第5話
「成る程、お前がウィルズ・アルタージェか。年齢にしては破格に磨かれているが、それでもまぁ完成には程遠いな」
そんな言葉を、待ち受けて居たサウスラント・レレンスは口にした。
褒めているのか貶しているのか、それともどちらでもないのか、僕には判断は付かなかったが、取り敢えず圧が物凄い。
サウスラント・レレンスは騎士団第三隊の隊長、つまりは特級騎士にして、六家の一つ、強化のレレンス家の当主だ。
齢は恐らく、四十を幾つか過ぎた頃か。
彼が、隊長が見ているのは、僕自身と言うよりも、僕の纏った気なのだろう。
爺様もそうだったけれど、卓越した闘気法の使い手は、相手の気を見ただけである程度の実力を把握出来るらしい。
この国には爺様以外にもこんな化け物が居たのかと、僕は思わず唇を噛み締める。
特級騎士だからこそこんなにも強いのか。
或いは六家の当主は、皆このような凄まじい使い手なのか。
僕は、僕がこれまで生きて来た世界が随分と狭かった事に、遅まきながら気付かされた。
「しかし俺を前にして一切怯まぬその胆は善し。ウィルズ、第三隊はお前を歓迎するぞ」
差し出される隊長の右手を、僕は気力を振り絞って手を動かし、握り返す。
隣で、僕をここまで案内してくれた先輩騎士、ハウダートが驚いた気配が伝わって来る。
でもこの位は当たり前だ。
何故なら僕は、あの爺様と幼い頃から過ごして来た。
威圧には、ある程度だが慣れている。
握手を交わす僕の手は汗まみれだろうけれど、隊長は嫌な顔一つせず、寧ろにやりと笑む。
するとスッと空気が軽くなった。
どうやら、威圧はここまでにしてくれるらしい。
「善し、では新たな仲間、ウィルズに幾つか大切な事を伝えよう。一つ、お前の歓迎会はある程度隊員が集まった時にするから、すまんが大分と、半年以上は待たせるだろう。二つ、ここの生活に慣れるまでの間はハウダートに頼れ」
僕の手を離した隊長は、人差し指を突き出し、次に中指を立てる。
……歓迎会は大切な事なんだろうか?
うぅん、隊に溶け込むには、大切な事かも知れない。
ただ半年後って、その頃にはもう、既に他の騎士とは全て顔を合わせてそうだけれども。
「三つ、騎士団には規律がある。それを守るのは当然の事だ。しかしそれに縛られ過ぎるな」
更に薬指を立て、隊長は不思議な事を言い出した。
規律を守るのは当然だけれど、それに縛られ過ぎるなとはどう言う意味なのか。
僕は内心首を傾げるが、しかし隊長の言葉は続く。
「最も重視すべきはお前も誓っただろう王と国家への忠誠だ。騎士を騎士たらしめるそれの為に、お前は常に最善を尽くせ。またお前の行動の責任は俺が取る。わかったな?」
一瞬、僕は呆気にとられてしまう。
耳を疑い、一瞬前の記憶を疑い、けれども隊長の真剣な目に耳も記憶も間違っていない事を知る。
この隊長はとても恐ろしい人だ。
だけど同時にとても、凄い人だ。
僕は思わず、ぶるりと震える。
「あぁ、忘れてた。お前にだけは四つ目だ。これからお前はどうしても色々と目立つだろうけれどもな、俺は良くも悪くもお前を特別扱いはしない。お前自身で価値を示せ。それから困った事があれば、ハウダートや俺、隊の仲間を頼るように。以上だ」
そして最後の言葉は、とても優しい物だった。
自然と頭が下がってしまう。
「ウィルズ・アルタージェ、本日より第三隊に加わります。どうか、どうか宜しくお願いします!」
湧き上がった衝動に任せた、拙い挨拶。
本当ならば真っ先に挨拶をすべきだったし、もっと他に幾らでも言いようはあっただろう。
でもそれがその時の僕の精一杯で、心の底から出て来た言葉だったから。
「任務中以外の待機期間は、一日待機すれば一日休みの繰り返しだ。随分と休みが多いと思うだろうけど、その分任務中に休みがないからその心算で。待機の日は一定時間以上の訓練が義務付けられるが、他の隊員と訓練しても良いし、自己鍛錬でも構わない。その場所も問わない。但し呼び出しには直ぐ応じられるように」
隊長に挨拶をした後は、ハウダート先輩が本部、または隊舎の中を案内してくれた。
例えば隊舎の食堂は、日が暮れた後も少しの間は空いていて、騎士は無料で食事が出来る。
また隊舎には贅沢にも大きな浴場も備え付けられており、利用マナーさえちゃんと守れば、たっぷりの湯で汗と汚れを落とす事が出来るそうだ。
実に凄い。
待機期間中に交互に来る休み以外にも、隊長の許可があれば纏まった休暇も取れたりする。
待機日の訓練に関しての規定は、まぁそれぞれの流派には秘匿技術もあるだろうから、仕方の無い話なのだろう。
実際、訓練時間は王都にある六家の道場に赴く騎士も多いそうだ。
僕の場合は、アルタージェ家は六家に属していないから、どうしても第三騎士隊の訓練場を使う事になるだろうけれども。
ハウダート先輩の話を纏めると、騎士はとても待遇が良く、また自由も多かった。
環境に甘えれば堕落してしまいそうなほどの扱いだが、けれどもそれで堕落する人間は、そもそも騎士になれないのだろう。
己を律するは、騎士としての誇りと忠誠の誓い。
後はまぁ、騎士達はそれぞれ自分の家を背負ってるから、安易に堕落なんてしてられないし。
尤も浴場に関しては、騎士の扱いの良さもさることながら、王都の裕福さも大きな要因だろう。
何でも水出したり湯を沸かすのに、魔術を利用した道具を使っているのだとか。
僕は王都での生活で、知らねばならない事がとても沢山ありそうだ。
「訓練に関しては、暫くの間は俺に声を掛けてくれ。他の隊員も紹介するし、施設の使い方も教えるから。それにどうせ最初は一緒に任務をこなすだろうから、お前の実力も見ときたい」
そんな風にハウダート先輩は、僕を訓練に誘ってくれた。
これは多分気遣ってくれてるのだろう。
もしも僕が六家に所縁のある武家の出身なら、同じ流派の騎士を訓練に誘えば良い。
でも僕にはそう言った伝手があまりなく、まだ第三隊の騎士には知り合いも少ないから、こうして積極的に関わろうとしてくれてるのだ。
バロウズ叔父さんとその仲間の傭兵が到着し、従者として働いてくれるようになったら、闘気法以外の訓練はそちらと一緒に行う手もあるけれど、今は先輩の好意に甘えようと思う。
「まぁ何にせよ、改めて宜しく。騎士は数が少ないからな。隊の仲間が増えるのは大歓迎だ。俺も、きっと他の騎士達もな」
王城を出てからの半日、僕を色々と案内してくれたハウダート先輩は、そう言って僕と握手を交わす。
他の騎士達が先輩のように受け入れようとしてくれるかは未だわからないけれど、その手の感触は僕に勇気を与えてくれた。
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