、実に見応えのある打ち合いだ。


 でも僕ものんびりとそれを眺めてはいられない。

 今の僕の役割はクレアに対しての指導である。

 但し、基礎的な指導に関しては普段から叔父が彼女に対して行っていた。

 僕も父も叔父も、基本的には爺様から同じ指導を受けているので、その訓練方法に大きな変わりはない。


 けれどもだったら僕に出来る事が何もないのかと言えば、そんな事は決してなかった。

「よし、クレア、抑えてる気を全部解放して」

 僕はクレアの背中に手を置き、彼女の中に自らの気を注ぎながら、全力を解き放つように促す。

 その言葉に従って、クレアは自身の気の門を開き、彼女の身体に気が満ちる。

 暴れ、荒れ狂おうとする気の奔流に、僕は自分の気を注ぐ事で流れを整え、正しい形で循環させて行く。


 要するにまだクレア自身が制御できない彼女の気を、僕が外から干渉して制御しているのだ。

 こうやって自身の全力が制御される感覚を身体に覚えさせれば、クレアが気を扱うコツを掴み易くなるし、自己訓練で妙な癖が付いていれば強制も出来る。

 もちろん、これは口で言う程に簡単な訓練法ではなく、指導側が圧倒的に気の量と扱いに優れていなければ危険が伴うやり方だった。

「正しい循環は気を高める。でも高まった気はより暴れ易くもなってしまう。だから制御は何より大事だ。イメージをしよう。雄大な大河は多少の水が増えても氾濫しない。自分の中に大きな気の通り道をつくるんだ」

 僕はクレアに語り掛けながら、気を循環させ続ける。

 少し、彼女の体温が上昇していた。


 ちらりと視線を送れば、訓練場の外から多くの人がこちらを見ている。

 大半は叔父と十座の打ち合いに目を奪われている様子だが、僕とクレアに注目してるのは、他の騎士の従者達か。

 別に見られて困る事じゃないから構わないが、あまり注目されると少しだけ恥ずかしい。

 クレアもそろそろ限界が近いし、そろそろ終わりにしようか。

 こう言うのは根を詰めるよりも、時々でも機会を作って回数を重ねる方が効果は高い。


 クレアが気を抑えて少しずつ散らして行くのを確認しながら、僕は彼女の背から手を離す。

 ドワーフの国への旅はまだまだ続くが、数度はこうした機会が作れるだろう。

 叔父と十座の打ち合いは結局決着が付かずに終わり、なのに何故か二人ともがとても満足気な顔をしていた。



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