第22話


 僕がクルーさんことクルーバッハ大公に話を聞いてから三週間後、ドワーフの国に向かう使節団が王都を出発する。

 今回の使節団は、僕が思ってたよりもずっと規模の大きな物だった。

 まず使節団を率いるのは、前王であるクルーバッハ大公。

 他にも王族が第三王子と第二王女であるリーシュナ王子とラーチュア姫が居て、合計で三人。

 次に王族の身の回りの世話をする使用人が全員で二十人も居て、更にクルーバッハ大公を補佐する外交官が三十人の、合計五十三人の大所帯だ。

 すると当然ながら使節団に付けられる護衛の規模もまた大きい。


 王族の護衛となれば近衞である騎士団第一隊の役割だが、国外への遠征となれば騎士団第二隊の出番であり、しかしながら一隊と二隊の領分が重なるような任務は、何でもこなす第三隊にもお鉢が回るのだ。

 なので今回の護衛には、各隊が上級騎士を一人と騎士を一人、選んで派遣している。

 そして第三隊から選抜されたのが、上級騎士であるマリル・エマードと、騎士であるウィルズ・アルタージェ、つまり僕だった。


 更に騎士達はそれぞれが二名から五名程の従者を引き連れているので、その数が二十名程居る。

 次に光と闇の神に仕える司祭がそれぞれ一人ずつに、宮廷魔術師が三人。

 最後に王家に仕える精兵が五百人も付けられている。

 鍛え抜かれた精兵の実力は非常に高い。

 恐らく武器を持たないオーク程度なら、一人で何とか勝てる位の実力だろう。


 正直な所、護衛というには過剰過ぎる戦力に思えなくもなかった。

 これだけの戦力なら、恐らく町や砦の四つや五つは簡単に落とせてしまう。


 アウェルッシュ王国が、ミスリル銀の鍍金技術に関して、どれ程に危険視しているかが良くわかる。

 ドワーフの国は重要な友好国だが、それでもあくまで他国に過ぎない。

 その行いが必ずしもアウェルッシュ王国に利するとは限らないのだ。

 故に過剰とも思える規模の戦力を編成し、王族までをも複数派遣する事で、アウェルッシュ王国は明確な態度を示す。

 即ち、今回の件の真相究明において、如何なる誤魔化しも許容できないというアウェルッシュ王国の本気を。


 単に大きな戦力を見せ付けて真相を求めるだけなら、それは脅しとしてドワーフ側に受け止められ、或いは反感を招くだろう。

 しかし王族を大山脈まで派遣する事で、誠意を示して見せている。

 決してドワーフの国を軽んじる訳ではなく、重要な友好国だからこそ王族を派遣するのだと。

 また王族を動かすのだから、大規模な護衛も必要になって当然なのだ。


 そんな風にややこしい建前と本音が、この使節団と護衛の編成からは見て取れた。

 勿論、アウェルッシュ王国の意図がどうあれ、護衛の役割はあくまで護衛。

 僕等は粛々と役割と果たすだけである。



 ……のだけれど、

「君が御祖父様の友人の、アルタージェ騎士隊長の孫? 何だかあんまり似てないね」

「お兄様、失礼よ。ごめんなさい、アルタージェ卿。気を悪くしないで下さいな」

 似た顔と声で左右から全く違う内容を話されると、少し混乱して頭がくらくらした。

 馬車の中で僕と顔を突き合わせているのはリーシュナ王子とラーチュア姫。

 確かに宮廷に咲く双花という仇名に相応しい、美しい容姿の双子だ。


「お気になさらないで下さい。リーシュナ殿下とラーチュア姫殿下に拝謁、……いえ、護衛の任に与れた栄誉に感謝を」

 僕は言葉に迷い、無様にも言い直しを行う。

 実に惨い。

 行き成り見知らぬ王族の前に投げ出された場合の対応なんて、僕はまだ習ってないのに。

 一体、何でこんな事になってしまったのか。

 それは勿論、クルーさんことクルーバッハ大公の差し金だ。


「王子と姫の護衛には、年頃も近しいアルタージェ卿に任せるから同じ馬車に同乗してくれ給え。我が孫をよろしく頼む」

 なんて風に使節団を率いる者として、大公として命じられてしまえば、僕に断る自由はない。

 近くに置かれる事は予想してたが、流石にこれは近過ぎる。

 そもそも王族と同じ馬車に乗り込んでの護衛なんて異例だ。

 旅の間、この二人の王族とずっと顔を突き合わせているなんて、僕の心臓は多分持たない。


「そんな風に畏まらなくて良いのに。御祖父様とは気安く話してるって聞いてるよ」

 だがリーシュナ王子はそんな事はお構いなしに、グッと距離を詰めて来る。

 同い年の騎士が物珍しいのか、クルーさんが余程に僕の事を良い風にいってるのか、妙に二人からの好感度が高い。

 少し返事に困ってしまうが、問われれば返事をしない訳にも行かなかった。


「大公陛下には幼い頃から色々と良くして戴いていたので、私的な場でのみ陛下の御好意に甘え、その頃と同じく振る舞わせていただいております」

 僕は頭を下げて、謝意を示す。

 王族と護衛の騎士という立場上仕方がないとは言え、友好を求められて断るのは、些か以上に心苦しい。

 しかし今は護衛任務の最中で、その対象である王族に気安く振る舞うなんてできよう筈がなかった。


 でも僕の言葉に、ラーチュア姫は笑顔を浮かべて手をぽんと打ち鳴らす。

「では私達とも私的に仲良くなれば、私的な場所では気安くお話しいただけるのですね。私もお兄様も、同年代のお友達はあまり居ませんので、アルタージェ卿とは是非親しくしたいと、御祖父様のお話を聞いて思っていましたの」

 好感度が高い。

 後、近い。

 グッと身を乗り出すラーチュア姫に、僕は思わず後ろに退く。

 王族用の馬車は広く、その程度でぶつかりはしないけれども、あまりに近いと色々と困る。

 護衛すべき王族という事を差し引いたとしても、……綺麗で可愛い女の子に近付かれたら、その、気恥ずかしい。


 ただ、その言葉には頷く。

 これから旅は長いのだから多少は打ち解けるだろうし、もしかするともっと踏み込んで仲良くなる事だってあるかも知れない。

 一体どうやって僕が二人と私的な場所で会うのかはさっぱりわからないけれど、僕だって仲良くなった相手とは、許されるなら気安く話したいと思う。


 馬車は街道を北へと進む。

 ドワーフの国を目指す旅は、まだ始まったばかりだった。


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