第6話
ギィン、と硬質な音を立て、ぶつかった刃と刃が弾き合う。
でもぶつかり合ったのは刃だけじゃなく、そこに込められた気も互いに衝突して散らされた。
何度も、何度も。
僕が騎士団第三隊に配属された翌日、色々と世話をしてくれているハウダート先輩に誘われて訓練所にやって来たのだけれど、……でも僕と刃を合わせているのは先輩じゃない。
そもそも先輩の得意な武器は槍だから、こんな風に刃の打ち合いにはならないのだ。
では一体誰が僕の相手をしてくれているのかと言うと、
「ふふっ、ふふふっ、何だ本当に騎士としての基準は満たしてるじゃない。ならここからは少し上げて行くわよ」
短めの剣を左右の手に一本ずつ握った二刀流の女騎士。
年の頃は、多分20を幾つか過ぎたばかりで、ハウダート先輩よりも年下だろう。
少し日に焼けて、筋肉質ではあるけれど、整った容姿の美人である。
だけれど、刃を握って浮かべる笑みが、あまりに怖い。
女騎士は、割と珍しい存在だ。
今のアウェルッシュ王国に女騎士は僅か数名しか居ない。
闘気法の使い手という意味では、武家に生まれれば男も女も関係なくその扱いに目覚めるように修練を積む。
何故なら実力の高い闘気法の使い手同士が交われば、その子供も才能に恵まれる可能性が高いと信じられているから。
なので闘気法の使い手に女性は決して珍しくはないが、同時になるべく多くの子供を産む事も求められる為、過酷な任務に従事する騎士の成り手は少ないのだ。
因みに王家の女性の護衛には、子供を育てた後の武家の女性が就くケースが多いらしい。
……さて、では何故、目の前の女性は騎士になったのだろうか。
それは彼女、マリル・エマードを輩出した武家である、エマード家の財政状態の悪化が要因だと聞く。
エマード家は、六家の一つ、斬撃のクラウ家の流れを汲む武家である。
けれどもエマード家はここ数代に亘って騎士を排出する事ができず、つまり最大の収入源である騎士の俸給及び年金が入らずに困窮した。
小さな領地を持ってはいるらしいけれど、幾度か川の氾濫等の災害が続き、そちらも収入どころか出費が多くなってしまう有様だったとか。
本家であるクラウ家からの支援、及び借銭もあったらしいが、エマード家の財政状況は悪化の一途をたどり、そんな中で誕生したのが騎士になれるだけの闘気法の才を持つ、マリル・エマードだった。
故に彼女は、他の武家に嫁に出て多額の結納金を貰うよりも騎士になりたいと本人が希望した事もあり、18歳で騎士となる。
そしてその選択が間違いでなかった事を証明するかのように、それから僅か三年で、21歳という若さで上級騎士に昇格を果たす。
だがそれだけの才を示したからこそ、その後継を求める声もまた大きく、マリル・エマードが騎士として活動するのは24歳までと決まっているそうだ。
その才覚と努力は輝く綺羅星の如く。
なのにただ輝くだけを許されないなんて、難儀な話だと本当に思う。
もちろんそんな事情を、彼女がわざわざ自己紹介で喋ってくれた訳じゃない。
ならば何故僕がそんなにマリル・エマードに関して詳しいのかと言えば、あの爺様が、珍しく名指しで賞賛の言葉を口にした存在だったから。
つまりは、そう、目の前に居る彼女は、単なる少し怖い、或いは美人のお姉さんではなく、爺様すら認める実力の女騎士なのだ。
ハウダート先輩との訓練中に強引に手合わせを申し込まれたとはいえ、格上の上級騎士と手合わせをできるなんて、とても幸運な事だろう。
上げて行く。
その言葉通りにマリルの繰り出す斬撃は、繰り出される度にその速度を増していた。
だが攻撃速度は増しているのに、その精度は上がり、なのに重さは大きくは変わらない。
その不気味な攻撃を、僕は左手の盾に気を込めて硬度を増加し、受け止める。
攻撃速度の増加は、身体能力の強化に気を回し始めたからだろう。
にも拘らず攻撃の重さが大きく変動しないのは、多分彼女が攻撃を繰り出す一瞬だけ下半身を、地を蹴る足のみを強化して、気の損耗を抑えているからだ。
そしてその身体強化で損耗を抑えた分の気は、彼女の二つの刃に回され、切れ味を大幅に強化していた。
勢いを鋭さに変えて繰り出される攻撃。
実に器用な事をしている。
故にザクリと、彼女の剣は僕の気を切り裂いて、構えた盾に深々と傷跡を刻む。
……闘気法は、気を戦闘に用いる技法である。
しかし一口に戦闘に用いるといってもその方法は様々で、先程のマリルのように武器の切れ味を増したり、身体能力を強化したりと幅広い。
また気の性質自体も使い手によって微妙に異なる為、優れた使い手の中には常識では考えられない技を隠し持つ者もいるという。
但し一応の技法の傾向を大別すると、斬、衝、貫、硬、強化、治の六つとなる。
斬は斬撃。
先程から何度も繰り出されてる攻撃のように、刃に鋭く研磨された気を纏わせて切れ味を増す。
僕の爺様は、手刀で鉄の鎧を真っ二つにしていた。
衝は衝撃。
拳を通して衝の気を体内に注ぎこんで内臓を破壊したり、剣同士を打ち合わせた際に発生する衝撃を増幅して相手の手にダメージを与えたりと、使い方は様々だ。
貫は貫通。
一点に集中させた気の力で貫通力を増す。
槍の穂先に集中した貫の気は、何者をも穿つ。
硬は硬化。
防御に用いられる事が多いが、拳を固めて殴り付けるという使用法もなくはない。
昔、爺様が硬の気を注いで破られそうな城門を硬化し、破城槌を防いだとの噂を聞いたけれど、流石にそれは眉唾だと思う。
だって城門全体に気を注ぐなんてあまりに無駄が多過ぎるし、そもそも爺様なら城門を開けて敵を殲滅しに出撃する筈だ。
強化は身体の強化。
肉体の出力を増加させる気の技法。
仮に騎士級の気の使い手が強化すれば、単純な握力は倍くらいまで上げたりできる。
治は治癒。
といっても気を高めて治癒力を上昇させるのみならず、そもそものダメージを防ぐ事にも使う。
ある意味で最も重要な気の使い方。
例えば身体の強化は出力しか上げない為、治の気を併用しなければ出力で肉体が壊れてしまう。
また優れた使い手は、他者に治の気を注ぐ事で怪我の治癒を大幅に早めたり、病を払ったりもするそうだ。
六家の流派は、それぞれ斬、衝、貫、硬、強化、治の一つを特に得意としており、ハウダート先輩は貫の気に向いた槍を得物としてるし、マリルは先程から幾度も高いレベルの斬の気を使って見せている。
爺様はこの六つの要素に、気の総量と気の回復力、最後に気の流動を加えた九つを十段階で評価していて、
『斬:2 衝:3 貫:1 硬:3 強:3 治:2 総量:5 回復:4 流動:3』
僕の評価はこうなっていた。
総量と回復力は兎も角、流動はわかり難いと思うけれど、要するに先程の攻撃でマリルがやってたような、強化から斬へと切り替えた気の操作の巧みさ、スムーズさの事だ。
もちろんこれはあくまで傾向を大別させただけの基本的な話で、個人の資質によっては物体に込めた気が拡散し難く、貫の気を矢に込めて放つ使い手や、気の放出を得意として斬の気を飛ばして離れた場所を切る特殊な使い手もいるという。
アウェルッシュ王国では、斬、衝、貫のどれかが3以上で、他にも幾つか3以上の評価を得ていれば、爺様曰く騎士として最低限の実力を満たすらしい。
上級騎士は斬、衝、貫のどれかが5か6以上で、他にも幾つか5以上の評価を得て、尚且つ独自の技を得ていれば、昇格の選考がされるだろうとの話だった。
僕の気の総量、回復力が高いのは、そこが肝心要だと爺様に徹底的に鍛えられた成果である。
因みにこの評価で斬、衝、貫、硬、強化、治の一つか二つで1の評価を取れるのが、百人に一人の才能の持ち主で、2の評価を一つでも取れる人は千人に一人の才能の持ち主だ。
父とバロウズ叔父さんも、実は千人に一人の才能の持ち主までは達したらしい。
それでも騎士に手が届かなければ全く評価されない辺り、爺様の子という立場に背負わされた期待は、腹立たしい事にあまりにも大きかった。
……さて話を戻すが、この十段階評価で言えば、マリルは間違いなく斬が6以上で、強化、総量、流動も高いだろう。
間違いなく僕の勝ち目は皆無だ。
けれども命の掛からぬ訓練とはいえど、一矢も報いずに負けてしまうのは少しばかり、否、あまりに悔しい。
だから僕は、次の一撃に狙いを定めて、もう少し足掻いてみる事にした。
「ほらっ、守ってばかりじゃ勝ち目はないわよ!」
盾にザクリと傷跡を刻まれてから、僕は注ぎ込む硬の気を増やして防御を固め、何とかマリルの攻撃を防ぎ続けた。
しかし亀の様に固まる僕の姿勢が彼女は気に食わなかったらしく、発する言葉に苛立ちが混ざる。
苛立ってくれるのは、実に好都合だ。
尤もそんな苛立ち位で攻撃が大振りになるような、甘い相手では決してない。
その代わりに明らかに刃に込められた斬の気は増していて、硬の気ごと僕の盾を真っ二つにし、この手合わせを終わらせる心算が満々の一撃が飛んで来た。
そして僕は繰り出されたその一撃に対し、自ら盾を思い切りぶつける。
ザクリと、マリルの攻撃は、彼女が思っていただろう以上に深く、僕の盾を切り裂く。
あぁ、当たり前の話だ。
だって今、僕は自分の盾に、硬の気はあまり込めていない。
防御を固めるフリだけは崩さずに、その代わりに注いでいたのは、攻撃に使う気の中では僕が最も得意とする衝の気だった。
互いの気が相殺し合い、僕の衝の気も多くは潰されてしまったが、それでも盾と剣がぶつかった際に生じる衝撃、本来ならば手応え程度のそれが増幅されて、マリルの手首に僅かなダメージを与える。
相手が盾だけを切る気だったからこそ行えた奇策。
報いた一矢。
彼女が驚きに目を見開き、僕は残った右手の剣を振う。
意表を突いて生んだ僅かな隙に付け込んで。
……そしてその一瞬後、僕は半ばから断ち切られた剣を手に、マリルの剣を突き付けられて、敗北を喫していた。
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