第14話


 バロウズ叔父さんとその仲間、クレアと十座が僕の従者となってくれてから五日が過ぎた頃、隊長から新しい任務が下された。

 今回は僕が無事に従者を得た為、初の単独任務となる。

 あぁ、もちろん単独任務と言っても、前回のようにハウダート先輩と一緒じゃないってだけで、自分の従者は連れて行く。

 ……とは言っても、今回の任務に同行する従者は十座のみ。


 今のクレアはまだ気の力に慣れていないから、それに振り回されてる状態だ。

 具体的に言うと、普通に筋力を使って力むのと、気の力を使った強化をキチンと使い分けれてない。

 だからある程度以上に力を込めて動こうとすると加減が全く効かなくなってしまう。

 すると自分が認識してるよりも遥かに強い出力が発揮される為、普通に走ろうとしただけですっ転んでしまう有様だった。

 当然ながら、危なっかしくてまともに戦う事は不可能である。


 クレアはそれをとても気に病んでいたけれど、本来ならこれは祝福すべき話だろう。

 気の力に目覚めたばかりでその出力に振り回されると言うのは、制御が未熟であるのはもちろんの事、同時に出力の高さも意味するのだから。

 充分な時間を掛けて修練すれば、クレアの強化は爺様の評価でいうところの2に達する可能性が十分にあった。

 自分が振り回されるほどの力を自在に扱えるようになれば、強力な武器となるのは言うまでもない。


 それ以上を目指すなら、高く険しい壁が聳えてるけれど、結局のところ成長具合は、実際に修練を積んでみなければわからないのだ。

 こうして偉そうに述べてる僕だって、気の門を開いたばかりの幼い頃はずっと弱い気の力しか持ってなかったし、今だってまだ成長の過程にある。

 更に言えば爺様なんて、老いても未だに成長を続けてると噂されてるくらいだし。


 但し今のクレアはあまりにも無防備だから、叔父も王都に残って彼女の気の訓練に付き合っていた。

 滅多な事はないと思うが、クレアの資質は武家から求められてもおかしくない程だ。

 彼女に偶然目を付けた武家が強引に迫ってという話が、絶対にないとは言い切れない。

 我がアルタージェ家は爺様の名声こそ絶大だが、他の武家のように派閥に属してる訳じゃないから、爺様は兎も角として、僕の事なら侮る輩は居るかも知れないし。

 そんな時でも叔父が傍に付いていれば、如才なく切り抜けるだろう。


 という訳で僕は愛馬であるアリーの背に跨り、十座と並んで街道を北東に向かってる。

 十座の乗る馬は、騎士団第三隊の厩舎から借り受けた。

 アリーと並ぶと小さく見えるが、大人しい気性の賢い馬だ。

 他の馬をあまり褒めるとアリーが拗ねるが、良く訓練された優れた馬だと思う。


 春もそろそろ終わろうかと言う頃の日差しは優しく、風が心地良い。

 旅に適した、とても良い日和だった。



 さて今回の任務だが、内容はとても簡単だ。

 ある貴族領で魔物が増加している為、それを狩る事。

 王都から北東に馬車で十日ほど、僕等の移動速度なら五日か六日程行った場所にその貴族領、ローロウ伯爵領がある。

 尤も当たり前の話だけれど、僕と十座だけで増えた魔物の全てを狩れる筈はない。

 僕等が向かうのは、貴族からの要請に対して騎士が、つまり国が動いたと言う体裁を整える為の物である。

 ローロウ伯爵に対して国から行われる本当の意味での支援は、税の軽減と言う形になるだろう。


 ではここから先は、少しばかりややこしいお金の話。

 アウェルッシュ王国では領地から得られる税収、収穫の租税や町人への人頭税、または関税等は基本的に領主である貴族の物となる。

 あぁ、貴族以外にも武家も領地を与えられて所有してるから、貴族と武家の物と言うべきか。

 もちろんそれは土地持ち領主の話であり、王家の直轄領に派遣されてる代官はまた別の扱いだ。

 所有する領地は領主の物と言うのが、アウェルッシュ王国ではごく当たり前の考え方だろう。

 だからあまり無茶はしないように王国法で一定の制限や、周辺領との兼ね合いはあるにしても、幾らの税を取るのかを決める裁量は領主にあった。


 しかしアウェルッシュ王国と言う枠組みの中に存在し、国土の一部として王国に領土を守られている以上、領主は得た税収の一部を、更に国への税として納める義務が存在するのだ。

 当然ながらその見返りとして、領主は国から様々な支援を受けたり、手持ちの戦力では対処のできない魔物が出現した場合等は騎士の派遣が行われる。


 今回のローロウ伯爵領での魔物増加は、特に対処できない規模の魔物が出現したという訳じゃない。

 但し魔物の出現に対して、ローロウ伯爵は兵の動員や、冒険者に対して魔物討伐の依頼を出すと言う形で対応した。

 王国へ納める税は、領地から得た収益より様々な経費を差し引いた純利に掛かる為、結果として税の軽減が行われると言う形だ。

 でもこれだけだと、王国は何の支援もしてくれなかったと、民の目からは見えてしまう事もあるだろう。


 ローロウ伯爵から救援要請があった訳でもないのに、大軍を派遣して領内に踏み込む訳には当然いかない。

 魔物によって大きく領内が荒らされた訳でもないから、復興の為に支援金を出すのも違う。

 故に単独でも大きな戦力として認識される騎士が、国からの好意で多少は困っているであろうローロウ伯爵の為に派遣される形になったのだ。

 後はまぁ、新人騎士に実績を積ませるには、雑多な魔物の出現増加は手頃だったという話でもある。



「おぉ、まさか騎士の方が、それもあのアルタージェ家の若き騎士がこのローロウ伯爵領を救いに来てくれるとは、このクレイド・ローロウ、感謝の念に堪えませんぞ」

 ローロウ伯爵領に辿り着いた僕達は、伯爵家の当主であるクレイド・ローロウの手厚い歓迎を受けた。

 とはいえ大きな領地を治め、時には宮廷での政争も行う貴族の本音なんて僕には到底見抜けないから、実は歓迎されてないのかも知れないけれど。

 少なくとも表面上は丁重に、僕等の到着をとても喜んでくれてる風に見える。


 ……うん、そう見えるなぁ。

 もし違ったら少し哀しくなりそうなくらいに、ローロウ伯爵は嬉しそうな笑みを浮かべてた。


 ローロウ伯爵家当主、クレイド・ローロウは確か未だ三十二歳。

 去年に代替わりをしたばかりだと聞いているが、当主となって早々に領内に魔物が蔓延るなんて、あまりにも運がない。

 まだ十四の僕が言うのもなんだけれど、ローロウ伯爵はまだ男盛りの年齢であるにも拘らず、その顔には隠し切れない濃い疲れが浮かぶ。


「いえ、此度の件に関して伯爵閣下が既に手を打っておられる事は承知の上ですが、この身に僅かなりとも助力させてください」

 胸に手を当て、一礼を行う。

 歓迎に対して変に疑いを持つのも、失礼な話である。

 内心どう思われてるのかなんて考えるより、歓迎されてると思ってた方が気持ちも良い。

 少なくともローロウ伯爵は多分、本当に困ってるんだろうから、できる限りの助力はしよう。


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