第8話
僕が騎士団第三隊に所属してから一週間、遂に任務の指示が出た。
騎士団の任務は、隊によって様々だ。
第一隊なら王宮、王都の警備、または貴族の護衛等が主となるだろう。
第二隊なら、辺境の砦に詰めたり、兵士や冒険者では対応の出来ない魔物の出現に派遣されたりとなる。
そして僕が所属する第三隊の任務は、何でもだ。
そう、国の為となる事ならば、おおよそなんでもやる。
第一隊の人員が足りなければ警備や護衛に駆り出されるし、第二隊の都合が付かなければ駆け付けて魔物を倒す。
地方への伝令だってするし、領主の不正調査や、厄介な魔物の生息域を調べる事だって任務の内らしい。
そんな第三隊に所属する僕が今回下された任務とは、ハウダート先輩が以前から少しずつ調べて居たスパイの拿捕の手伝いだった。
尤も王都内に潜入している他国のスパイ自体を拿捕するのではなく、それ等が集めた情報を纏め、国に持ち帰る役割を果たす工作員を捕まえるそうだ。
そもそも王都に潜入しているスパイの大半は、普段は普通に王都の民として生活をしている。
寧ろ数代前の祖先は他国から潜入して来たが、その子孫は普通に王都生まれの王都育ちだったりするという。
そんなこの国生まれのスパイの子孫は、父祖からの伝手を使って小銭稼ぎの為に情報を売る。
恐らく彼等には、自分が国に損害を与えているという自覚もあまりない。
何故なら彼等が主に扱う情報とは、例えば物価の変動を纏めた物だったり、王が町中でパレードを行う際にどの位の規模の護衛が付いていたか等、彼等自身にとっては何の価値もない情報だからだ。
後は、そう、王都の民ならば誰でも知ってる類の噂話や、立札の内容を纏めたもの等。
だが王都で生活する者達にとっては何の価値もない情報でも、それが他国の手に渡って分析されれば様々な事柄が伝わってしまう。
物価の変動を広範囲で調べれば、豊作不作、豊漁不漁のみならず、食料備蓄の動きまでもが浮かび上がる。
仮に塩が国中で不足したとして、それを他国に知られれば、塩を荷止めする形で間接的な攻撃を受ける事もあり得た。
パレードの形式や護衛の規模がどのように以前と変化して行くかで、その王や側近の性格が透けて見える。
慎重な性格なのか、派手好きなのか、勇敢なのか、臆病なのか。
これ等の情報が完全に持ちだされないようにする事は、どうしても不可能だった。
どんなに警戒した所で、国を跨ぐ商人の口からある程度は漏れてしまうから。
けれどもそれを無策で放置すれば、他国は王国を侮るだろう。
故に他国に対して強い態度を示す為にも、その工作員の拿捕は行われるのだ。
「よし、という訳で冒険者組合に行くぞ」
そう言う先輩に手渡されたのは、大人がすっぽり入れそうな大きな袋。
かなりの重量があるそれの中身を覗いてみると、頑丈そうだが少しボロい衣服に、使い古した革鎧やグローブにブーツ。
思わず首を傾げるが、つまりは変装しろって事だろうか。
「おう、その後は灰で顔と髪を汚すんだ。やり方がわからないならやってやるよ。如何にも騎士ですって恰好じゃあ、捕まる相手も捕まえられないからな。着替え終わったらまずはお前の冒険者としての登録に行くぞ。もちろん偽名を使うから考えとけよ」
成る程。
先輩曰く、何でもこの王都の平民街に住むスパイの纏め役は、食料品を取り扱う商人のショアン。
彼は数ヶ月に一度、王と周辺の村々を回って穀物類や日持ちする野菜の買い付け契約を行う。
村人達はその契約通りに王都へ食料品を運び、ショアンはそれを買い上げて王都の民に販売するという形を取っていた。
そしてショアンはその契約を結ぶ為に村々を回る時に、他国の工作員と接触し、王都のスパイたちが集めた情報を渡すらしい。
今回僕達が拿捕するのはショアンではなく、彼が情報を渡した工作員だ。
故にその工作員と接触するまで、僕等はショアンを見張らなければならない。
そりゃあ目立つ騎士の恰好が拙いのは当然だろう。
「第三隊は意外とこの手の任務も多いから、ちょっとした変装くらいはできた方が便利だぞ」
そんな風に言いながら先輩は着替えた僕の顔や髪を、不自然でない様に灰を使って汚してくれる。
こういうのはバロウズ叔父さんが得意そうだから、従者として到着した後に色々教えて貰うとしよう。
先輩自身も着替えた後に、王都の一角で合流したのは、……多分先輩の従者の二人。
だと思うのだけれど、見た目は物凄い荒くれ者しか見えなかった。
あぁ、いや、くたびれた鎖鎧を身に纏って刃を覆った斧を持っているから、冒険者だと言われればそう見えもするだろう。
けれども本当にその正体が従者なのかは、思わず疑ってしまう程に荒くれ者だ。
寧ろこんな強面が村に来たら、騎士以上に目立つ気もする。
「まぁ、お前が何を考えてるのかはわかるけど、この二人は間違いなく俺の従者で、クドルカとダーリャンだ。上手く化けてるだけで、普段はもう少し品が良いんだぞ」
なんて風に、先輩は言う。
それを受けて僕が頭を下げたら、意外な程に丁寧な挨拶を彼等も返してくれた。
うん、成る程。
どうやら彼等は本当に従者で、先程の挨拶をしてくれた時の方が素なのだろう。
先輩が言うには、このくらいの強面は冒険者には普通で、むしろ僕は品が良過ぎてちゃんと冒険者に見えるかが少し不安なくらいらしい。
アルタージェ村にはあまり冒険者は来なかったが、何度か見掛けた旅の冒険者は、こんなに怖い顔はしてなかったのだけれど……。
王都は地方とは違うという事なのだろうか。
少し不安を抱えながらも僕は先輩に連れられて、冒険者としての登録の為に、冒険者組合の建物を目指す。
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