第3話
僕の爺様、ドゥヴェルガ・アルタージェの名が広く世に知られたのは、前王クルーバッハ・アウェルッシュ陛下がまだ王子だった頃の話。
当時、王位継承権を持つ者は他にも数名いて、クルーバッハ王子が王座を得る事は誰も予想していなかったそうだ。
最も有力だった王位継承権を持つ者は、王太子であるフィラキア王子。
けれどもフィラキア王子は謎の病に倒れてその命を落としてしまう。
そしてその死に不審を抱き、独自に調べ始めたクルーバッハ王子もその命を狙われる。
その日、とある貴族領の視察に出向いていたクルーバッハ王子の馬車を賊が襲う。
賊は、食い詰めて落ちぶれたならず者等とは比較にならぬ程に武装も練度も高く、クルーバッハ王子の護衛は騎士が一人も付けられていなかった。
クルーバッハ王子を罠に嵌めたのは、当時の王の第二妃。
隣国から嫁いで来た彼女は自らが産んだ子を王座に就ける為、祖国の支援を受けて動いていたそうだ。
襲撃者の賊、もとい隣国からの刺客の中にはアウェルッシュ王国の闘気法に比べれば遥かに未熟なものの、気の使い手が混じっており、騎士の護衛が居ないクルーバッハ王子が助かる見込みは全くなかった……、筈だった。
しかしクルーバッハ王子にとっては幸運な事に、第二妃や隣国にとっては非常に不幸な事に、馬車を守る護衛の中には、当時はまだ新米兵士だった僕の爺様が混じっていたのである。
絶体絶命の窮地の中で、それでも武器を手放さずに気の使い手に戦いを挑んだ爺様は、大きな傷を負いながらも独覚として闘気法に目覚め、襲い来る刺客を全て返り討ちにしたらしい。
それから爺様はクルーバッハ王子の専属護衛として付き従い、いかなる敵からも王子を守り抜いたそうだ。
敵は返り討ちにし、毒殺は謎の勘で見抜き、懐柔しようとした相手には拳で応じたという。
でもとても高い闘気法の実力を示しながらも、爺様は騎士には任じられなかった。
何故なら、
「我が主は共に死地を潜り抜けたクルーバッハ王子のみ」
なんて風に常日頃から言い放っていたのだから、王と国家に忠誠を誓わなければならない騎士にはなれっこない。
結局、爺様が騎士になったのは、クルーバッハ王子が証拠を集めて第二妃を告発し、妻の裏切りに心を痛めた王が引退を決めた後の事だ。
そう、クルーバッハ王子が王となれば、彼以外に忠誠を誓わない爺様も騎士の条件を満たすから。
騎士になった爺様は、第二妃の扱いを不当として攻め込んで来た隣国に逆に攻め入り、その首都を陥落寸前まで追い込む。
以来爺様はずっと、数十年間騎士として第一線で戦い続けて居る。
クルーバッハ王が跡継ぎであるラダトゥーバ陛下に王座を譲って引退した際にも、息子を支えて欲しいと頼まれて、騎士を続ける事を決めた。
さて、そんな風に武名を鳴り響かせた爺様だから、当然武家は、六家はその扱いに非常に苦慮する。
本音を言えばどの家も爺様を取り込んでしまいたかった。
そりゃあ独覚で、尚且つ暴走もせずに武威を示せる才覚なんて、誰だって手を伸ばしたいに決まってる。
だけど誰だって手を伸ばしたい才覚だからこそ、取り込んでしまえば六家の間にある力のバランスが大きく崩れる事が危惧された。
でも爺様は六家が手をこまねいて居る間に、何も考えずに幼馴染だった婆様と結婚してしまう。
ちなみに僕が知る限り、齢六十を越えても爺様は婆様にべた惚れだ。
そうして六家は婆様一筋の爺様には手出しできなくなり、その子等、父と叔父が双方共に騎士になれるだけの闘気法の才を示さなかった事を見て、アルタージェの花は一代限りの大輪だったのだと惜しみ、また安堵した。
……そう、その筈だったのだけれども、孫である僕は爺様の手解きで闘気法の扱いに目覚めてしまう。
そうなると、当然六家としては孫ならば取り込んでも互いの力関係は大きく崩れず、また爺様よりはずっと扱い易いだろうと考え、その手を伸ばす。
僕が騎士として最低限の実力を示せたとはいえ、この年齢での叙任を受けた裏にはそんな思惑もあるらしい。
爺様は、そういった政治には興味のない騎士だ。
だから爺様を通しての六家の干渉はないが、同時に僕を爺様が積極的に守ってくれる事もないだろう。
アルタージェ家を第七の武家の祖にするか、それとも六家に所縁を得て安定を求めるか、それは僕自身が決めねばならない。
できる事なら爺様や父さんのように惚れ込む相手に巡り会いたいけれども……、それを望むのは贅沢過ぎるとわかってるから。
「あの爺さんの孫だって聞いてたからどんなのが来るかと思ってたけど、お前は意外と普通だなぁ」
先輩騎士、ハウダートの案内で王都を歩く。
幾度か言葉を交わせば、最初は硬かった先輩の言葉も次第に崩れ、しまいにはそんな言葉すら飛び出した。
多分うっかり口にしてしまったのだろう。
受け取り方によってはかなり失礼な内容だ。
もちろん先輩に悪気は欠片もないのだろう。
何せ言ってしまった本人が、しまったと言わんばかりの顔をしてるから。
「あ、いやすまない。別にお前さんに含む所があるんじゃなくて、あの爺さんの血縁の割りには落ち着いてるというか、良い子だなって。あぁ、クソ、これも言い方が悪いな。本当にすまない」
あぁ、それどころか素直に謝ってくれさえした。
僕は笑って首を振り、気にしていない事を先輩に告げる。
悪気のない言葉を過剰に気にしはしないし、そもそもあの爺様を知っていたら、そんな風に思ってしまうのも無理はない。
うちの爺様は、そう、ちょっと破天荒な人だから。
何せ前線に出続ける為に、騎士団長への昇進を断って第二隊の、遠征隊の隊長を続けてるくらいなのだ。
第二隊と共同して動く事もある第三隊の騎士ならば、爺様の人柄もある程度は知っている。
まぁ子供扱いに関しては少しだけ気になるけれども、実際に若年であるのだからそれも仕方なかった。
騎士として活動して行く間に、先輩のみならず、周囲に一人前と認めて貰う事を取り敢えずの目標にしよう。
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