第18話
数十のオーク、多分巣の半分程の数を肉塊に変えた頃、一際体格の良いオークが数体、手に鉄製の武器を持って現れた。
恐らくは巣の長とその取り巻き、要するにオークの中でも精鋭だろう連中である。
手に持つ武器は、多分返り討ちにした冒険者から奪った物か。
攻め込んでみた巣は想定よりも少し大きく、オークの数も多かった。
ならば多分、そういう事なのだろう。
握るメイスに込めた力が、ほんの少し強くなる。
しかしそれはさて置き、巣の長の登場は少し早過ぎだ。
できれば七割八割を討ち取ってから、その後に出て来て欲しかった。
精鋭であろうオークが振り下ろした鉄の剣を、僕は衝の気を込めた盾で弾き飛ばしてから、驚きに歪む顔にメイスを叩き込む。
頭部を潰された巨体は、ドサッと地に崩れ落ちる。
オークの実力は並の兵士が三人分とされるけれど、これはそのオークが素手か粗末な木製武器を持ってた場合の話で、鉄製武器を装備していれば五人の兵士に値するだろう。
ましてやそれが精鋭ともなれば、兵士が十人に匹敵するかも知れない。
つまり騎士から見れば、恐れる必要は全くない相手だ。
そしてそれは巣の長であっても大差はない。
ならば何故僕が巣の長の登場を嫌がったのかと言えば、それを倒した時点でオーク側の士気が崩壊するだろうから。
実際、たった一体の精鋭を倒しただけで、周囲のオークには大きな動揺が走ってた。
別にオークに限った事ではないけれど、魔物は個の力を重視する傾向が強い。
同格が幾ら倒されても恐れない魔物も、自分より上位の個体が倒された場合は途端に恐れる。
だから僕が巣の長を倒した場合、他のオーク達の士気はあっさりと崩壊し、千々に乱れて逃走を開始するだろう。
向かって来る相手は兎も角、逃げる相手を狩り尽すのは非常に困難だ。
それも四方八方に散って逃げられれば尚更に。
この巣の周囲は兵等が包囲しているけれど、彼等の負担を減らす為にも、もう少しオークの数は減らしたかった。
……けれども流石に、巣の長が自分から向かって来たなら、倒さずに済ませる訳にも行かない。
巣の長、取り敢えずオークリーダーと仮称するけれど、そいつが手に持つ武器はグレイブだ。
グレイブは長い柄の先に剣状の刃を備えた、ポールウェポンの一種である。
ポールウェポンを扱うには筋力と体格を必要とするが、怪力で巨体のオークリーダーにはこの上なく合う武器だろう。
振るわれたグレイブによる横薙ぎの一撃を、僕はメイスを振り上げるようにぶつけて軌道を逸らす。
並のオークならその衝撃で武器を手放していただろうが、流石はオークリーダーというべきか、勢いを逸らされてよろけはしても武器を手放すまでには至らない。
よりにもよってこんな武器をオークに奪われたのはどこの誰なのかと、少し文句を言いたい気分になる。
何せ今オークが持ってるグレイブは、切っ先だけでなく柄の一部まで金属で補強されていた。
オークリーダーは片手で振り回しているけれど、人間が扱う武器としてはかなりの重量がある代物だ。
多勢に無勢だったのかも知れないけれど、そんなにゴツイ武器を使えるならオークなんかに負けるなと心底思う。
尤もその誰かがまだ生きてる可能性はごく僅かだから、僕の文句も、たとえ聞きたくても聞けないだろうけれど。
さて、一度でダメなら二度、三度だ。
幸いというべきか残念ながらというべきかは迷う所だが、他のオークはオークリーダーの攻撃に巻き込まれる事を恐れて近付いて来ない。
だから僕はオークリーダーの相手に、今は専念すれば良い。
それに先程の攻防も全く無意味だった訳じゃなく、オークリーダーの手首や腕には少なくないダメージは入ってる。
効果が出なかったのは単にオークリーダーが頑丈なだけ。
だがその頑丈さ、耐久力も決して無限という訳ではない筈。
二合、三合とグレイブとメイスがぶつかり合う。
オークもオークリーダーも顔は豚その物だけれど、中々どうして表情は豊かで抱く感情はわかり易い。
一合目の時、オークリーダーの顔には怒りの色が満ちていた。
まぁ散々配下を殺されたのだからそれも当然だと思う。
しかし二合目は、怒りよりも驚きが強かった。
オークリーダーの上背は僕の倍、とまでは言わずともそれに近いし、質量は倍どころじゃない。
得物であるグレイブとメイスを比べても、やはり質量差は一目瞭然だ。
にも拘らず渾身の一撃が容易く弾かれるのだから、驚くより他にないのだろう。
そして三合目、オークリーダーの顔には悲痛な恐怖が浮かんでた。
どうやら実力差を理解したらしい。
どれ程必死に攻撃を打ち込んで来たとしても、僕はそれを弾いてオークリーダーの腕や手首にダメージを与える。
そもそも僕がオークリーダーの攻撃に対して受けに回っているのは、一切の不覚を取らずに確実に相手を殺す為。
強引に踏み込んで叩き殺す事もできるだろうが、死に物狂いの反撃を受ける可能性は、万に一つではあっても皆無じゃなかった。
そうなると硬の気で防いでも、多少の怪我はするかも知れない。
故に僕はそんな万に一つを避けて完勝する為、先に腕や手首か、或いは武器か、もしくは心を折ろうと思ったのだ。
この分なら心が折れるのが一番早いかと思いきや、四合目を弾いた時点でオークリーダーの腕が圧し折れてあらぬ方を向く。
ならばそろそろ終幕だ。
たかがオークと考えていたけれど、思ったよりは強かった。
振るうメイスに頭を潰され、オークリーダーの身体は地に沈む。
一瞬静まり返って、一呼吸の後。
オーク達は悲鳴のような鳴き声を上げ、一斉に四散して逃げ出した。
やはりこうなってしまったか。
僕は咄嗟に飛び出して近くに居たオークの精鋭一体をメイスで叩き殺し、更にもう一体は十座が刀で始末する。
精鋭は全て殺したが、残る半数ほどのオークが巣から一斉に逃げ出してしまう。
でも追い掛けて少しでも数を減らそうとする僕を制止したのは十座だった。
「これで充分に御座ろう。若君の戦いを見て、兵等は猛っておりまする。今の彼等にはその猛りをぶつける相手が必要。この地を守るは彼等の役割故に、逃げ惑うオーク共は譲って差し上げるがよろしかろう」
そう言って手拭いを差し出してくれたから、僕はそれを受け取り顔を拭く。
……多分今の僕は、物凄く酷い姿をしているだろう。
浴びた血が滑ってとても気持ち悪い。
けれども見まわせば、十座の言った通りに巣を包囲してた兵士達の士気はとても高くて、本来手強い相手である筈のオークを一方的に狩っている。
「……完全に包囲された死兵って危ないんじゃなかったっけ?」
あまりに一方的な戦いに、座学で習った兵法を思い出してそう問えば、十座は笑みを浮かべて頷く。
そう言えば十座も、大分と返り血を浴びて酷い姿だ。
ここまで付き合ってくれた彼には、少し申し訳なく思う。
食事を御馳走するだけじゃなくて、お酒でも買って贈ろうか。
「よく学ばれておりますな。されど包囲されて死兵と化すのは、追い詰められて腹を括った者のみ。若君に心を圧し折られた敗残兵には不可能な芸当故に、心配は無用かと。……名高きアウェルッシュ王国騎士の姿、間近でしかと拝見仕り候。斯様な主に仕えれる事、十座の誉れに御座います」
後半はもう何を言ってるのかは良くわからなかったけれど、その言葉を口にした十座はとても上機嫌に見えた。
兵士達が心配いらなくて、十座が嬉しいなら、まぁそれで善しとしよう。
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