使節団

第20話


 休日の夕暮れ時、僕はとある人物の招き受けて、王都でも評判の高級料理店へと足を踏み入れた。

 料理店と言っても貴族や豪商達も利用する場所だから、店自体が豪奢で大きな屋敷のような建物だ。

 ずらりと並んだ店の従業員達に一斉にお辞儀をされた事に、僕は少し気圧される。

 田舎の村で育った僕は、こう言った如何にもな雰囲気がとても苦手だ。

 ローロウ伯爵領で行われた夜会に招かれた時は、騎士として任務の心算で参加したから、まだ心構えがあったから耐えられたけれども、今日は休日だからどうにも身の置き場がなく感じてしまう。


 僕は店の従業員にとても丁寧に案内されて、一室へと通される。

 そこはこの豪奢で大きな建物とは裏腹に、然程に大きくない小部屋のような場所だった。

「やぁやぁ、ウィルズ君。よく来てくれた。久しぶりじゃ。大きくなったのぅ」

 そしてその部屋で僕を待ち受けて居たのは、見知った顔の初老の男性。

 前に会ったのは騎士になる前で、丁度半年ぶり位だろうか。


「クルーさん、お久しぶりです。まさか王都で会う事になるなんて、思いもしませんでした。……僕なんかと会ってても大丈夫なんですか?」

 見知った顔に会った事で、ホッと肩の力が抜ける。

 彼は爺様の友人で、僕が幼い頃から年に一度か二度、アルタージェ村に遊びに来てた人物だ。

 爺様からは友人の貴族だとしか聞かされていないが、その正体には王都にやって来て、騎士になってから気付いた。

 何故ならクルーさんに良く似た人を、騎士に叙任される際に見掛けたから。


 幼い頃からクルーさんと呼んでいた彼の本当の名前は、クルーバッハ大公。

 もっとわかり易く言えば、前王クルーバッハ・アウェルッシュ殿下である。

 だからクルーさんに良く似た人とは、現王であるラダトゥーバ陛下だ。


 大公も貴族である事には違いはないし、確かにそりゃあ爺様とは友人に近い関係なのかも知れないけれど、最初にそれに気付いた時は思わず眩暈がした。

 だって幼少の頃に一緒に釣りに行き、うっかり足を滑らせて川に落ちたこの人が、もしもあの時そのまま溺死していたら、僕等一家は今頃は処刑済みで墓の下だろう。

 でもその正体を知らない僕は兎も角として、爺様も父も、その後もクルーさんに対しての態度は変えなかった。

 爺様は当然正体を知ってただろうし、あの父だって気付かない筈がない。

 そして父がクルーさんを前王陛下としてでなく、爺様の友人で気の良い知人として扱うなら、僕も正体を知った上でそれに倣おうと思う。


 公的な場所では僕は騎士だから流石に無理だけれど、私的な場所では正体を知った上でクルーさんには知人として接する。 

 僕の考えが態度で伝わったのだろう。

 クルーさんは嬉しそうに笑い、頷いた。


「もう隠居した老人だからの。然程に五月蠅くは言われんよ。それに幼い頃から知る子が騎士になったんじゃ、儂だってお祝いくらいはしたいさ」

 そういって彼がテーブルに置いたのは、鞘に入った一本の短剣。

 目線で促されたので手に取って、鞘から少しだけ引き抜いてみると、その刀身の輝きに僕は瞬きも忘れてそれを凝視してしまう。

 短剣の刀身は、燭台の灯りを反射して黄金色に輝く。

 けれどもその刀身が黄金で作られているという訳じゃない。

 いや寧ろ、黄金よりもずっと貴重な鉱石で造られている。


「本当は剣を贈りたかったんじゃが、成り立ての騎士にグラン鉱の剣は早過ぎると止められてしまってなぁ。主として使う武器ではなかろうが、それで勘弁しておくれ。ウィルズ君が上級騎士になったら、改めて剣を贈らせて貰うからの」

 いやいやいや。

 そりゃあ誰かは知らないけれども、クルーさんを止めてくれた人に感謝だ。

 グラン鉱は別名を陽鉱とも呼ばれる特殊な金属で、注いだ気を増幅する特性を持つ。

 気を全く通さないミスリル銀とは、丁度真逆の金属だった。

 まぁミスリル銀は魔力に関しても通さないが。


 更に硬くしなやかで、武器とするにも適した金属だとくれば、気の使い手にとってグラン鉱製の武器程に頼りになる物はない。

 しかし当然ながらグラン鉱製の武器は非常に貴重で、その剣なんて上級騎士なら兎も角、成り立て騎士の僕なんかが持って良い代物では当然なかった。

 身の丈に合わない武器は、時として災禍を招く。

 他者からの嫉妬もそうだし、武器に依存してしまう自らの弱い心もその災禍だ。


 クルーさんの気持ちは嬉しいけれど、今の僕に贈られるのが剣だったなら、申し訳はないけれど受け取りは断らざるを得なかっただろう。

 たとえその後、あまりの惜しさに枕を涙で濡らす事になったとしても。


「短剣でも、今の僕には過ぎた物かも知れないけれど、大事にします。これに見合う騎士になります」

 僕は鞘に納めた短剣を胸に抱き、そう誓う。

 喜びと興奮で、少し涙が出そうだ。

 それ位に、気の使い手にとってグラン鉱製の武器は憧れる代物だった。


 爺様は手柄を立てて何本かのグラン鉱製の剣を下賜されてるけれど、それに触らせてくれたのはたった一度だけである。

 グラン鉱製の武器がどれ程に気の力を高めるかを教える為に、一度だけ僕にその剣を触らせ、気を流させてくれた。

 あの経験は、今でも忘れられない。


 クルーさんの前だから自重したが、僕はすぐにでもこの短剣に、自分の気を流したい気持ちで一杯だ。


「ふむふむ、いや、そんな風に喜んで貰えると儂も嬉しいのぅ。ドゥヴェルガの奴は何を渡しても顔色一つ変えんからなぁ。いや、酒を渡すと喜ぶか。まぁまぁ、取り敢えずそろそろ食事を持って来させようかの。ここの食事は美味いんじゃ」

 微笑まし気に僕を見ていたクルーさんが手元のベルを鳴らすと、部屋の外から人が近付いて来る気配がした。

 そうして食事が運び込まれる。

 多分クルーさんの配慮なのだろう。

 少しずつ出て来るコース料理ではなく、大皿に盛られた料理がテーブルの上に並ぶ。

 つまり、そう、好きなだけ食べろと、そういう事だ。

 食欲をそそる見た目と匂いに、僕のお腹はグゥと鳴る。



「そういえばの、ウィルズ君に頼みが二つほどある。といってもまぁ、一つは後日任務として届くと思うが、ドワーフの国への使節として赴く儂の護衛じゃ」

 食事に没頭していた僕の手が鈍って来た辺りで、クルーさんが不意にそう言った。

 僕はごくりと口の中の、何時までも噛んでたいくらいに美味しいのに、気が付いたら溶けてしまう肉を、飲み下す。


 ドワーフの国。

 北の大山脈の中にあるという、アウェルッシュ王国に友好的な小国だ。

 そこに使節が赴くという事は何ら不思議ではないし、ならば当然のように護衛は必要となるだろう。

 特に魔物は北に行けばどんどん強くなるし、北の大山脈はその地形も相俟って非常に危険な場所だ。


 しかしだからこそ不思議なのだけれど、そんな危険な場所に王族が、それも前王が出向く必要があるのだろうか?

 確かにドワーフの国はアウェルッシュ王国にとって重要な友好国だが、それでも前王が動くだなんて余程の事だ。

 もちろん任務とあらば従うし、知るべきでない内情を無理に知ろうとはしない。

 ただそれでも疑問は抱く。


 黙ったままの僕に、クルーさんは頷いて懐からもう一本短剣を取り出す。

 驚いた事に、僕はその短剣には見覚えがあった。

「これはウィルズ君が持ち帰った物と聞いておる。そう、隣国の間者が所持していた短剣じゃ。そしてこれを調べた結果、ミスリル銀で鍍金された短剣とわかっての」

 クルーさんの言葉に、僕は頷く。

 どうやら僕の見立て通り、あの短剣はミスリル銀で鍍金が施されていたらしい。

 その存在が想定外だったとは言え、油断から傷を負わされてしまった事は、苦い記憶だ。


「もちろんこれ自体は、大して脅威となる武器では、まぁなかろうよ。しかし問題はな、ミスリル銀を扱う技術は、それが鍍金技術であってもドワーフしか持っておらん筈という事じゃ。グラン鉱と同様にの」

 その言葉に、少しだけその短剣とドワーフ国の繋がりが見えて来た。

 ミスリル銀で鍍金された短剣が、ドワーフの国で生産されて隣国、ヴァーグラードに流れたという話なら問題はない。

 ドワーフの国では食料が生産されない為、鍛えた武器や防具を売った金で食料を輸入している。

 そんな武器の一つがヴァーグラードに流れる事は、まぁあって当然だろう。


 だがその短剣は、ドワーフの手による物というにはあまりにみすぼらしかった。

 先に贈られたグラン鉱の短剣とは素材の違いを別にしても、あまりに品質に差があり過ぎる。

 だとすれば短剣自体を鍛えたのは人間の鍛冶師で、ミスリル銀の鍍金だけをドワーフが行ったという奇妙な話になってしまう。


「これは放置できん問題でな。隣国がミスリル銀を鍍金できるドワーフを雇ったのか、浚ったのか、それは不明じゃ」

 仮にヴァーグラードがミスリル銀で鍍金した武器が量産できたとしたら、少しばかり厄介な事になる。

 例えば矢じりにミスリル銀の鍍金が施された矢を逃げ場なく浴びせられれば、騎士といえども傷を負いかねない。

 だからこそ王族、それも前王程の人物がドワーフの国に直接趣き、事の次第を確認しようとするのだろう。 


 僕の理解に、クルーさんは頷き笑みを浮かべた。

「もちろん護衛には、兵や他の騎士も連れて行く。まぁ詳細は後で知らされるとは思うが、ウィルズ君には先に頼んでおきたかったんじゃよ。……それからもう一つは、君と年の近い我が孫達を気にしてやって欲しいんじゃ」

 ……はて?

 一体どういう事だろうか。




 ウィルズのメモ


 ドワーフ:

 人間とはまた別の人族の一種。

 身長は人間の六割から八割程だが、体重は殆ど変わらないか、寧ろドワーフの方が重い。

 筋肉質で力持ちであり、とても頑健な身体を持ち、人間よりもずっと長生きだともいう。

 けれどもドワーフという種族の最大の特徴は、やはり鍛冶の技術に優れる事だ。

 仮に人間の鍛冶師とドワーフの鍛冶師が同じ鉄で剣を打ったとしても、その品質は段違いで、ドワーフ製の剣には何十倍もの値が付くだろう。

 またグラン鉱、ミスリル銀といった特殊な金属を扱う技術は、ドワーフしか持っていないとされている。



 グラン鉱:

 黄金色に輝く金属。

 グラン鉱は注がれた気を増幅する特性があり、気の使い手にとっては非常に相性が良い。

 また金属自体も硬く、しなやかで、武器や鎧に向いている。

 その見た目と特性から、陽鉱とも呼ばれる事がある。


 ミスリル銀:

 銀色に輝く金属。

 ミスリル銀は魔力や気を通さない。

 仮にミスリル銀で盾を作れば、魔術を通さぬ盾となり、剣を作れば、気の防御を切り裂く剣となる。

 その特性から、不可侵の銀との別名を持つ。


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