第21話


 タッタッタッと綺麗な一定のリズムで走るクレア。

 彼女の動きに澱みはなく、ごくごく自然な物に見える。

「はい、じゃあダッシュ!」

 言葉と同時に僕が手を叩けば、クレアは速度を増して猛然と走り出す。

 その速度はとても速い。

 傭兵として鍛えられた肉体を持っている事に加え、弱くだが身体強化が発動してる証左だった。


「よし、ストップ!」

 もう一度僕が手を叩けば、ザッと土埃を上げてクレアが止まる。

 肉体の動きはもちろん、身体強化の発動も止まってた。

 まだまだ拙いけれども、クレアは自分の気を制御出来てると言えるだろう。

 

 とても気の扱いに目覚めてから一ヶ月半程しか経っていないとは思えない、見事な進歩だ。

 僕と十座が任務でローロウ伯爵領に赴いてる間、余程熱心に訓練に励んだに違いない。


「ほら見なさいよ。ちゃんと制御できてるじゃない。これならクレアを任務に連れて行けるわよ」

 バシバシと僕の背中を叩きながらそう言うのは、何故か一緒にクレアの試験を見守っていた上級騎士、マリル・エマード。

 背中がとても痛い。

 クレアは一ヶ月半で気の制御ができる様になったけれど、マリルは相変わらず自分の制御ができてない。

 でも今は、この程度の事は我慢しよう。

 この一ヶ月半の間、僕の叔父と一緒に訓練していたクレアを見て、マリルは任務がない時はその訓練に付き合ってくれていたらしいから。


「あぁ、うん、そうだね。クレア、凄いよ。次の任務には、うん、クレアにも付いて来てもらうと思う」

 僕は背中の痛みに顔を顰めながらも、試験結果を聞く為に駆け寄って来たクレアにそう言った。

 一通りの動きは見たけれど、特に問題無く見える。

 まぁ実際の戦闘で気を運用出来るかどうかはまた別の話だけれど、気の扱いを覚える前と同等に動く事はできる筈だ。


 次の任務はドワーフの国に赴く王族の護衛。

 しかも護衛対象となる王族は前王であるクルーバッハ大公のみならず、その孫である、要するに現王の子である第三王子と、第二王女もだった。

 何でも見分を広げる為にクルーバッハ大公の補佐として、使節の仕事を手伝うのだとか。

 双子である第三王子と第二王女は共に14歳。

 つまりクルーバッハ大公、もといクルーさんが気に掛けて欲しいと言ってた孫は、この二人の事である。



 ここからは少しこんがらがりそうな話。

 現王、ラダトゥーバ陛下には三人の妃と八人の子が居る。

 愛人や隠し子は知らないけれど。


 正室である王妃はトリーナ妃で、王太子である第一王子と、第三王子と第二王女の双子を産んでる。

 第一側妃であるシェイテ妃は、第二王子と第五王子を産んでる。

 第二側妃であるラーレット妃は、第一王女と第四王子、第三王女を産んでいた。


 次は王の子を年齢順に並べる。

 王太子である第一王子は20歳。

 既に結婚もしていて、子供も居るそうだ。

 第一王女は18歳。

 やはり既に結婚もしていて、母親であるラーレット妃の故国であるクロッサリアに嫁いでる。

 第二王子も18歳。

 婚約者はいるがまだ結婚はしてないらしい。


 第三王子と第二王女は14歳。

 双子で、二人の姿はとても良く似てるそうだ。

 尤も第二王女が男らしいのではなく、第三王子の容姿が可愛らしいとの事だった。

 宮廷に咲く双花と言えば有名なんだとか。

 王女は兎も角、王子までもが花扱いとは、年頃の男の子に対して随分酷い話だと思う。


 第四王子は11歳。

 やんちゃと言うより乱暴者だったが、どこかの騎士隊長にしごかれて矯正されたという話である。

 詳しい話は怖いので聞いていない。

 第三王女は9歳。

 絵画の天才との噂だ。


 第五王子は6歳。

 身体が弱く、あまり人前に姿を見せないという。 



 ……さてこの様に現王の子は多いけれども、王位を継承するのはまず間違いなく王太子である第一王子である。

 そして仮に第一王子に万一の事があった時、王太子には第二王子でなく、第三王子がなるらしい。

 王位継承者として順位が高いのは、年功序列ではなく正室である王妃が産んだ王子だ。

 これは前王、つまりクルーバッハ大公が王位にある時に定めたルールで、彼が王位を継承した時、前々王の第二妃が我が子に王位を継がせようと暗躍して多くの血が流れた事が原因なんだとか。

 クルーさん自身もその第二妃に暗殺されかかったのだから、その悲劇が再び起こらない様に序列をはっきり定めようとしたのだろう。

 ちなみに側妃って呼び方も、この時に王妃とそれ以外の妃をハッキリと区別する為に設けられてる。


 ただこのルールに、第一側妃であるシェイテ妃はとても不満を抱いているそうだ。

 第二側妃であるラーレット妃は友好国から嫁いで来たが、トリーナ妃とシェイテ妃は共にアウェルッシュ王国の貴族の家、それも揃って侯爵の家から嫁いで来ているので、元々の身分に差は殆どない。

 なので王妃と側妃という差が生まれたのは、実家である侯爵家の政治力の差が原因だろう。

 要するにトリーナ妃の父親がやり手だっただけなのだ。


 しかし女性は時に感情の生き物になると言われる。

 男性が感情的でないかと言えば、別にそんな事は全然ないけれど、今は取り敢えず置いといて。


 少なくともシェイテ妃にはそういった政治力の差が理解できず、或いは理解をしたがらず、立場の違いを王から受ける愛情の差だと思い込んでしまった。

 だからシェイテ妃は何とか自らの立場を上げようと、派閥を作って支援者を集め、

「王位にはそれに最も相応しい王子がなるべきだ」

 なんて風に公言しているらしい。

 当然シェイテ妃の言う相応しい王子とは、今の王太子である第一王子ではなく、我が子である第二王子なのだろう。


 今現在、それでも宮廷内は秩序が保たれている。

 それは前王であるクルーバッハ大公陛下、それから現王であるラダトゥーバ陛下が、きっちりと宮廷内を統制して来たから。

 シェイテ妃の言葉に耳を貸す者は少なく、その派閥は極小さい。

 そして派閥が小さいからこそ、シェイテ妃の存在は許されている。

 仮にその派閥が大きくなれば、粛清の風が吹く事もあり得た。


 ……突き詰めれば家庭内のゴタゴタなのだから、一家の長であるラダトゥーバ陛下がちゃんとシェイテ妃を諫めれば良いのにと思ってしまうのは、僕が田舎の生まれだからだろうか?

 ともあれ、今の宮廷は平穏だが、多少の火種は燻っている状態なのだろう。

 だからクルーさんは、僕に孫達を気にしてやって欲しいなんて風に言ったんじゃないだろうか。

 本格的に対処する程には状況は差し迫ってなくて、けれども全く気にしないでいるには少々不穏だから。



 もちろん、これは僕の想像に過ぎない。

 でもクルーさんが、僕を護衛として第三王子と第二王女の傍に付ける可能性は、高いだろう。

 だからこそ信頼出来る人手、従者達は一人でも多く次の任務には連れて行きたかったのだ。

 クレアが問題なく動けるなら、叔父も十座も、全員を連れて行く事が出来る。

 彼女の懸命な努力は、もうこの時点で僕を助けてくれた。


「クレア、じゃあ折角だから叔父さんと十座も一緒に、今晩がお祝いに何処かで食事しようか」

 毎回これで芸はないけれど、それでも何とかクレアを労いたいと、僕は言う。

 隣でマリルが自分も連れて行けとアピールしてるのが、少し鬱陶しい。

 彼女はクレアを自分の従者に引き抜きたいとの態度を隠さないので、この件に関しては敵である。


 まぁクレア自身が、マリルの従者になりたいと望むのなら仕方がないけれど、そうでなければ譲りはしない。

 僕は薄々、叔父とクレアが恋仲なんじゃないかと思っているが、仮にそうだとしたら離れ離れは可哀想だ。


 ただマリルがクレアの為に訓練に付き合ってくれた事も事実だから、……今回は彼女も誘うとしよう。

 何せ次の任務には、マリルも自分の従者を率いて参加する。

 事前に交流を深めておく事は、多分決して無駄じゃない。

 それに僕一人だと予算的に厳しいけれど、マリルも一緒に巻き込めばクルーさんが連れて行ってくれたあの高級料理店に、皆も連れて行けそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る