第19話
オーク討伐を終えた僕と十座はそれからも、約一ヶ月位はローロウ伯爵領で活動を続け、無事に魔物の増加騒ぎは落ち着きを見せた。
もちろんそれは僕等だけの成果じゃない。
僕と十座の討伐数は、二人で多分千を少し超えたくらい。
これはローロウ伯爵領内で狩られた魔物の、一割程の数である。
残る九割、つまり九千体の魔物は、大勢の兵士や冒険者が必死に戦った結果、討伐されたのだろう。
今回の任務は魔物を討伐するだけで、容易い任務だと考えてたけれど、終わってみれば思ったよりもずっと大変だった。
いやまぁ、魔物討伐は確かに容易かったのだけれど、騎士である以上はそれ以外にも務めがあったのだ。
例えばオーク討伐の後は身なりを整えてから、ラーデンの町で凱旋式、小規模なパレードの様な物をやらされた。
他にも魔物討伐に出なかった日は、ローロウ伯爵に乞われて領内の有力者を集めた夜会に出席もする。
当然ながら、パレードをしたり夜会に出たところで、魔物の数が減る訳じゃない。
しかしならばそれ等が無意味かと言えば、決してそんな事はなかった。
パレードには民衆を慰撫する事が目的だ。
アウェルッシュ王国の民ならば、オークは知らなくても騎士の存在は知っていた。
その騎士が自分達の元にやって来て魔物を討伐していると知れば、ラーデンの民は大きな安心を得る事ができるだろう。
そしてその話は噂として、ローロウ伯爵領内を駆け巡る。
魔物の増加と言う大変な事が起きてる時だからこそ、明るい噂話を皆が好んで求めるから。
夜会への参加はもう少しばかり複雑だった。
まず有力者と言っても各町を代官として治める子爵だったり、ローロウ伯爵領の周囲に小規模な領地を持つ男爵だったり、流通を握る商人だったりと色々居るのだ。
子爵や男爵に対しては、騎士が派遣される程に国との繋がりが強い、要するに貴族としての力がある事をアピールしてる。
伯爵の様な有力貴族に周囲を纏め上げる力がないと、周辺地域は荒れてしまう。
利水の権利を巡って男爵同士が揉めた場合など、仲裁に入るのは有力貴族だ。
ローロウ伯爵家の力が魔物の増加と言う災難にも弱まってないと示す事には、大きな意味があった。
次に商人に騎士を見せ付けるのは、今回の魔物の増加が早期に収まると考えさせる為。
こっちは割と切実で、ローロウ伯爵領内がいつまでも安全でないと商人達が考えれば、もしかすると流通の経路から外される可能性があったから。
物を運ぶ商人達が離れれば、領内で生産していない物資は不足する。
また商業活動が鈍くなれば領内の景気は悪化し、税収も低下するだろう。
騎士の存在を見せ付けるだけでそれ等の厄介事が防げるのなら、そうしない理由がローロウ伯爵にはない。
とまぁそんな理由が理解出来るから、僕はパレードや夜会への参加を任務外だとは断らなかった。
僕が姿を見せるだけで民が安心し、周辺地域が安定し、商業活動が鈍らないならこれ程に簡単な事はない。
民が安心して働き、物資が生産され、それを商人が取り扱い、それ等がローロウ伯爵家の収入に繋がれば、国に納める税もまた増えるだろう。
するとそれは巡り巡って国から支払われる僕の給金になるのだ。
そう考えると素敵である。
他人を幸せにして得た収入で食べるご飯が、美味しくない筈はない。
騎士の仕事の全てがそんな綺麗事ばかりな訳じゃないだろうけれど、今は目の前の綺麗事に全力を尽くせばそれで良かった。
さてローロウ伯爵と兵士達、ついでにラーデンの町の住人にも見送られ、王都への帰路についた僕と十座。
だが愛馬であるアリーの背に揺られながら考えるのは、今回の件が沈静化はしたけれど、解決したと言う訳ではない事。
確かに万にも届く数の魔物を狩って、魔物の増加騒ぎは収まった。
しかし結局、魔物の増加が起きた原因は不明のままだ。
以前にも述べた魔物の増加が起きた場合に考えられるケースは、どれも今回の件に当てはまらない。
他の地域に広い縄張りを持つ強力な個体が出現し、棲み処を追い出された魔物が流れ着いたケースであれば、その影響を受けるのはローロウ伯爵領だけではない筈だ。
棲み処を追われた魔物は、北は兎も角として東と南と西に散るから、複数の場所で魔物の増加騒ぎが起きねばおかしい。
だが今回の騒ぎは、綺麗にローロウ伯爵領内に収まっていた。
次に大繁殖のケースだが、これならば確かに地域が限定されてもおかしくはないけれど、その場合は魔物の種類もある程度は偏る。
なのに今回討伐した魔物は、猿型、狼型、鳥型等、多種に渡っていて特に大きな偏りも見られなかった。
ハングリーエイプは雑食なので森の恵みを餌に大繁殖を起こすかも知れないが、肉食の魔物には無関係だろう。
また同じ様に森の恵みを餌に繁殖する魔物でも、成長速度には違いがあるだろうから、やっぱり同時に人前に姿を現す様にはならない筈だ。
故に大繁殖のケースも否定される。
その他にも何らかの理由で地に満ちる力が増加し、魔物が発生し易くなる場合もあるけれど、やはりそれもあり得ない。
地に満ちる力が増加すれば、勘の鋭い者、特に僕のような気の使い手か、或いは魔術師がそれを察する。
増加する力は気でも魔力でもないけれど、それに近い何かなので感じる事くらいは出来るのだ。
だからローロウ伯爵領で起きた魔物の増加は、本当に理由が不明だった。
恐らくそれを調べる為の人員が、国から派遣されるだろうけれど……。
一つだけ、思い付いた事がある。
自然に起き得るケースのどれもが否定されるなら、もしかすると今回の件は人為的な物ではないだろうかと。
その手段はわからないから、僕の勝手な妄想に過ぎないのだけれども。
ローロウ伯爵領に来る時は春の終わり頃だったが、今はもうすっかり夏に入ってて気温も高いのに、僕はアリーの背でぶるりと震える。
何だか、とても嫌な予感がした。
もし仮に僕の妄想通りに魔物の増加が人為的な物だとするならば、今回の件はまだ何も終わってはいない。
ウィルズのメモ
魔物:
人とも動物とも精霊とも竜を含む幻獣とも違う、謎の多い存在。
その多くは人に対して敵対的だ。
但し魔物は人にとって災いとなるばかりでなく、飢饉の際に魔物を狩ってその肉で飢えを凌いだり、毛皮や爪を加工して衣類や武器に利用したりと、その存在が人の手助けになっている事もまた多い。
故に魔物は人に対しての試練と救済の為、神が生み出した存在だとする説もあった。
魔物の増え方は他の生き物と同じく繁殖で増える場合と、何もない場所に突然湧き出して増える場合がある。
繁殖に関しては、多くの場合は妊娠の期間等は極めて短い。
また他の動物や人の胎を借りて繁殖する魔物もおり、その際、魔物の子は母体の生命力を吸収して急速に成長してしまう。
魔物の繁殖は、他の生物のように子を成している訳ではなく、胎の中に幼体や卵を召喚しているのだとの考えもあるそうだ。
また全ての魔物は条件が整えば怪物化し、モンスターと呼ばれる存在になると言われる。
怪物化は極々稀にしか起きないが、モンスターは元となった魔物と比較にならない程に強く、また高い知能を獲得する。
ハングリーエイプ:
猿型の魔物の一種。
その大きさは人と然程変わりなく、樹上を飛び跳ねて移動する。
魔物としての格は上級、中級、下級と分類すれば下級に入るが、動きが素早い上に群れを作って連携するので、下級の魔物の中では厄介で危険な魔物とされる。
基本的には同種で交配して繁殖するが、群れに雌が足りなければ他種の胎を借りる事があるらしい。
オーク:
人型魔物の一種。
成人男性より二回りは大きな筋肉質の肉体と、道具を扱える程度の知能を持つ。
魔物としての格は下級と中級の境目辺りに位置する。
一般的なオークは下級、精鋭のオークは中級の分類。
繁殖力がとても強く、他種の胎を借りた場合は急速に数を増やすので、人にとって非常に危険な魔物である。
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