第9話
冒険者とは、古の魔導帝国時代やそれ以前の遺跡を漁ったり、魔物退治等を生業とする職業だ。
けれどもこのアウェルッシュ王国の王都付近には未発掘の遺跡なんて存在せず、また魔物に関しても討伐が進んで街道付近の安全は保たれているので、冒険者の出番は少ない。
しかしそれでも、王都の冒険者組合は盛況だった。
その理由は二つある。
一つ目の理由は、王都には様々な人材が集まるから。
例えば魔術を扱う魔術師や、神の奇跡を願える神官も、王都でならば見付け易い。
もちろん敢えて冒険者になろうなんて魔術師や神官は、研究職に進めなかったり、出世コースから外れてしまったドロップアウト組か、或いは変人だったりはぐれ者が多いだろう。
だがそれでも、冒険者としての活動にそれ等の才は非常に有用だ。
同時に物凄く希少で、王都ならば見付け易いといっても、本当に運が良くなければ出会えやしないだろうけれども。
また王都には六家の道場がある為、騎士レベルには遠く及ばずとも、爺様評価で1に達する、百人に一人の才を持つ気の使い手だってそれなりに居る。
身体強化が1あれば、瞬間的に筋力を二割程も増強して強力な一撃を繰り出せるし、硬が1あれば、身に纏った鎧を硬化して魔物の牙を防げるだろう。
故に有用な才を持つ人材を求めるならば、まずは王都の冒険者組合で仲間を探し、それから活動拠点となる地方都市に移動するのがセオリーなんだとか。
次に二つ目の理由は、遺跡や魔物は出現せずとも、王都なら別の仕事にあり付く事が簡単だから。
日雇いの肉体労働ならば幾らでも仕事はあるし、それなりに腕が立つなら店の用心棒にだってなれるだろう。
それに確かに王都付近の街道に魔物は出ないが、兵士の目を盗んで悪さを働く不届き者、追い剥ぎの類は出る。
だから街道を旅する者は大勢で集まるか、或いは冒険者を護衛に雇うのだ。
この二つの理由から王都の冒険者組合はかなり混んでいて、建物内に入った僕には多くの品定めするような視線が飛んで来たが、後に続く先輩達、というより強面の従者達を見るや否や、その視線は一斉に逸らされた。
彼等の気持ちはとてもわかる。
その御蔭で冒険者登録は非常にスムーズに済んだけれども、受け付け職員には再三大丈夫なのかと、自分の意思で彼等と一緒に居るのかと尋ねられてしまう。
受け付け職員の勇気ある親切は有り難いけれど、僕としては苦笑いを浮かべるしかない。
親切な受け付け職員に嘘を吐くのは心苦しいが、僕は先輩とは親戚で、他の二人は先輩の仲間だから大丈夫だと言い張った。
やっぱり先輩の従者は冒険者としても強面が過ぎたらしい。
それでも少しだけ受け付け職員は心配そうにしていたが、
「まだまだ餓鬼に見えても、コイツは闘気法の初伝を受けてるから大丈夫だ」
……と先輩が口を挟んだ事で納得してくれた。
尤も僕はそんな物を受けた記憶はないし、そもそも初伝って言葉自体が初耳なのだけれども。
後で尋ねれば、初伝とは六家の道場で気の扱いを学ぶ門下生の内、所謂百人に一人の才を持つ者に与えられる認可らしい。
千人に一人の才能の持ち主は中伝を、騎士に手が届くかも知れない才能の持ち主は秘伝の認可を与えられ、六家に囲い込まれるそうだ。
まぁさて置き、そういった訳で僕はセイルズという偽名で冒険者としての、仮の身分を手に入れる。
後は時折地方都市等に出向いた際に、魔物の討伐等を引き受けてセイルズとしての活動実績を作っておけば、冒険者を名乗る際に疑われる事はほぼなくなるだろう。
つまりこれで、王都に潜むスパイ、ショアンを追跡する準備は整った。
僕と先輩達は敢えて宿屋に泊まりながら、冒険者として日雇いの雑用仕事をこなして過ごし、ショアンが王都周辺の村々へと出発する日を待つ。
そして僕が任務を受けて、冒険者として登録してから五日目の昼、ショアンが三人の冒険者を雇って王都を出発したと、先輩の従者から報告が入る。
冒険者としての身分を使って王都を出、街道を通って西へと向かう。
ショアンが回る村は全部で五つ。
どの順序で五つの村を回るかは既に把握しているが、どの村で工作員が接触するのかは未だ不明な為、村に入ってショアンの動きを見張らなければならない。
しかし同じ冒険者がずっと後を追って来れば、流石にショアンも警戒してしまう。
故に村に入るのは一度に一人で、一つ目の村にはクドルカが、二つ目の村にはダーリャンが、三つ目の村にはハウダート先輩が入り、四つ目の村が僕の担当だ。
仮に四つ目の村までで工作員がショアンに接触しなければ、五つ目の村には全員で入って不審な人間を全て調べる事になる。
ハウダート先輩曰く、一番怪しいのは村の規模的に最も大きな三つ目で、逆に一番規模の小さな四つ目には工作員が居る可能性は低いらしい。
だから安心して良いと言われたけれども、何だろうか、こういう時は一番あり得なさそうな場所で当りを引くような気が、僕はどうしてもしてしまう。
さて、ショアンが雇った三人の冒険者は、さしたる特徴のない戦士が三人。
魔術も神の奇跡も、もちろん闘気法だって扱えない事は、既に調べて判明している。
王都付近での護衛依頼を主な飯の種としており、追い剥ぎ程度ならば返り討ちにできるだけの実力はあるそうだ。
尤も僕等が遠方から追跡してる事に関しては、欠片も気付く気配がない。
ショアンが所属、……はしてないにしても、情報のやり取りをしている国は、アウェルッシュ王国の西の隣国の一つ、ヴァーグラード。
ヴァーグラードは先代王が即位した際に異議申し立てをして攻めて来た国で、要するに爺様が闘気法に目覚めた事件の黒幕だ。
元々はアウェルッシュ王国よりも大きな領土を持つ国だったが、爺様に首都を陥落寸前にまで追い込まれた為、講和時に多額の賠償金と共に領土も大きく割譲されてる。
結果、アウェルッシュ王国とヴァーグラード国の規模は逆転したという。
その後、アウェルッシュ王国は割譲された地域の慰撫と統治に四苦八苦する事になるし、ヴァーグラード国は受けた痛手を癒す為に動けなくなった。
但し両国の関係は、それから数十年が経った今でも最悪に近い。
ついでにアウェルッシュ王国を取り巻く環境をもう少し説明すると、西方面にはクロッサリアという国もある。
位置的にはヴァーグラードが北側で、クロッサリアが南側だ。
クロッサリアとアウェルッシュ王国の関係は良好で、西方からの物の流れは主にこのルートを通ってやって来るそうだ。
その次にクロッサリアの更に南、アウェルッシュ王国から見て南西にはドロイゼ国があり、この国はクロッサリアとの関係が悪い為、アウェルッシュ王国ともあまり良い関係にはない。
南方面は湾状の内海に面していて、その出口にはロタット諸島連合という海洋国家が存在していた。
アウェルッシュ王国はこちらとも諍いを抱えてる。
アウェルッシュ王国は直接諸外国と海洋貿易を行っているのだが、ロタット諸島連合はそれを阻み、自分を窓口としての交易を行えと迫って来るのだ。
直接戦争状態にある訳ではないが、ロタット諸島連合傘下の海賊にアウェルッシュ王国は悩まされていた。
海賊達は狡猾で、軍船が護衛に付いてる船は決して襲わず、更に襲った商船が抵抗しなければ積み荷の二割か三割程を奪うだけで、乗組員に手出しはしない。
尤も抵抗した場合は見せしめの為に船長を含む半数程が犠牲となるので、当然のように商船は海賊に積み荷を差し出してしまう事が当たり前になっている。
まるで関税のように積み荷を毎回海賊に取られていると、ロタット諸島連合を通して物を輸入した方が安くなるのだ。
しかし一度ロタット諸島連合に屈して貿易窓口としてしまうと、アウェルッシュ王国が現在取引している諸外国に対する影響力は徐々に低下して行く。
そしてやがては、ロタット諸島連合に対して依存せねば海洋貿易が成り立たなくなる日がやって来るだろう。
西、南とくれば次は東だ。
アウェルッシュ王国の東は大草原地帯になっており、幾つもの獣人の部族が暮らす。
獣人達と王国の関係は様々で、例えば犬族とは普通に交易や交流があるが、馬族というか、ケンタウロス達は敵対的で、収穫期以降に毎年攻めて来ては略奪を行おうとして来る。
しかし一部の領地はケンタウロスに襲われず、寧ろ何故か友好関係を結ぶ事に成功してるらしい。
どうにも彼等は国という概念が薄く、部族単位で物を考えるそうだ。
彼等にとっては領主が部族の長のような存在という認識で、その地の領主を友と認めた場合は手出しをしなくなるんだとか。
正直、獣人の考えは良くわからない。
他にも猫族や牛族、獅子族や虎族、鳥族と色々な種類が居るという。
また同じ猫族でも幾つもの部族に別れていたりして、互いの関係が複雑怪奇で本当に理解し難い。
つまり大草原は、決して油断してはいけない地域である。
最後にアウェルッシュ王国の北は、大きな山脈が連なっていた。
この山脈内にはドワーフの小国が存在しており、こことアウェルッシュ王国の関係は非常に良好だ。
しかし大山脈には数多くの魔物が生息し、更に大山脈を北に抜けた先には、古の時代に竜と巨人が戦ってできたとされる大砂漠が存在している。
……否、もしかすると今も戦い続けてると言う者もいるけれど、真実はわからない。
恐らく大砂漠の周辺に住まう砂漠の民でも、その真実は知らないだろう。
だが時折、本当に稀な事だけれど砂漠から、大山脈を越えて巨人がやって来る事がある。
多くは呪いに理性を飲まれた知恵なき巨人だが、それでも騎士以外では到底太刀打ちできない相手だった。
また他国の話になるけれど、一度だけ理性ある巨人が襲来し、その地を壊滅に追い込んだらしい。
その巨人は鉄の鎧兜を身に纏い、的確な判断で人間の軍を叩き潰したという。
そう、要するにその巨人は、巨大サイズの鉄製武具を生産できる文明がある地よりやって来たのだ。
これはとても恐ろしい話で、もしかすると古の魔導帝国時代に人間が犯した罪の清算は、まだ終わっていないのかも知れない
けれどもこんなに周囲に問題を抱えていても、アウェルッシュ王国の民が安心して日々を暮らせる最大の要因はやはり騎士だろう。
六家及び武家の存在とそのやり方に関しては色々と批判もあるし、僕だって思う所はあるけれど、それでもアウェルッシュ王国を守る為に彼等は必要不可欠な存在だった。
それは紛れもない事実である。
ウィルズのメモ
アウェルッシュ王国の周辺:
北には大山脈とドワーフの小国。
西にはヴァーグラード、クロッサリア、ドロイゼの三国。
ヴァーグラードとの関係は最悪。クロッサリアは良い。ドロイゼとはあまり良くない。
南は湾状の内海になっていて、ロタット諸島連合が勢力を誇る。
ドロイゼもその内海に面してる国の一つ。
東には獣人が住む大草原があり、位置的に見れば山と海とアウェルッシュ王国が大草原の出入口を塞いでいる形。
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