第16話


 しかしそれにしても、ローロウ伯爵領で起きた魔物の増加原因がわからない。

 まぁそもそも魔物と言う存在自体が不可解な物ではあるのだけれど、それでも急に数が大幅に増えるなんて事があったら、何らかの理由はある筈だ。


 魔物の増加が起きた場合、考えられる原因は幾つかあった。

 比較的だが起こり易いのは他の地域、特に北側に、広い縄張りを持つ強力な個体が出現し、他の魔物が追い出されて移動してきた場合だ。

 棲み処を失って移動中の魔物は狂暴で、元々人に対して攻撃的な性質が更に顕著となる。

 或いは実りの豊かな時期に大繁殖した魔物が時間を掛けて成長し、餌が足りなくなったからと人里付近に出没するケース。

 これも飢えた魔物は餌とする為に、普段よりも積極的に人を襲う。

 また特殊な条件を満たす必要があるが、何らかの理由で地に満ちるエネルギーが増加し、魔物が発生し易くなる事も稀にだが、皆無ではない。


 前の二つは兎も角、最後の一つは本当に意味が不明だけれど、魔物とはそう言う存在だ。

 他の生き物と同じく番を作って繁殖するかと思えば、唐突に何もない場所から不意に湧き出す事もあった。

 王都周辺に関してはかなり徹底して魔物が狩られているが、未だに絶滅しないのはこのせいである。

 地の力が生物化して表出したのだとも、別の世界から迷い込んだのだとも言われるが、魔物に関しての真実は結局の所、何一つわかっていない。

 人を襲う存在でもあるが、時に飼い慣らす事も出来、食用に適していたり、毛皮や骨などの素材が有効に活用出来たり、逆に毒塗れで何にも使えなかったりもする。

 強い魔物は体内に魔石を宿す事が多いが、それも確実と言う訳じゃなかった。

 つまり魔物に関してはそう言う物だと、一種一種を個別にあるがままに認め、排除したり遠ざけるより他にないのだ。


 ちなみに全ての魔物は条件を満たすと強力無比な怪物と化す可能性があるらしい。

 これをモンストゥルム、もう少し言い易くしてモンスターと呼び、単なる魔物とは区別する。

 モンスターの発生は非常に稀な事だし、人に飼い慣らされた魔物にはこのモンスター化が起こらないとも言われていた。

 もちろんこの話も本当にそうなのかは、ハッキリとわかっていないけれども。



 しかしそれにしても、

「……やっぱり凄いなぁ」

 十座の刀技はやはり冴えていた。


 今彼が戦っていたのはオークと呼ばれる豚面の人型魔物。

 体格が人間の成人男性よりも一回りか二回りは大きくて筋肉質な為、戦闘力は結構高い。

 しかも武器を扱う知能すらあるのだから、並の兵士なら三人掛りでないと到底倒せない魔物だ。

 けれども十座はたった一人で、三体のオークを相手取って勝利を収め、その内の一体は頭部から正中線上を真っ二つに立ち切った。

 尤も気の力は用いていたが、それにしても恐ろしい程に技が冴えてる。

 彼を連れて来たバロウズ叔父さんも凄腕の剣士だが、もしかすると十座はそれを上回るかも知れない。


「お褒めに与り恐悦至極に存じます。まぁ若君の倍近くは生きてこれを振っております故に。それに若君とて、年の頃を考えれば破格の腕。同世代で並び立てる者はそうは居りますまい?」

 僕の声を聞いた十座は、少し大げさな程の仕草で一礼して見せ、そんな事を言う。

 確かに僕は、爺様に厳しく鍛えられたから、剣もそれなりには使える。

 言われた通り、同世代と比べれば、並び立つ者はそう居ないかもしれない。


 だけど僕はもう既に一人前の騎士であり、騎士に僕と同年代が居ない以上、比べられ、競い合うべきは年上ばかりだ。

 年齢の割りに鍛えられていると言う評価に甘んじるのは、今の僕の立場では許されない。

 だから僕はその評価には首を横に振り、十座に代わって前に出る。

 戦いの物音を聞き付けたのか、それとも血の匂いを嗅ぎ付けたのか、更にオークが五体ほど、こちらに向かって真っすぐに近寄って来てるから。


「巣があるよね」

 メイスを握った僕の言葉に、十座は頷く。

 先程も述べた通り、オークは比較的知能の高い魔物だ。

 故に洞穴を拡張して棲み処としたり、或いは木々を組んで村に近しい拠点を作る場合もある。

 野の獣に近い狼等の魔物なら兎も角、これだけ纏まった数のオークが出て来るとなれば、巣の存在を疑うのが道理だった。


 もしもオークの巣があるのなら、奴等は時間と共に数を増やしてやがては人里、村や町を襲う筈。

 そしてその襲撃に成功すれば、オークの群れは途轍もない脅威へと変化する。

 その理由は二つあって、一つ目はオークの様な人型魔物は人の腹を借りて数を増やせるから。

 尤もオークの場合は山羊だの鹿だのが相手でも増えるらしいが、人の女性を特に好む嗜好をしてるらしい。

 根絶やしにしてもどこからともなく湧いてくるのに、繁殖を始めるとあっという間に増えるのは、生き物としてズルいと思う。


 二つ目の理由は武器。

 オークに武器を扱える知能がある事は述べたが、作製技術は粗末な物で、長く丈夫な枝の先を噛んで尖らせ、木製の槍として使うのが精々だ。

 当然ながら、製鉄技術なんて夢のまた夢である。

 だが襲撃した人里で金属製の武器や防具を手に入れたなら、オーク達はそれで武装して強力な軍団と化すだろう。


 余談だが魔物の中にも金属加工を行う種は存在し、人型の魔物に武器が提供される事は時折ある。

 他にも冒険者を返り討ちにして奪った武器で武装してるケースもあるから、人里が襲われていないからと言って油断は決してできない。


 ……が、僕と十座ならオークの巣を潰す位は相手側に武器があろうがなかろうが関係なく可能だった。

「潰しに行きたいところだけれど、オークの巣まるごとってなると、今付いて来てる兵士達だけじゃ運べないよね」

 一旦戻り、ローロウ伯爵にもっと兵士を借りて来た方が良いかもしれない。

 僕と十座だけなら巣の攻略は可能でも、討ち漏らしたオークが他所に逃げる可能性はある。

 逃げたオークはまた別の場所で数を増やすだろうから、どうせなら全て狩らねば巣を潰した意味が薄れてしまう。

 でも兵士達が巣を包囲してくれれば、オークの逃亡も防げる筈。


 僕の振った衝の気を込めたメイスが、掲げた粗末な木の槍ごと、オークの頭をぐしゃりと潰す。

 取り敢えず、今日は目の前のオーク達を屠ったら一旦戻るとしよう。


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