第17話
領内に、それもローロウ伯爵領の中心とも言える都市、ラーデンの近くにオークの巣が存在した事は、伯爵家当主であるクレイド・ローロウにとっても驚きの出来事だったらしく、その報告を受けた彼は直ぐに頭を下げて巣の殲滅を乞うて来た。
どの道その心算だったけれど、丁寧に乞われて悪い気はもちろんしない。
巣を包囲する為の兵を百人程借り受けて、僕と十座はオークの巣へと向かう。
兵士が百人と言えば結構な戦力に思えるかも知れないが、ローロウ伯爵家の兵の質は並なので、半数の五十体程のオークとぶつかれば普通に壊滅する。
巣には少なくとも五十、多ければ百を越える数のオークが居るだろうから、この程度の兵力で討伐に向かう事は、本来ならば単に武器と餌を差し出すに等しい。
けれども今のローロウ伯爵領はオーク以外にも様々な魔物が出現しており、そちらの対処に多くの力を割いてるから、この数の兵を抽出するのが精一杯なのだろう。
まぁ今回の巣の掃討は、僕と十座がメインの戦力だ。
打ち漏らしが逃げ出さないように、巣の包囲をしてくれればそれで良い。
むしろ十座に関しても、僕の背中を守ってくれればそれで充分だった。
確かに彼はとても強いから、僕の隣に立って戦える。
しかし気の総量が多い訳では決してないので、二十や三十なら兎も角、百に迫る数を相手にすれば途中で気が尽きてしまう。
そうなると流石の十座でも、不覚を取る可能性もあった。
でも僕ならば元々の気の総量が多い事に加え、気の回復量も同じく多い。
爺様にも、そこを重点的に鍛えられてる。
だからオーク程度の相手にならば、幾ら数がいた所で気が尽きてしまう事はまずなかった。
体力も治の気を回せばある程度は回復するので、問題となるのは集中力だろう。
だがそれも十座が背中を守ってくれて、見える範囲だけを気にして戦えるなら、オークの巣を一つ潰すくらいの間はどうにでもなる。
故に僕は十座一人を供として、辿り着いたオークの巣に正面から乗り込む。
巣と表現したが、今回乗り込んだのは木々を組んで造られた拠点、要するに村のような物だ。
村型の巣は、洞窟型に比べるとオークの数が多くなりがちだった。
また空間が開けている為、同時に多数を相手取る必要もある。
そして同じく空間が開けているから、オーク達の士気が崩れた際には四方八方に散ってしまうだろう。
けれども必ずしも悪い事ばかりではなく、村型の巣は洞窟型に比べて罠が少なく、更に今回のように包囲の為の人手があればオークを逃がす心配もない。
洞窟型の場合は出入り口が一つならば他に人手がなくとも逃がさずに巣を潰せるが、出入り口が複数あった場合はその全てを先に見付けなければ、どうしても討ち漏らしが出てしまう。
要するに一長一短と言う奴だ。
人間達が近付いて来てる事は既に察していたのだろう。
拠点の入り口は、オーク達が群れを成して塞いでた。
人よりも身体の大きなオーク達が並ぶと、まるでそれは肉で出来た壁である。
彼等は既に僕を敵だと認識しており、尚且つ自分よりずっと身体の小さな相手でも、全く侮る様子はない。
向けられる真っ直ぐで強い憎悪に、僕の心臓の鼓動が高鳴る。
こんな時に頼りになるのは小手先の技じゃなくて力だ。
僕がメイスを握り締めて構えると同時に、肉の壁、オーク達は一斉に襲い掛かって来た。
でもその動きは、戦いの為に集中力を高めた今の僕から見れば、呆れるほどに遅い。
正面から掴み掛って来た三匹を、僕は身体強化と衝の気を一瞬だけ全開にしてメイスを振い、纏めて吹き飛ばす。
側面から回り込もうとした一匹は、盾で打ち殺した。
最初の一撃は全力を出す事で、敵の勢いを削ぐ。
こういう場合は多少乱暴に扱っても、折れず曲がらずのメイスがとても頼もしい。
オークの頭を叩き潰し、その骸を踏み越えて、僕は真っ直ぐ前に進む。
時折後ろに回り込もうとするオークは、十座がさくりと始末してくれた。
やはり彼は頼りになる従者だ。
爺様の教えだけれども、騎士はその戦いを見る者に恐れと安心という相反する二つを与えなければいけないと言う。
魔物なんかよりも遥かに恐ろしく、まるで怪物の如く戦い、周囲に恐れを振りまく。
すると人はその恐ろしい騎士を従える国に敬意を抱き、素直に従う。
また国に従う限りは騎士の力はその者を守り、大きな安心を与えるのだ。
今回、僕は騎士としてこの地に赴き、今、僕の戦いを百人の兵士が見守っている。
この戦いの様子は兵士達の口から、統治者であるローロウ伯爵に伝えられるだろう。
兵士達が抱いた恐怖と安心の感情と共に。
だからこそ僕は徹底的に容赦なく戦い、その姿を見せ付けなきゃならない。
騎士はアウェルッシュ王国の最大戦力にして、抑止力だった。
他国は騎士の存在が故に敵対を避け、国内の貴族達は王家への叛意を抱かない。
少しばかり大袈裟な言葉だけれど、それを大袈裟にしないのが騎士の務めだ。
メイスも、僕も、オークの返り血で真っ赤に染まる。
実に不快な心地だけれど、それは僕に自分が騎士としての務めを果たしていると実感させてくれた。
そういえば爺様の仇名に血塗れの戦鬼や、もっとストレートに赤鬼なんて物があったけれども、アレはこういう事だったのだろう。
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