第4話


「よし、ここが第三騎士隊の本部だ。隊長に報告して来るから少しここで待っててくれ」

 先輩騎士、ハウダートに案内されてやって来た第三騎士隊の本部は、非常に大きな建物だった。

 僕が一つ頷けば、急ぎ足で先輩は本部の中に入って行く。

 多分先輩の報告が終わったら、僕も呼ばれて隊長に挨拶する流れだろう。


 しかし、本当に大きな建物だ。

 もちろん王城に比べればずっと小さいけれども、それでも隊の所属人数から考えれば破格の規模である。

 ましてや第三隊の騎士は国中を飛び回っていると聞くから、ずっとここに詰めている訳でもない筈なのに。

 見渡せば、訓練用と思わしき大きな広場、厩舎に、あぁ、馬を運動させる為の広場もあった。

 それに加えて、遠くにある形状の違う厩舎は、噂に聞くグリフォン用だろうか。


 更に騎士隊の本部から少し離れた場所にも、結構な規模の建物が二つあり、その片方が恐らく僕も寝泊まりする事になる隊舎。

 何というか、騎士がこのアウェルッシュ王国で如何に重要視されているかを思い知らされた気分である。

 もう一つの建物は、こちらも予想になるが従者が寝泊まりする場所だと思う。


 従者とは、その名の通りに騎士に付き従い支える存在だ。

 戦場での騎士は絶大な力を発揮するが、単身で十重二十重に敵に囲まれてしまっては、流石に脱出も叶わずに己の気を使い果たして討ち取られてしまう。

 だから騎士には戦闘力では及ばぬ従者が、敵に囲まれないように騎士をフォローしたり、或いは突出し過ぎないように騎士の動きを制限して手助けしたりする。

 またその他にも、重装の鎧の着用を補助したり、手間のかかる馬の世話を担ったり等、従者の手助けなくしては、騎士はその力を最大限に発揮できない。


 重装鎧を着込むのは、一人じゃとても難しいし、馬の世話は本来は可能な限り自分ですべきだが、それに手を取られ過ぎては肝心の戦闘力を高める為の訓練時間が減ってしまう。

 騎士も所詮は人間で、一人で全てはこなせやしない。

 故に従者が必要なのだ。


 僕の従者はまだ到着していないが、父の弟、バロウズ叔父さんが務めてくれる予定になっている。

 叔父は騎士にこそなれなかったが、爺様の子として戦う道を選び、諸外国を巡って長く傭兵をしていた人だ。

 そんなバロウズ叔父さんが、僕の騎士叙任を聞いて、信頼できる傭兵仲間数人と共に従者になってくれると言ってくれた。


 これは本当に有り難く、そして助かる話だった。

 一応はアルタージェ騎士領、……と言っても一村しか領地が無いのでアルタージェ村には、幾許かは戦える人だって居なくはない。

 けれどもそこから人材を引き抜けば、村の防衛力は大きく低下してしまう。

 故に高名な騎士である爺様ですら、従者は最低限の数しか連れていなかった。


 もしも叔父が名乗り出てくれなかったら、僕は王都で従者探しをする羽目になっただろう。

 幸い騎士の俸給は幾人もの従者を賄って余りあるから、金を積めば人材自体は見付かる筈。

 でもそんな風に探して来た人間と信頼関係を構築するには時間が掛かるし、僕に対して付け入る明確な隙になる。

 だからバロウズ叔父さんには、本当に幾ら感謝しても足りないくらいだ。



 そんな事を考えながらふと空を見上げれば、遥か上空を鳥以外の何か大きな物が弧を描いて飛んでいる。

 思わず腰の剣に手を伸ばし、……けれども僕の動きを止めたのは、第三騎士隊の本部から出て来た先輩騎士、ハウダートだった。

「おぉい、待たせたな。隊長がお会いになるそうだ。……ん、どうした?」

 恐らく僕が余程険しい顔をしていたのだろう。

 先輩は僕の横に並んで視線を追い、空を見上げて納得した風に頷く。


「あぁ、地方から出て来たばかりで見慣れてないと警戒するよな。アレは大丈夫。うちのグリフォンだよ。あぁやって運動させてるんだ」

 笑みを浮かべた先輩の言葉に、僕は思わずあぁっと声を上げてしまう。

 そういえば、先程厩舎を見てそれを思い起こしたばかりだったのに。

 ついそれを忘れる程に過剰な反応をしてしまった。


 ……少し恥ずかしいけれど、まぁ仕方ない。

 僕が住んで居たアルタージェ村では、というよりも大抵の村ではそうだろうけれど、空飛ぶ魔物はとても危険な存在だ。

 真っ直ぐに飛んで通り過ぎて行くだけなら必要以上に警戒はしないけれど、あんな風に弧を描いて飛んでいたなら、村人が総出で対処にあたるだろう。

 まずは女子供が攫われないように建物の中に避難させ、次に男性陣が大勢で孤立しないように固まりながら家畜を屋根の下に移動させる。

 人命が最優先で、次に財産である家畜の保護という流れだ。


 村人の命が失われる事に比べれば、家畜に多少の被害が出る程度ならまだしも許容できる範囲ではあるけれど……、万一魔物が村を餌場として認識すると延々と脅威が続いてしまう。

 そして空飛ぶ魔物は、一体どこから飛来したのかの確認が困難な為、討伐はとても難しい。

 地に生きる魔物が脅威ならば、領主に兵士を派遣して貰ったり、冒険者を雇うなどして討伐する事も可能である。

 多くの場合は近くの森や山に生息している魔物だろうから、やって来るのを待ち伏せる以外にも、縄張りに乗り込んでの討伐だってできるだろう。

 しかし空飛ぶ魔物は、二つ三つの向こうの山から飛来してる場合が平気であるのだ。


 故に空飛ぶ魔物に対しては、まず餌場として認識されないように被害を出さず、仮に手が届く範囲に降りて来たなら少しでも痛手を負わせて村が危険な場所だと思わせる事が重要だった。


「まぁ王都出身者じゃなけりゃ、大体一度は似た反応をするさ。あまり気にするな。あのグリフォンは調教師と担当の天騎士がしっかり手懐けてるから大丈夫。それよりも隊長を待たせるのは拙いから急ぐぞ」

 先輩は僕を励ますように背を叩き、騎士隊の本部の中に入って行く。

 僕は首を振って気を取り直し、急いで先輩の後を追った。

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