第15話
「十座、上!」
樹上を飛び回って隙を伺っていた猿の魔物、ハングリーエイプが十座に向かって飛び掛かる。
けれども僕の警告の声に、
「任されよ!」
と一言で答えた十座は地を蹴ってふわりと宙を舞うと、さくりと襲い掛かるハングリーエイプの首だけを刎ね飛ばす。
……実に恐ろしい実力だった。
ローロウ伯爵の居城で一泊し、旅の疲れを癒した僕等は早速魔物の出現が増加しているという森に入る。
そしてそこで見た物が、従者として引き連れて来た十座の冴える刀の技。
実は今回の任務に出るに当たって、僕は最初、十座も王都に残そうとした。
何せまだ知り合ったばかりで連携なんて取れないだろうし、そもそも実力すら不明な相手だ。
少しでも人手が必要な任務なら兎も角、単に魔物を殺すだけなら僕一人でも構わないと、そんな風に考えたから。
でもそんな僕に異を唱えたのは、十座を連れて来た張本人である、バロウズ叔父さん。
「十座はかなりの実力者だから大丈夫。少なくともウィルズの足を引っ張る事はないさ。知らない相手だから連携が取れない? そんな奴は傭兵をやってもベテランになるまで生き残れないとも」
なんて風に言って、叔父は十座の同行を強く勧めた。
けれども実際には、かなりの実力者なんて物じゃない。
実際に戦う姿を見せた十座は、明確に凄腕だった。
仮に十座の振るう刀が総ミスリル銀製だったら、例え僕が闘気法を全力で使って戦ったとしても、片腕くらいは持って行かれてしまうだろう程に。
更に十座は、扱える気の総量こそは多くないが、僕の知らない気の扱いに長けている。
その戦い方は実に興味深く、見ているだけで飽きさせない。
例えばさっき、ふわりと重さが消えたかのように宙を飛んだのは、『軽の気』とやらを使ったらしい。
アウェルッシュ王国の闘気法は、斬、衝、貫、硬、強化、治の気を扱うが、十座の故国、九十九の気功法ではまた別の気の区分があるという。
斬や貫等の区別はなく、武器に纏わせる気は、その鋭さを増す気、即ち鋭気。
特化しない分だけ攻撃力自体は落ちそうだけれど、攻撃の種類によって気を切り替え、意識する必要がないのは便利そうに思う。
それに硬や強化の気もなく、その代わりに軽重の気があるんだとか。
軽の気は身を軽く、動きを早くし、重の気は身を重く、硬くする。
他にも浸透して破壊する気や、気を発して遠方に届かせる発気等、その扱い方は面白い。
治の気に相当する物は仙気と呼ばれ、それを極めれば不老長寿を得るとも言っていた。
だが十座からすると、アウェルッシュ王国の闘気法は合理的に感じられて興味深いそうだ。
彼曰く、九十九でもアウェルッシュ王国でもない別の地域には、動の気と静の気と言った分類しかない気の扱い方もあるらしい。
多分それ等の違いは、土地に応じた人々の気の質や、認識の違いにあるのだろう。
そう、十座は気の扱いに関してただならぬ興味を持っており、世界を巡って傭兵をしていたのも、一つでも多く未知の技術に触れ、あわよくば己の気功法を進化させたいと思っての事だ。
当然ながら僕の従者になったのも、闘気法が目的だった。
けれども僕が闘気法を伝えたならば、彼もまた僕の知らぬ気を扱う技術を教えてくれる。
それをすぐさま身に付け利用する事は難しいだろうけれども、僅かでも僕の闘気法を前に進ませる可能性があるのなら、十座の知識は宝に等しい。
バロウズ叔父さんは、実に得難い人材を僕に引き合わせてくれていた。
「さて、この地の事は詳しくは知りませぬが、森に入って半日で五度の魔物の襲撃は、確かに多いと言えましょう」
刀を振って血を払い、更に布で丁寧に拭いて鞘に収めてから、十座は言う。
でも僕は、その意見に首を傾げる。
そうなのだろうか?
王都の周囲では人里離れた場所に敢えて踏み込まなければ殆ど魔物は出現しないし、逆に故郷であるアルタージェ村の周囲だとこの程度は普通だし、もっと手強い魔物も出る。
基本的には北の大山脈に近い程、魔物は強く出現率が高いとされていて、アルタージェ村は大分と北の方だ。
だから知ってる地域に差があり過ぎて、いまいち比較が難しい。
「うーん、まぁ僕はこの程度なら問題ないけれど、十座は疲れたら言ってね」
まぁどちらにせよ僕等は魔物を倒すだけだ。
「御意に。されど拙者もまだまだ問題はありませぬ。……討伐した魔物をそのまま放置というのが些か惜しく感じるくらいですな」
唇を吊り上げて笑みを浮かべた十座は言う。
確かに、魔物は体内に魔石と呼ばれる不思議な石を持つ個体が居たり、肉や毛皮や爪が高値で売れたり、討伐の証明になる部位を冒険者組合に持ち込めば報酬が貰えたりするから、勿体ないという意見はわからなくもない。
しかし残念ながら今の僕等は金稼ぎに来た訳ではなく、寧ろ冒険者組合から支払われる報酬に関しては出所がローロウ伯爵家の支出なので、僕等が受け取ると本末転倒な感があった。
「そうかもね。でも僕としては、倒すだけで後始末を考えなくて良いから、寧ろ楽だよ。十座も、王都に戻ったら何か御馳走するから、頑張って」
僕等が倒した魔物の回収は、少し離れて付いて来て居るローロウ伯爵家所属の兵士達が行う。
魔物の骸を処理もせず放置するのは、他の魔物に餌を与える事に他ならない。
そして僕等のように早い速度で魔物を倒せてしまう場合は、骸の処理に取られる手間の方が大きくなる。
だからこんな風に魔物の骸を回収してくれる兵士が付いてくれれば、戦いだけに専念できて実に楽だった。
しかし十座の言い分も、気持ちは充分にわかるのだ。
騎士もその従者も、お金に苦労する立場では決してないが、それでも臨時収入やちょっとした余禄が嬉しいのは理屈じゃない。
故に僕は報酬と呼ぶにはささやかだけれど、十座に食事を御馳走する事を約束する。
「ハハッ、心遣い実にありがたく。本当に若君は、その若さで実に心得ておられますな。では拙者もその御心に添えるよう、もう少しばかり張り切ると致しましょうか」
近付いてくる魔物の気配に、十座は刀に手を掛けてそう言った。
いやいや余り張り切られても、僕のやる事がなくなってしまうから、そう、程々に。
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