第7話
手合わせは終わり、僕はハウダート先輩に怒られた。
最後の攻防は、流石に無茶が過ぎたらしい。
実戦ならともかく、訓練でやる事じゃないと強く諫められてしまう。
けれどもマリルは、僕の五倍くらい怒られていたので、手合わせに負けた悔しさは少し紛れた。
でも、
「新人に無茶をさせるくらいに追い詰めて楽しいか? それで何かが得られるのか? 今後の参考の為にも是非とも聞かせて欲しいんだが」
なんて風に凄む先輩は大分怖かったので、……今度からは怒らせないようにしようと強く思う。
マリルが肩を縮めて素直に先輩に怒られていている事は少し不思議に思ったが、後で聞いてみた話だが、彼女が騎士になったばかりの頃に、ハウダート先輩はその世話を任されていたらしい。
丁度、今の僕にしているのと同じように。
故に年齢は兎も角、騎士としての階級は上級騎士を相手に、先輩はこうも強く言えるそうだ。
「俺も悪かった。もっと早くに止めるべき、いや、マリルの気性を考えたらそもそも手合わせなんてさせるべきじゃなかったな。お前の実力に興味があって、ついそれを見たいと思ってしまった。本当にすまない」
そして最後に、先輩は僕に頭を下げた。
成る程、これは困る。
どうして良いのかわからなくて、本当に困る。
確かにマリルは強引に手合わせを申し込んで来たが、受けると決めたのは僕の判断で、別に先輩は悪くない。
あぁ、いや、新人がいきなり上級騎士に手合わせを申し込まれても断り辛いから、面倒を見てくれている先輩が対処すべきだったと言う理屈はわかる。
わかるのだけれど、だけどそれでも、僕は上級騎士と手合わせ出来る機会を幸運だと考えて、尚且つ素直に負けを認めたくなくて無茶をした。
だからその責任は、全て自分が背負いたい。
もしかすると、そんな風に思う事が、子供っぽいのかも知れないけれど。
でも駄目だ。
何て言って良いのかわからない。
仕方がないのでこうしよう。
僕は悪い。でもマリルがその五倍くらい悪い。
先輩は少しだけ悪い。
こんな風に考えるなら、僕の中で納得は可能だ。
「いやぁ、でもこの子は結構やるわよ。年齢の割りにどころか、新人とは思えないくらいね。流石はドゥヴェルガ様の血筋だわ」
チラリと視線をやれば、目の合ったマリルはそんな事を言う。
どうやら彼女は、あんまり反省していないらしい。
先輩が溜息を吐く。
あぁ、何となくわかった。
マリルは爺様のファンなのか。
誰の導きも必要とせずに気の扱いに目覚め、六家とのしがらみを気にしないどころか、クルーバッハ王子が王となるまでは国家にすら忠誠を誓わなかった爺様だ。
才覚を示しながらも、家のしがらみに生き方を決められてる彼女には、爺様に惹かれる所があるのかも知れない。
……何て想像はマリルに対して失礼過ぎるけれど、破天荒な英雄である爺様に憧れる人が多いのは確かだった。
「まぁ取り敢えず、備品の剣と盾を壊したから二人とも始末書だな。こんなに早く始末書の書き方を教える事になるとは思わなかったなぁ……」
ハウダート先輩の言葉にマリルが顔を顰めた
始末書だけでなく、書類仕事自体を嫌う騎士は多いと聞いてる。
僕の場合は、爺様の代わりに村を統治してる父がその手の仕事を得意とするので、ある程度は教わっているから多分大丈夫だろうと思うけど。
英雄扱いされてる爺様はさて置いて、僕は父さんも、バロウズ叔父さんも実は凄い人だと思ってる。
父さんは、母さんには頭が上がらないけれど、アルタージェ村、アルタージェ騎士領を代官として問題なく統治し、少しずつだが発展させていた。
内政になんて興味を示さない爺様に丸投げされて、幼い頃から誰に教わるでもなく、自分の頭でより良い方法を考えて試行錯誤しながら、村人の信頼を得て統治を成功させているのだ。
バロウズ叔父さんも同様で、傭兵として色んな国を回っているだけあって非常に物知りだし、戦で大きな手柄を立てた事だって何度もあるらしい。
傭兵にとって大事なのは、強さそのものよりも状況判断と勘、それから周囲と上手く付き合えるコミュニケーション能力なんだとか。
そして二人とも、剣の腕だって僕以上に立つ。
そう、父も叔父も、決して努力は欠かさなかった。
にも拘らず気を扱う才が騎士に届かなかった。
たったそれだけの事で二人をハズレ扱いし、婆様のみに愛情を注いだ爺様を非難する人がいる。
僕は幼い頃から、それがとても嫌だった。
でも幸運な事に、その誹謗中傷を払拭出来る才を、僕は天に与えられている。
ならば後はそれを磨き、周囲に対して示すだけ。
騎士には既になれた。
次に目指すは上級騎士。
その壁の高さをこんなにも早くに確認できた事は、やっぱりとても幸運だ。
爺様の連れて来る二隊の上級騎士達は、僕に本気を見せてくれなかったから。
最後の攻防でマリルが見せた動きは、それまで以上に早く、鋭く、正確だった。
爆発するかの様に弾けた気。
あの瞬間の彼女は、紛れもなく本気だっただろう。
目指す先はまだまだ遠い。
騎士になれた事で少し浮かれていたけれど、それでは駄目だと思い知った。
だからマリルには感謝して、何時か彼女に打ち勝とう。
尤もマリルが騎士で居られるのは後数年だから、もちろんその間に。
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